第23 -潤一1

「随分と暑くなってきたなぁ…」


 手で日除けを作りながら、元凶たる太陽らへんを見上げて僕はひとりごちた。


 初夏、というより春と秋がない国になってどれくらい経つのだろうか。


 何を着れば良いのか、本当に曖昧な季節だ。


 休日の日に午前中から僕は近所の公園にいた。ここは割と大きく、木々も多く茂っていて、東屋や派手な遊具、整備された小川なんかもあり近くには図書館もある。



「いたた…やっぱりきたか…」



 いつも夏の季節になると、僕は偏頭痛に襲われる。


 暑さのせいではなく、おそらく15年ほど前に起きた事故のせいだとは思うけど、原因がわからないからつい恨めしくなって太陽を睨んでしまうのだ。


 当時、大きな事故に遭った僕は記憶喪失になった。母の助けもあり、だんだんと記憶を取り戻していった。だけど高校の頃の記憶はついに戻らず、仕方ないかと数年頑張って社会人になった。


 母に迷惑をかけれないとその記憶を埋めるためか、勉強に資格試験にと明け暮れ、母の勧めのまま母の勤める会社に縁故採用されたのだ。


 そのことで陰口を叩かれるも、一度小学生まで戻ったせいか、全然気にならなかった。まあ、気にならないというか、聞きたくない悪口などはスルーしてしまうようになっていた。


 「子供ってそういうところあるからかしらね」それが母の口癖になっていたなぁと懐かしく思い出す。


 我ながら図太いとは思うけど、今ではその事故に感謝するくらいだ。


 何せ、同僚の鬱々とした顔や仕草は酷くて、とてもじゃないけど同じようにはなりたくないと思うし、みんなどこか線を引いた付き合いの中、少し踏み込み間を取り持つことで社内でのプレゼンスを高めることが出来たのだ。


 今では無くてはならない人材だなんて言われるくらいなのは、誇らしいけど少し照れる。


 人生はRPGゲームに似ていると思う。


 武器屋で武器を買い、魔法屋で魔法を覚えて人生を冒険し探索する。


 ある意味で一度ゲームオーバーし、記憶をリセットしながら復活した僕は、勉強で資格を取り、選択肢を増やし、人付き合いを率先したことでそれらを武器に変えた。


 もちろん鬱陶しがられることもあるから、そこはちゃんと確認して逃げたりするけど。


 人はいつからでも懸命になっても遅くないと周りの人からもそう言ってもらえるくらいに勉強に資格に仕事にと励んできた。


 そのおかげで今では立派な社会人となり、出来る母に自慢してもらえるまでになっていた。


 だけど、年に一回、この夏の季節はこの偏頭痛もあり、夏休みと称して人付き合いを完全に遮断する一週間を作るようにしていた。



「いたた…でもやっぱりマシだなぁ…」



 この季節になると現れる夏の象徴である大きな積乱雲。鏡餅みたいなそれを見ると偏頭痛が少し和らぐのだ。


 事故当時の記憶は、懸命に生きれば生きるほど薄れていっていて、別に悪いわけじゃないけど、どこかもどかしい気持ちをこの痛みが和らぐのと引き換えに抱えてしまうのだ。


 だから公園のベンチでアイスコーヒーを飲みながら、一人ぼんやり上を眺めていたのだ。


 何か思い出すだろうかと。


 まあ、そんなものありはしないのだけど。


 もう氷まで無くなってしまって、木製のベンチに大きな丸いシミを作っていた。木陰が縮んで午前中よりよほど暑くなってきた証拠だった。


 ここから公園の時計は見えない。自分の時計もスマホも置いてきたから時間も気温もわからないけど、もうお昼だろう。


 そろそろ帰るか。


 そう思っていたら横に誰か座ってきた。



「多分、あの中にお城があるんですよ」



 そんな事をつぶやいたのは、知らない女子高生だった。制服は見たことない学校のものだけど、中学生にはとても思えないくらい大人びていて、明るい髪色の可愛い女の子だった。


 彼女も上を眺めていて、整った鼻先で歌を口ずさみながらゆらゆらとカゲロウみたいに揺れていた。



「…そうだね」



 大人びた彼女が子供みたいなセリフを言うもんだから、つい共感してしまった。


 午前中、少しの雨がパラついたせいか、大きな虹かかかっていた。確かに彼女の言うように、その雲の中にあるであろう城に入るための架け橋に見えてくる。


 だからきっとあるんだろう。


 雷だらけで、僕なんかすぐに焼かれそうだけど。


 そう思って眺めていると、緩い風が吹き、彼女のシャンプーの香りか香水の香りか、僕の汗を冷やしながらやってきた。


 どこか甘い痺れみたいな感覚が目覚めそうな気分になるのは何故だろうか。



「お兄さんは、今日この後お暇ですか?」


「…暇だけど…お兄さんって歳じゃないよ」


「私を救済して欲しいんです」



 救済…? いわゆるパパ活というやつだろうか。


 だから僕は少し距離をとった。



「…そういうのやめろとまでは言わないんだけど、僕はいいかな。その……気をつけた方が──」


「ふふ。そういうのとは違いますよ」



 そう言って彼女が鞄から取り出したのは小さめのタブレットだった。


 それを僕に見せながら、彼女はニコリと微笑みながら言った。



「これをプレイして欲しいんです」



 そこには、ゲーム画面みたいなタイトルとともに、妙齢の女性のCGが描かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る