第16 -潤くん3

 友達グループにいるケンちゃんはちょっと変わった子だ。


 いつも修行って言って鉄棒を何回も往復し続けていた。たまに捕まえやすい蝉みたいに止まってる時もあった。


 そしてみんなにその時が来たらっていろいろ教えてくれていた。


 ティッシュは最低三枚ないと危ないんだぞって。


 いつしか彼のことをみんな「洗濯屋ケンちゃん」って呼ぶようになっていた。


 清潔感のある名前だなって僕は思ってたけど、どうやらよくお漏らししていたみたいだ。


 でも、しごくって何だろ。どうやるんだろ。究極とおんなじ意味だよね…?



「っは、ぅ…でも…なんか、とっても悪い事してるっ、みたいな…」


「何してるの?」

 

「ぅわぁぁぁっ!?」



 見上げたらお姉さんが、カーテンから顔だけ出していて、僕はすぐに布団を被った。


 まだ脱いでなかったからバレてないと思うけど…



「ふふ、驚かせてごめんなさい」


「か、帰ったんじゃ…」


「忘れ物」



 そう言って、いつものようにほっぺたにちゅーというか、外国の人がする仕草をしてくる。一応は躱そうとするけど、躱した側を読まれてされてしまう。


 初めてされた時は何をされたかわからなかったけど、毎回嫌がるのも疲れたからもう諦めてる。

 

 まあ…いい匂いだけど…何の匂いだろ…金木犀かな? またムズムズしてくる。


 でもとりあえず今は帰って欲しい。



「…ふふ」


「な、何?」


「んーん、何でも」



 このお姉さん、最初はすごく大人っぽくて、まるで乙姫さまというか、近寄りがたいくらいの美人さんだったのに、来るたびにどんどん話し方が子供っぽくなってきて、話しやすくなってきた。


 まるで浦島太郎の逆だ。


 いや、僕と同じで逆じゃないのか。


 多分合わせてくれてるんだと思うけど、でもとりあえず早く帰って欲しい。



「何で座り直したの…ほ、ほら早く帰った方が良いんじゃない?」


「…いいえ。何を言われてもいいえなんだよ」


「何で急に頑固なの…」


 

 さっき何でも聞いてくれるって言ってたじゃないか。これだから大人は…


 するとお姉さんは何故かお股と膝を擦り合わせてもじもじしだした。髪もくるくるといじってる。


 でも顔はすごく真剣な表情だ。


 なんだろう…やっぱりバレてたのかも。


 怒られるのかな…



「じゅ、潤くんはおかずって何を使うのかな…?」


「日本語おかしくない?」


「ご、ごめんなさい…じゃ、じゃあ潤くんは、ネタって何を使うのかな…?」


「だから日本語おかしくない?」


「妄想? 実写? 物理? わたしはどうかな……?」


「お姉さん…大丈夫?」



 今年の夏はとても暑いらしいから…ちょっとおかしくなっちゃったのかな…でもどうやらバレてなかったみたいでよかった。



「あっ! そうだ! わたし潤くんにまたお願いがあったのっ!」


「全然聞いてないし…そういうとこ直した方が良いんじゃない?」


「…え? あ、ち、ちゃんと聞く! 直す! ちゃんと聞くから捨てないでっ! わたしを捨てちゃいやぁぁぁあああ!」


「わわ、揺すらないでっ、お、おっぱい苦し…す、捨てない捨てない! 絶対捨てないから!」


「……」


「だ、黙らないでよ…」


「ご、ごめんなさい…録お…えへへへへ…何でもない」


「…? はぁ…だいたい人を捨てるってどういうことなのさ…発想が怖いよ」



 このお姉さんほんとに大丈夫かな…いつも若干テンション高めだけど、たまに夏の雨みたいにゴウッてじゃじゃ降りになる時があるんだ。



「はぁ…それでお願いって何?」


「これを…付けて欲しいんだけど…」



 少し凝った箱から出てきたのは、犬とか猫とかにするような、それより細いけど長くて硬そうな、白の革のベルトだった。



「何これ?」


「絆」


「…きずな…?」


「証」


「あかし…?」

 

「本物じゃないけど…もう耐えられなくて…」


「……?」



 お姉さんの言ってる意味はよくわからないけど、これペット用…だよね?


 病院って良くないと思うけど…どこにいるんだろ。



「どの子に?」


「わたし」


「え?」


「わたしの首に、こう、キュって。ね?」


「やだよっ!」


「ああんっ!」



 僕はすぐにそれを投げ返したけど、何故かお姉さんはすごく嬉しそうだった。



「これをつけて初めてのおかずになりたいの」


「だから日本語おかしいって。学校で習わなかったの? おかずは食べる物。なるものじゃないの。こんなの常識だよ。知ってるよね?」


「えへへへへ……だから、だよ?」


「言葉通じないし…」


「に、にゃーにゃん?」


「ほんとに通じなくなっちゃったし。あははは、もぉ…仕方ないなぁ」



 揶揄ってるんだろうけど、お姉さんが嬉しそうにするならいっか…


 なんか、たまに悲しそうな顔するしね。



「いいよ、つけてあげる」


「…ありがとう…」



 そう言って、とても嬉しそうな顔をしたお姉さんは、でもそれから二度と来なくなった。


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