第19 -松村2

 あれからどこか吹っ切れた俺はすぐに仕事を辞めた。幸い実家暮らしだし、親ものんびり探せと言ってくれた。


 散歩を中心に生活と精神の改善を図ろうと決め、次の仕事を探しながら日々を送っていた。


 そんな時、思い詰めたような表情の綾ちゃんに出会った。



「少し、聞きたいことがあるの」



 意味のわからない態度と言葉に、俺はフリーズした。真っ先に疑ったのはスマホだ。潤一から漏れたのか? それとも敦志が? おばちゃんか? 急激に高まるストレスを感じたが、平静を装いながら黙って聞いていた。


 公園のベンチに腰掛け、話を聞けば、敦志が最近おかしいと言う。


 あいつは昔からおかしかったが、綾ちゃんはそんなこと知らないし、知らせるつもりもなかった。



「この間ね、寝言で言っていたのだけど…」



 どうやら敦志が酔っ払って中学の時のことを話していたらしい。随分と俺をボコったことを言っていたようで、心配になり探してくれたみたいだ。


 なんだ…そんなことか…


 それはただの寝取られだ。


 でもこれは言っていいのか。


 不味いだろう。


 いや考えるな。



「本当にごめんなさい。良かったら全部教えてくれないかな…ケンちゃん」


 

 俺と綾ちゃんは、潤一と同じ幼馴染だった。


 何年も呼ばれていない、小学校の時のあだ名を呼ばれ、嬉しくなった俺は、それでも話ては不味いと思い躊躇った。


 するとそんな俺を気遣って、綾ちゃんは背中を摩ってきた。


 結局のところ過去の話だし、喋ってたところで敦志には話さないし、別れる気はないから安心してと、今度は谷間を潰しながら言う。


 旦那の不始末をそのままにしたくないからと、次は太ももを摩られながら言う。


 それが異常なことだとまったく感じず、あの敦志がそんな事を言うわけがないのに、酒に弱いからと勝手に信じてしまっていた。


 いや、ボディタッチで狂わされていたのだろう。いつの間にか俺は促されるまま話し出していた。


 中学の頃、俺は変なあだ名からの脱却を図るためにイキり出した。潤一達のグループからも離れ、悪ガキみたいな連中とつるむようになっていた。


 夜は少し遠いコンビニまで出かけ、そこに屯するギャルっぽい子と仲良くなった。次第に距離を詰め、付き合うことになった。今思えば恋でも何でもなかったと思う。


 その付き合った子は隣の中学の子で、敦志と同中だった。ひょんな事から目をつけられた俺は、敦志にその子を奪われ、見せつけられたことがあった。そして殴りかかり、返り討ちにあったことがあった。


 情け無いったらなかった。


 そして目を覚ませば、綾ちゃんが濡れたハンカチを寝てる俺に当ててくれたことがあった。


 これは言わないが、あの時の苦そうな顔と、しゃがんだ時に見えた真っ白な無防備パンツは今でも忘れることが出来ない。


 あの頃の綾ちゃんを思い出すと、潤一も同時に思い出してしまう。だから俺は距離を取って離れ、隣の中学の子と付き合ったのに。


 …ああ、またイライラしてくるな。


 それからの俺は高校までぼっち街道真っしぐらだった。そして高校で敦志と出会ってしまい、また目をつけられて、潤一をボコってしまった。


 潤一を忘れた綾ちゃんにも腹が立ってくるが、俺が加担したのは事実だし、それは言えない。


 俯いた綾ちゃんは、俺のシャツをギュッと握りしめていて、空いた左手は自分の大きな胸に埋めていた。


 おそらく心を痛めてくれているのだろうが、目の毒過ぎるし、こっちがひやひやするくらい無防備な態度だ。


 ワイヤー入りじゃない胸が無防備すぎてヤバい。


 結婚すると、そういう部分が薄くなるとは聞いたことがあるが、心臓に悪い。


 いや…これは……もしかして建前じゃないのか?


 いや、まだだ。


 まだまだ罪悪感を煽って確認してみたい。



「綾ちゃん。高校のも聞いてくれるか…?」


「うん…」



 俺は潤一がされたことを自分に置き換えて話した。もちろん綾ちゃんの話はしない。


 話終わると、内容が壮絶だったのか、俯いたままカタカタと震えていた。ああ、そうだ。潤一がされたことを、俺がされたていで話すと、どういう反応をするか見てみたかった。


 効果覿面だった。ししっ。


 そして綾ちゃんは声を振るわせながら言う。



「本当にごめんなさい。私が出来ることなら何でもするから──」



 ケンちゃん、どうやったら許してくれる?


 綾ちゃんはそう言って上目遣いで俺を見た。驚くほど距離が近く、煩い蝉の音が消えていた。


 整った顔に動揺し、離れようとしたらぐいと引っ張られ、お互い少し揺れて更に近づいた。


 その時綾ちゃんの頬を伝わる汗が、胸の谷間にジュワリと消えていったのが目に焼きついた。


 やはりこれは……


 この時の俺の脳は、背徳的な興奮が異常に感情を押し上げていて、敦志への怯えを抑えていたことに気づいてなかった。


 そして、とっくの昔に俺が好きだった綾ちゃんではなくなっていたことに、俺は気づいてなかった。




  

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