第14 -潤くん1

 僕は海に落ちて、記憶喪失になった。


 なったらしい。


 そっと頭に触れると、ごわごわした包帯の感触があった。


 少しだけ指に力を入れてみるとズキンと痛む。お医者さんの前でそんなことをしたからか、すぐにダメって叱られた。


 お医者さんの話では、僕はどうやら海に落ちたらしく、頭以外に右足と右腕に怪我をした。幸い骨は折れてなくって、打撲と打ち身で済んだみたいだ。


 自分の名前は憶えてる。宮田潤一。お母さんと二人暮らしで、お父さんはいない。


 記憶喪失と言われても、誕生日とか血液型とか好きな食べ物とか友達まで全部ちゃんと覚えている。


 そんな状態で「記憶喪失」って言われても信じられないし、なったらしい、としか言えないんだ。


 ただ、今が何年何日だ、みたいにはっきりとは思い出せなくて、小学生くらいだと思うけど、それだと十年分くらいの記憶を失ったことになるのかな。


 病室の窓から外を見ると、よく晴れていて、夏の雲が鏡餅みたいに段々と高く積み上がっていた。


 きっとあの雲の中にはお城が浮かんでる。


 なわけないんだけどさ。



「夏休みって…無いんだよね…」



 なんだかすごく損をした気分だ。


 僕の感覚では小学生なんだけど、二十二歳だと言われた。


 でも身体の大きさが全然違い過ぎて信じるしかない。


 体は大人、頭脳は子供なんて、そんなアニメ誰も見ないよ。


 それに鏡を見たけど、僕の顔はばっちり老けていて、落ちたせいかわからないけど、相当やつれていた。


 自分で言うのも何だけど不気味だった。


 まるで帰ってきた浦島太郎みたいだ。


 あ、体は大人で頭脳は子供ってあったのか…老人も大人なんだし、誰でも知ってる話だった。

 

 でも竜宮城の思い出なんてどこにもないのにな。


 雲の中にはないと思うけど、海の中にはありそうってずっと思ってて、落ちたならせめて見て見たかったよ。



『ひとまず怪我が治るまで経過観察ですね』



 お医者さんはそう言った。


 頭に打撲の跡はあるけど、脳に異常はないみたいで、記憶喪失は一時的だろうから、時間とともに回復に向かうと言われた。


 僕はママに助けられながら病室に戻された。仕事もあるだろうから、あんまり心配かけたくないな。


 ママはすごく働き者だ。お父さんが居なくなってからずっと仕事を頑張っている。会社でもすごく上の立場だから忙しい。


 僕が目覚めた時、ママは泣きながら笑っていて、少し怖かった。凄くやつれていて、まるで父さんが出ていった時みたいで、なんだか悲しかった。



「少し先生と話してくるから、じっとしてなきゃダメよ」


「わかってるよ」


「ふふ。何も思い出さなくていいから、ゆっくり寝てなさい」



 そう言ってママは頬を優しく撫でてから出ていった。



「…? 普通早く思い出せって言わないかな……?」



 しかもこんな怪我したらいつも怒るのに、変なママだ。


 いや、もしかして、怒りがマックスまでなって、今は超ママ状態で、穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めたのかも知れない。



「こっわ〜…」



 どうやら僕は相当危ないことをしてしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る