第25 -潤一3

「おかえりなさい」


「ああ、ただいま。ご苦労様です」



 今日も暑いですね、なんて言いながら家に帰ってきた。


 夏休み休暇二日目、時刻はお昼。


 何かヒントというか、文句を言いたくてまた公園に出掛けていたのだ。


 おそらく居ないだろうなとは思っていたけど、やっぱりあの女子高生はいなかった。



「あら…汗がすごいですよ。お風呂ぬるま湯にして張っていますから入って冷ましてください」


「これくらい平気ですって」


「ダメです」


「はい…」


「ふふ」



 僕の家は、夏休み休暇にだけ家政婦さんを雇っていた。


 僕と同じく母も長期休暇を取り、旅行に出掛ける。およそ二週間ほど不在になるのだ。


 その間だけいつも彼女に頼んでいる。


 およそ五年ほど前か。母がいきなり連れてきたのは。


 生活能力をつけようと努力するきっかけになるのだし、いらないとは言ったけど、偏頭痛や昔の事故のことを持ち出され、渋々了承した経緯があった。


 いくつになっても子供は子供のままなのだろう。


 それにしても…



「…? どうかなさいましたか?」


「ああ、いえ、大した事じゃあ…」



 …まあ、正直なところ助かっている。


 ただ、なぜ母は同じ会話を何度も言うのだろうか。怪我をした時の話を何回聞かされたか。


 自分でも話しながらああ、これ前にも言ったな、そんな時があるし、わかったまま言い切る時もある。


 別に痴呆ではないとは思うし、過去の話をするのが好きなのだろうけど、不思議と父の話はしなかった。



「それは?」


「ええ…えーと、ちょっとした息抜きのゲームですよ」


「ふふ。案外子供っぽいのですね」



 マスクに眼鏡をいつもしているから表情はわかりにくいけど、タブレットを小さく指さしながら家政婦の天川さんは嬉しそうに笑っているように見える。



「あの…一緒に見てもいいですか…?」


「えっ?」


「昔から人がプレイしてるゲームを眺めるのが好きで…昔付き合っていた男の子がしているのを眺めていて…その、懐かしくて…」


「ああ、そういう人居ますよね」


「ダメ、ですか…?」


「い、いやそれは…」



 流石にこれを家政婦監視の中、プレイ出来ない。


 何と言えば…



「…? ああ、そういう…ふふ。お昼ご飯の用意しますね」



 「ごゆっくり」そう付け加えて彼女は調理に向かった。



「……」





 スクリーンはセピア色の背景…田舎の里山みたいな風景と黒く塗りつぶされた人物、シルエットが映し出されていた。


 影絵での紙芝居と言えばいいだろうか。


 そこにおそらくあらすじだろう白いテキストがふわりと浮かぶ。


 何だか物悲しい雰囲気だ。



"首塚家の仲睦まじい兄妹、宗一郎と志織の道ならぬ恋から全ては始まった。


二人は愛し合い、けれど結ばれず、お互い別々の家庭を築いた。


だが、ふとしたキッカケから運命の絆がまた絡まり始める。そしてついには二つの家庭を壊しながら───"



 テキストとともに悲しげなBGMが鳴り響いていた。


 どうやらお互い結婚することで諦めようとしたけど無理だったようで、兄妹でロマンスという名の不倫をし、駆け落ちし、失踪したらしい。


 いやいやいや。


 残された側は堪らないだろう。



「……思ってたのと全然違うのだけど…何だこれ……のっけから重い…」



"それから数年経ち宗一郎の息子である[潤一]が運命に目覚めるところから物語は始まる───この綺麗な首飾りを君に〜1"



「しかし…名前…自分にするんじゃなかったな…」



 本名プレイもどうかなとは思ったけど、純愛って言うし、少しくらい欠けた青春を味わせてもらおうなんて思っていたら、やっぱり違ったのか…なんて子だ。


 普通の家庭スタートが良かったのに…なんて事だ。



「しかも微妙に父さんと名前似てるしなぁ」



 偶然だろうけど…おお、やっとポップで明るい音になった。


 なったはいいけど、明暗のギャップが激しすぎる。


 キュルンキュルンとしたBGMだ。


 高校生くらいだろうか。一人の女の子が走ってやってくる。オープニングタイトルの子は亜麻色の髪だったのに、黒髪…?



──『[潤一]くん、おはよう〜ごめんね、待った?』

──『おはよう[あやか]。今来たとこだよ』



 ヒロインは、あやかって言うのか。つまりこれがあの子の名前か…


 公園の彼女が指さした先は雲と虹、空と太陽。


 大穴で城か時計か。


 全然関係ないじゃないか。


 なんて子だ。





 これが昨日のことだった。


 僕はこの後、髪色の変化の意味を何度も何度も思い知ることになる。


 そうして、迂闊にもプレイしたことにめちゃくちゃ後悔して、あの子を探しに公園に出掛けていたのだ。


 

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