第26 -潤一4
夏休み休暇三日目の今日、僕はまた公園に来ていた。
いつものように見上げた空には、輪郭のはっきりした雲が存在感を示していて、暑さの元凶たる太陽は、今日も知らんぷりしたようにしながら僕を苦しめていた。
まあ、別の苦しみもあって出かけてきたのだけど。
風がまったくないせいか、木陰の中にじっと座っていても、じっとりとした汗をかいて仕方がない。
今日はことさら暑い日になりそうだ。
世間では夏休みだろうけど、流石にこの炎天下の中、公園に子供達はいない。
増えるとしたら午後四時以降だろう。
しかし、不思議なもので偏頭痛が治ったせいか、今度は気にもしてなかった部分にフォーカスがあたる。
肌に服が纏わり付く感触が異常に冴えて不快になるのだ。
人間が満足することは、本当の意味では無いのかもしれない。
なんて事を考えていたら彼女がやってきた。黒くてゴシック調の大きな日傘にスポーティで健康的な格好がチグハグに見える。
「お兄さんこんにちは…ってあれ? 何か元気がないですね」
「…まあ、暑いしね」
「ふふ。てっきりヒントが欲しくなったのかなーと思ってたんですけど、違いましたか」
「ぅぐっ…」
「ふふふ。その顔いいですね」
僕はこの三日間の間、この不思議な女子高生に渡されたゲームをプレイしていた。
あらすじは置いておくとして、ストーリーはよくありそうな幼馴染の女の子とのラブストーリーで、高校入学から卒業までの三年間の間に彼女と結ばれるのが目的だった。
僕の年齢的にはかなりキツいセリフとアクションを強いられつつ、イベントや日常をこなしながら物語は進んでいく。
都度、ヒロインとの過去エピソードが展開され、「キズナ」と呼ばれる小さなカケラを拾い集め、落ち込むヒロインに使うと、彼女の好感度が上がっていく。
「楽しめてますか?」
「君、楽しそうだね…」
本当になんてものを作ったんだ。
このゲームは、選択肢を間違え続けたり、キズナが足りなかったりすると高校二年生あたりでゲームオーバーする。
彼女は他の男の子と付き合ってしまうのだ。
しかも結構胸を抉られるかのようなバッドエンドで、例えば子供を孕んで中退したり、僕を守るためか、無理矢理関係を持たされたりと過激な描写はないものの、およそ女子高生が考えるようなエンディングではないものばかりだった。
「どこがR15なんだ…トラウマになるよ」
「…ふふ。最近の子はマセてるんですよ」
しかもこれのおかしいのはバッドエンドにも関わらず、その後もストーリーは卒業まで続いていて、彼女の目を覚ますこともできるようなのだ。
ただそのために今度は大量の「キズナ」が必要になってくる。
このバッドエンドを見越せば序盤にキズナは使えないし、キズナを使わないとバッドエンドに向かっていく。
せめて会話の選択肢を増やしてもらえれば救えたり付き合えたりしそうなシーンも多いのに、いつの間にか完全なデッドロック状態に陥ってしまい、ゲームオーバーになる。
なんて嫌なゲームなんだ。
「…バッドエンディングは何個あるんだい?」
「もしかしてハマってます?」
「うるさいよ」
「ごめんなさーい。ふふっ」
本当に純愛ってなんなのだろうか…選択肢上、離れていく幼馴染ヒロインの気持ちもなんとなくわかるけど、それにしても奪われ過ぎる。
「ちゃんとわたしを助けてくださいね」
「君じゃないだろう」
「そうでした。綾香ちゃんですね」
1のヒロイン、あやかを助けるためにもキズナが必要だけど、ミニゲームをこなしても、過去エピソード内を虱潰しに探してもそんなには見つからなかった。
選択肢をミスするとキズナが減ったりもあるし、砕けたりもする。
いったいどうすればいいのか…
やはりあれしかないのか…
「…君の名前、あやかじゃないのかい?」
「違いますよ。いくらなんでも自分の名前は使いませんよ〜あんなシナリオですし」
それは、そうか。
いや作者君だろうに。
「なぁ、これ…もしかして2からしないとダメなんじゃないのかい?」
「……どうしてそう思ったんですか?」
バッドエンド後のヒロインの表情が、全然楽しそうに見えないのもあるけど、全体的に意図を感じるのだ。
未練や後悔、悔悟の情や悔恨の念みたいな、そんな風な意図を感じるのだ。
それに亜麻色の彼女のオープニングシーンのあやかは最初別のヒロインかと思うくらいスタート時は黒髪だった。
ゲームオーバーになると、高校二年生あたりで急にイメチェンしてしまう。いや、イメチェンしていたら、裏ではもう既に堕ちているのだ。
つまりオープニングのCGは他の男に染められた後なのだ。
もう結果見えてるじゃないか。
「1って実はハッピーエンドないんじゃない? 2で取り戻すんじゃないのかい?」
「さあ…どうでしょうか。んふふ」
嬉しそうだね…
これは、覚悟してプレイするか…
いやでも人妻ものはなぁ…
となると選択肢があれしかないのか…
「仕方ないですね。ならばこの攻略本を買いますか?」
「…攻略本って旅行雑誌じゃないか…」
「ふふ、海に連れて行ってください」
そう言って、彼女はTシャツの襟首を少しズラしてCGと同じデザインの水着をチラリと見せつけてくる。
「今日はプールなんですけどね」
「いろいろ駄目だろう…」
ニマニマと笑ってるけど、往来で何をしてるんだ…
おそらく揶揄おうって魂胆だろうけど、そうはいかない。
童貞も行き切るところまで行ってしまうと、そんなもので今更ドギマギなどしないのだよ。
「顔、赤いですよ?」
「う、うるさいな」
「ふふ……では一つだけヒントを。ミニゲーム、全て[はい]を選びましたよね?」
「そりゃあ…え? これヒントかい?」
「ふふ。お兄さんらしいですね…ま、あと四日ありますし…頑張ってみてくださいね。クリア出来なかったら罰ゲームで海行きですから。そこで──」
──ドボンしてもらいますよ。
そう言って、彼女は帰っていった。
ドボンって高いところから押されるってことだろうか。それは何か嫌だな…
海なんて、事故してから行ってないしなぁ。行きたいとも思わなかった……あれ?
「……なんであと四日だって知ってるんだ…?」
彼女の話だろうか?
母と同じで僕はもう話してたのだろうか?
それとも……いやなんかもういろいろ怖いよ。
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