第27 -潤一5

「潤一さん、こんなところで寝ていては風邪引きますよ」


「え、あ…ん…寝てた? みたいだ…ね」



 僕はリビングのソファでいつの間にか寝ていたようだ。


 そうか、昨日1をクリアしたんだ。


 そこから記憶が朧げで、どうやら寝落ちしていたみたいだ。



「すごい汗…うなされてましたけど…大丈夫ですか?」


「…ははは、長時間寝るとね、どうもそうみたい。だからか、ショートスリーパーなんだけどね」


「もぉ、カフェインの取りすぎですよ」


「ははは…」



 今日で夏休み休暇四日目。時刻は昼過ぎ。天川さんに起こされた僕は、頭と身体のだるさに無気力さでいっぱいだった。


 おそらく天川さんがいなければ、このまま日一日寝たままだっただろう。


 二人で少し遅い昼食を食べる。天川さんは家政婦だからと最初は断っていたけど、一緒に食べるよう母に言われてそうするようにしていた。



「待たせて悪かったね」


「いいえ。わたしも昨日夜更かししていて…お腹はそんなに空いてなくて…どうしましたか?」


「い、いや…何でもないよ」



 昨日の今日だ。いいえは頭に響く。



「クリアしましたか?」


「え?」


「…? 割と短いと言ってませんでしたか?」


「あ、ああ、うん、一応クリアしたよ」



 不思議な女子高生が言っていたミニゲーム。


 二人の関係性を問う質問にはいかいいえで答えるのだけど、バグなのか、全ていいえで答えたら大量のキズナを手に入れクリア出来たのだ。


 彼女との絆を破棄することになるのだけど、何故かキズナが手に入る。


 意味がわからない。


 試しに天川さんに、ゲームの内容をかいつまんで伝えてみた。実際は少し怖くなってあまり思い出したくないことも含めてだ。



「確かに変、ですね。でも音声入力って…ふふ、大昔にあったような気がします」


「そうなんだ」



 はいといいえ。そのミニゲームは音声によってしか選択出来ず、どうやら大昔のゲーム機にはあったらしいけど、ゲーム画面に話すなんてスマホに話かけるのにも抵抗あるのに、辛かったな。



「それにしても…」



 これは、僕の記憶だろうか。ゲームをしていて、ところどころノイズが走る瞬間がある。記憶喪失だった過去も含めてだけど、偏頭痛の予兆みたいな痛みがピシリと走る。


 その事を伝えてみると、天川さんは、少し考えるように俯いた。



「記憶想起法…って知ってますか?」


「ああ、うん。名前だけは」



 それは知っている。僕も自分の記憶に疑いを持ったことがあるし、調べたりもした。と言っても、資格試験をする際に用いた想起学習で知ったのだけど。


 この学習方法は簡単に言えば「勉強したことを忘れた頃に頑張って思い出すこと」だ。


 忘れてしまったことを、脳内の手がかりを頼りに思い出そうとする過程や、やっとのことで思い出したとき、記憶が強化されていくという。


 実際喉元まで出かかった答えを頭から煙が出そうなくらい頑張って思い出すと、記憶が定着しやすかった。


 そして記憶喪失治療の一つ、記憶想起法を知ったのだけど、母に迷惑をかけたくない一心で、自分の記憶に蓋をすることにした。


 資格試験を受け続けながら、母の言う過去で僕の過去は上書きされていて、もう何年もこのままだ。


 実際の過去はおそらく違うのだろうけど、僕にとってはそれが正しく過去であった。


 多分、僕は解離性健忘症に当たるのだろうけど、自分にとって重要な情報が思い出せないと言われても重要かどうかすらわからないし、母もいるし、さして気にしなかった。


 いや、昔は気にしていたような気もするけど、もう覚えてやしない。



「催眠と薬物の併用らしいけど、僕は受けてないし、知らないんだ」


「…そうですか……潤一さん、ところであの部屋って何ですか?」


「あの部屋…? ああ、あの物置?」


「奥様から絶対に近づくなと言われて気になっていて…」


「そうなんだ…ああ、そっか。確かに僕はそこを避ける傾向にあるね」


「気にならないのですか?」


「うーん…そんなには。何度か入ったけど、別に発作とか思い出すとかなかったしね…ん? 近づくな? 天川さんに…?」


「…はい」



 その物置は、薄らとした記憶とアルバムの写真から昔の僕の部屋だとはわかっているけど…何故天川さんに? 


 母に確認してみ───


 

「涙…泣いてるのかい?」


「え…? あ、やだ…たまになるんです。恥ずかしい……あら、ふふ、潤一さんもですよ」

 

「あ…本当だ…ははは、僕もたまにあるんだよ」



 彼女とは、五年ほどの付き合いだけど、たまにどうしようもないほどの共感というか、僕らをとりまく空気が、安心や信頼というか、欠落した経験や記憶が、「まるで」の語源のように、丸く欠けたところがないようにピタリとハマったように感じる時がある。


 お互い似たようなものだし、当たり前で仕方ないことなのかもしれないけど。



「なにか、どこか…こんな会話を潤一さんとした気がします」


「…ああ、僕もあるよ。ないんだけど、ある」


「実は他にもあって…ふふ、暑い日が続きますし、蜃気楼みたいなものにも思えて…」


「うん、夏の幻というか、記憶と違って輪郭のないデジャブみたいなものだよね…」


「わたしは黒塗りで…思い出したい記憶なのか、思い出したくない記憶なのか…それとも新しい思い出なのか。もどかしいような時が、あります」


「…僕は夏が特に多い気がするなぁ」



 その時、少し胸の奥が疼くから手を添えたのだけど、天川さんも少し胸を押さえているからか、鏡合わせみたいになってしまった。



「ふふ、それわたしもです…あ、…ふふ」


「はは…」


 

 それに二人して気づいて、お互い目を合わせ、少し照れて笑いあった。

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