第2話

そこは蒼一色の世界だったー

気が付くと俺は机の前にいた。

机の上には原稿用紙とペン。

視線を前にあげた。

「どこだ?ここ・・・」

そこは空と地面が鏡映しになった空間だった。

そしてその蒼の中を大量の紙飛行機が舞っている。

周りを見渡してもずっとその風景が続いているだけだった。

俺は椅子から立ち上がった。

「・・・」

地面には薄く水が張っていて、歩くたびに同心円状の波が広がった。

そのおかげで俺は地面と空を区別できた。

少し歩いて気が付いたことがある。

記憶が無いのだ。

俺の頭にはこの場所にいる以前の記憶が全くなかった。

動揺することはなかったが焦った。

なんせこんな訳の分からないところで記憶をなくして一人きりなのだから。

それでも俺は歩き続けた。

今俺にできることはそれくらいしかなかった。

後ろを振り返るとあの机はもう見えなくなっていた。

「・・・」

この場所での唯一の目印が分からなくなると状況はさらに悪くなると思った。

俺は元来た道を戻ることにした。

それにこのまま歩き続けても何もない気がした。


「・・・」

「やっと来たか」

無事に机まで戻ると椅子に知らない男が座っていた。

「お前は誰だ」

助けを求めようと思ったが、目の前の男はやけに落ち着いていて不気味だった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だ」

「少しづつ話していこう」

「俺が誰なのか」

「ここがいったいどこなのか」

「そして、お前の役割、を」

「・・・」

訳の分からないことを言ってその男は立ち上がった。

「とりあえず座ってくれ」

俺は促されるままに席に着いた。

「今から語る話は突拍子もない話だ」

そう前置きをすると目の前の男は語りだした。


「・・・」

俺は目の前の原稿用紙を見つめた。

「俺は『神もどき』として、ここに物語を書けばいいのか?」

「ああ」

「でも、俺には記憶が・・・」

「心配はない」

「きっとお前には書ける」

「・・・どうしてそんなことが言い切れるんだ」

「これは『神様の物語』だから」

「・・・?」

「・・・そろそろだな」

目の前の男はそう言うと歩きだした。

「待ってくれ」

「まだ、何かあるのか?」

「まだ、お前のことを教えてもらっていない」

「そうか・・・」

そういうと目の前の男はこっちを向いた。

「俺は『神もどき』であり」

「俺は『終』であり」

「俺は『神様』なんだよ」

その男はそう言うと歩いて行ってしまった。


俺は一人残されたこの場所で物語を紡いだ。

確かにあの男が言ったように俺は記憶がなくても物語を書くことができた。

それはまるで誰かに俺という人間を操作されているような感覚だった。

それでも俺にとってその感覚は不気味ではなく、不思議だった。

この物語の先に何があるのだろうか・・・?

そんな疑問が俺の探求心を駆り立てた。


「・・・」

沢山の文字を紡いだ。

沢山の感情を描いた。

そしてそれらは紙飛行機となってこの空間を舞った。

水晶のように煌めく紙飛行機が辺りを埋め尽くした。

そしてー

物語を書き終えた時。

その時、どうしてか俺は全てを思い出していた。

全てを、だ。

そうして理解した。

この物語が何なのか。

ここがどこなのか。

そしてー

「俺が誰なのか」

俺は席を立つ。

おそらく『あいつ』は俺と同じようにあの席にやってきて。

俺と同じようにちょっと遠くまで歩いて戻ってくる。

それまで待とう。

「・・・」

俺は空に舞う紙飛行機を掴む。

俺は。

俺たちは。

この物語を『明日』に届けなければならない。

そのために俺は『神もどき』になったのだから。

戻ろう。

そろそろ、『俺』がいるはずだ。


俺は席に座って『俺』を待つ。

そしてこの『偽物の神様の世界』を眺める。

『人間』が『神見習い』になるんじゃなくて。

『人間』が『神もどき』になる世界。

そんな『偽物の神様の世界』。

「神様」

「神様」

「この想いは」

「いつか蒼空に届くの?」

「明日へ」

「明日へ」

「ページを捲った」

「君と二人空を見上げよう」


「やっと来たか」

俺は後ろに感じる気配に声をかける。

「お前は誰だ」

俺と全く同じ反応を返した『俺』に言う。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だ」

「少しづつ話していこう」

「俺が誰なのか」

「ここがいったいどこなのか」

「そして、お前の役割、を」

「・・・」

俺が俺に説明してくれた通りのことを。

「とりあえず座ってくれ」

「今から語る話は突拍子もない話だ」

これは長い、長い一日の恋の物語だ。

君との約束を果たすための。

君に想いを伝えるための。


「・・・」

俺は目の前の自分を見つめる。

「俺は『神もどき』として、ここに物語を書けばいいのか?」

「ああ」

「でも、俺には記憶が・・・」

「心配はない」

「きっとお前には書ける」

「・・・どうしてそんなことが言い切れるんだ」

「これは神様のシナリオだから」

「・・・」

「・・・そろそろだな」

俺は歩き出す。

『神もどき』としての俺の役割はもう終わりだ。

「待ってくれ」

「まだ、何かあるのか?」

「まだ、お前のことを教えてもらっていない」

「そうか・・・」

「俺は『神もどき』であり」

「俺は『終』であり」

「俺は『神様』なんだよ」


いつだってこの紙飛行機を飛ばした時に物語が始まる。

どのくらい経ったのだろうか。

あと、どのくらいなのだろうか。

君の言葉が終わる前に。

日は沈んでしまった。

君の涙が消える前に。

君が笑顔になる前に。

あの『一日』は終わってしまった。

「・・・」

だから、これはその続きのための物語だ。

本当はあり得なかった『明日』を迎えるための物語だ。

紙飛行機は空を舞って。

君という物語を描く。

いつかくる明日を目指して。

また蒼空に放つー

これは長い、長い一日の恋の物語だーー

あの日の約束を俺は思い返すー

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