第24 -潤一2

 画面に映っているのは、とても美しい妙齢の女性だった。


 白く透き通るような肌に、艶やかに光る長い黒髪。少し垂れ目がちな大きな瞳を長いまつ毛が彩り、思わずため息が出るような色気を醸し出している。


 そこから鼻筋がすっと通り、柔らかそうな唇へと繋がる曲線はまるで美術品のようだ。


 ノースリーブのベージュのサマーセーター姿で上半身までしか映ってはいないけど、スタイルもかなりいいのではないだろうか。


 CGだし空想だろうけど、吸い込まれそうな美を讃えていた。


 その女性に若干被るかのようにしてタイトルがあり、その横に大きく2、その下にはじめから、つづきからとそれぞれあった。


 2って…1があるのだろうか。


 彼女が言うには、なんでも作ったはいいけど、評価が気になって、公開を躊躇しているという話だった。


 どうやらテスターってことらしい。



「どんなゲームなんだい?」


「私のオリジナルノベルゲームですね。選択肢はイエスノーの二択、人妻NTR陵辱もの。だいたい18禁エンドです」


「ッ、語呂がもうかなり駄目じゃないか…君、高校生でしょ?」


「はい。でも母は許可してますよ?」


「ダメな家庭過ぎるじゃないか……お父さん、悲しむよ」


「父は幼い頃死別しまして、いません」


「そ、そうか…それはごめ──」


「だからおニューな父を探して活動してるんです。略してニューチチ活ですね」

 

「それ絶対他で言ってはいけないよ」


「ふふ。おニューな彼氏でも良いんですけど…ちなみにこのヒロインのCGは母の写真からAI使って起こしてみました」


「ぅえ!? そ、そうか…いや、綺麗な人だとは思うけど…そういうのは言わない方がいいかな…」



 確かに目の前の女の子に似ているから母親なのは本当なんだろうけど…別に会うわけじゃないから良いのかもしれないけど、生々しくて内実は聞きたくはない。


 しかし、最近のAI絵はすごいな…艶々というかもはやづやづやとしている。


 ただ背景にある夕焼けの海辺の砂浜が、このゲームの説明と全然合わない。


 この絵のままなら普通に純愛ものにしか見えないのに、何故そんな凶悪なシナリオに、あまつさえネタバレを…


  しかし、僕と同じで父がいないことはなんとなく共感できるけど、母を18禁に登場させるなんて、ましてや許可するなんて、倫理観は当然として、僕の親子観も母親観も違い過ぎて困惑しかない。


 そう思って彼女にうろんな目を向けていたら、なぜか小さく照れながら微笑んだ。



「ふふ。それでですね、そんなおばさんが嫌な方にはこちら、1ですね。こっちのヒロインがわたしで、こちらはR15仕様の純愛美少女ゲームで、かなり! おススメです!」



 画面を切り替えると、同じタイトルで1とあった。こちらは彼女に似ている制服姿の女の子がいて、ってこの子がモデルなんだから当たり前か。


 確かに君は美少女だ。


 しかし、少し興奮気味なのは何故だろうか…羞恥心は無いのだろうか。


 僕は小学生からやり直したからか、同年代より随分と若く思われるけど、それでもついていけそうにない。


 最近の若いやつは、なんて言うように、だいたい20歳くらい離れると言語や会話が合わないと言われているけど、そういうやつだろうか。


 しかし、美少女ゲーってたしかエロいやつじゃなかったっけ。


 今の子は違うのだろうか。


 というか、他に女の子はいないのだろうか。


 ヒロインが本人に似ているからか、プレイするとしてもかなりやりにくい。

 

 ヒロインと結ばれるかどうかだけなら選択肢の少なさもわかるにはわかるけど…2と同じく何か別の要素が隠れていそうで怖い。



「これ本当に大丈夫なのかい…?」


「ふふ」


「え。怖いよ…」


「しかーし! ですね、下着や水着の先、レイティング解除には現実での課金が必要です……もじもじ」


「やっぱり駄目なやつじゃないか」



 彼女はもじもじとしながら本当にもじもじと言うけれど、僕が捕まってしまうよ。


 見も知らぬ他人に怒れるほど立派ではないから言わないけど、彼女は何というか危うい感じがして怖くなる。



「人生をベットしてもらえれば、と言う意味ですよ……潤一さん」



 画面から目を離し見上げると、彼女は大きな眼を少し細めてニタリと笑っていた。


 いや、それやっぱり僕が捕まっちゃう話じゃないか。



「ん…? 最後なんて言ったんだい?」


「ふふ。何も…」



 そう言って、彼女は僕に頬を寄せてきた。サラサラと揺れる亜麻色の髪がぺたりと僕の頬に張り付く。


 その行為に突然すぎて避ける間もなく、それより見られてないか気になり焦って公園を見渡しながら口を開いた。



「君ッ!? 何を───」


「またお会いしましょう。そのタブレットはお預けしますから、いっぱい使ってくださいカッコ意味深」


「使うって…あ、ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」



 立ち上がった彼女はとても背が高く、長い足を使って走り、もう小さくなっていた。


 元気だなぁ…


 流石に追いかける気力はない。


 短いスカートを翻しながら走る後ろ姿が眩しく、僕がすっかり無くした虫食いだらけの青春時代を、強制的に意識させられるかのようだ。


 そうして彼女は時計台の前に立ち、大きな声を出した。



「クリアしたら連絡くださいね〜!」



 これは、クリアしたら何か連絡できるということだろうか。こんなこと普通怖くて捨ておくとは思うけど、このゲームのせいか、何故か彼女からは悪意がないように感じた。



「1と2、どちらが良かったのかも教えてくださいね〜!」



 いや…それに─── そういえば──こんなこと──どこかで──



「君! 名前は!」



 僕は咄嗟にそう叫んだ。


 すると彼女は上を指さした。


 時計台を飛び越えたその先には、雲と虹はまだまだそこにあって、目線を戻すともう彼女は居なかった。



「………まるで通り雨に遭遇した気分だ…」



 もしくは狐の嫁入りか。


 嫁はともかくズル賢いようなイメージは確かにあったな…


 まあ、暇だしやってみてもいいか……休暇初日だし、短いと言っていたからおそらくクリアできるだろう。


 何よりこれを早く返したい。


 ただ、人妻ものはちょっと僕には無理だ。同僚なんかは「大丈夫になる瞬間があるんですよ」なんてことをラーメン派に説くつけ麺派みたいな感じでライトに言っていたけど普通に無理だ。


 だからこそ人は惹かれてしまうものなのかもしれないのは、まあわからなくはないけど。



「おじさん、まあまあ童貞なんだよ…」



 僕は手元のタブレットに目を移し、このヒロインの女性を漠然と見ながらそう言ってみた。


 さっきは黙っていたけど、この2のヒロインを見てから、僕は少しおかしい。


 動機が激しくなり、さっきから何だか言いようのないような、急かされるかのような気分にさせられるのは何故だろうか。


 そしてタイトルも目にした。



「おそらくキーアイテムだろうけど、なんだか古い言い回しだな…」



 何というか不思議とホラーにも見えてくる。


 踏み込んではいけないような、それでいて見てみたいような気分になってくる。


 これは怖いもの見たさだろうか。


 プレイすればわかるのだろうか。



「この綺麗な首飾りを君に、…か」



 これ、首吊りエンドじゃなきゃ良いんだけど…


 その時から不思議と偏頭痛が治っていたことに、僕は家に帰ってから気づいたのだった。

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