第5話 新たなる、危機
「どちら様じゃないわよ ! 」
「ちょっと、哲也いるんでしょ ! 哲也、出しなさいよ。哲也 ! 」
その声に、哲也さんが出て来ました。
「このぉ、親に黙って結婚するバカがどこにいる ! はっ、ここにいた」
「そうよ。それに、なに、この気の利かないヨメ」
「なに、大きな声で訳のわからんこと言ってんだよ」
この女の人たちは彼の母と姉でした。そして、私のことをヨメと思っているのでした。
「あの、先ずは、お上がりください」
私は急いで、テーブルの上を片付けました。
「はあぁ。今、朝ごはん。いいご身分だこと」
「そんなこと、どうだっていいじゃないか。それより、いきなり押しかけて来るとは何だよ」
「いきなりぃ。よくもそんなことが言えたもんだ。親に黙って結婚する様なバカに言われたくないわっ」
「そうよ。こんなことが許されるとでも」
「別に、結婚なんてしてないし」
「そんなことで騙されると思ってんのかい。調べは、ちゃぁんとついてるっ」
「まあ、寄りによって、こんな女とはねえ」
私がお茶を出している時でした。いくら何でもひどい言葉です。
「いえ、あの、私は違います」
「何が違うだと。この女も山名じゃないか。知らないとでも思ってんのかい」
「そうだそうだ。よくもまあ、親と姉を見くびってくれたもんだねえ」
「違う!!彼女も山名さんなんだ」
「だから、入籍したんだろ。親に黙って」
「してないよ。同姓なんだよ。たまたま同姓の人と知り合ったって訳」
「ああ、籍は入れずに同棲してるってこと」
どうやら、同姓と同棲を勘違いしているようです。
「とにかく今から、説明するから、黙って聞けよ」
彼と私は並びました。
「彼女の苗字も山名さんだ」
「山名由梨です」
「つまり、偶然、同じ苗字の人と知り合ったってこと」
「ホント、それホントなの」
「ハイ、本当です」
「それじゃ、哲也は同棲のために、このマンション買った訳?」
「いや、ここは」
「ここじゃ、毎月のローンだって大変だろうに」
「だからっ、話聞けって言ってるじゃないか。ここはぁ。彼女の…」
「えっ、この人のマンション。ああ、親に…」
「それなら、そうと早く言いなさいよ」
「違います。私の親戚が海外赴任することになったので、その間住まわせてもらってるだけです」
「なあんだ。おかしいと思った。そうでもなけりゃ、こんなマンション。無理だわね」
「それにしてもよ、哲也。親に黙って同棲する?友達とルームシェアするとか言ったくせに」
「まあ、同じようなものだし。それに同棲するのに許可いる」
「そりゃ、許可はいらないにしても、一言、言ってくれてもいいんじゃない。それに、あんたもあんたよ」
と、彼の姉は、私を睨みました。
「男って、何かと気が利かないものよ。でも、そこは、女のあんたが気を利かせるべきでしょ。一度、ご挨拶に伺いましょうとか言えないの。全く、気が利かないったらありゃしない。それに何。ロクな茶菓子もないじゃない」
「すみません。急なことでご用意出来なくて…」
「そう言うとこがダメだって言うの。何かの時のために茶菓子くらい用意しておくものよ」
「はっ。不倫した様な人に言われたくないわ」
不倫…。
「哲也 ! それとこれとは話が違うでしょ。それに、あれは向こうがしたから、つい…。とにかく、悪いのはあっち」
「それを五十歩百歩と言うんじゃなかったっけ」
「そんなの終わったことじゃない」
「それなら、僕たちのことも、終わったってことで」
「だから、それとこれとは、話が、話の次元が違う ! 」
まるで、私の母と妹を見ている様でした。でも、もう、止めて欲しいです。こんなことが嫌だから、黙って、家を出たと言うのに…。
「何も違わない ! とにかく、もう、放っておいて。家が狭い、早く出て行けと言うから家を出たんだから。そして、ちゃんと暮らしてるんだからいいだろ」
「ちょっと、私は一度たりとも出て行け何て言ってないよ。それと、ヨメ取りの話は別」
「だから、結婚してないって」
「勝手に同棲してるじゃないか」
「同棲くらいいいだろ」
「良くない」
「じゃ、どうすれば」
「ちゃんと挨拶に来るべき」
「ああ、近いうちに行くから。今日のところはこのくらいで」
「何ぃ ! せっかくやって来た親と姉を、こんな出がらしの茶一杯で追い返すとは」
出がらしの茶ではありません。新しいお茶です。
「そろそろ昼だと言うのに」
「では、外でお食事でも」
と、私が言いました。
「まあ、総菜屋行ってるくせに、何も作れないの」
「いえ、器が無いのです」
最低限の食器しか持っていません。
「まあ、お母さん。店の総菜、出されるよりいいんじゃない」
「それもそうね」
4人で外に出ました。駅から少し行ったところにファミレスがあります。そこへ向かうのに、姉は駅の方に行ってしまいました。待っていると、女の子3人と戻ってきました。姉の娘たちです。でも、今日は平日で学校は。それに、いつ電話したのでしょう。
「ええっ、ファミレス…」
「この辺り、レストランないの」
私もこの辺りのことはよくわからないと言うより、外食したことないので知りません。それでも店内に入ると、子供たちは大はしゃぎです。私と彼は朝食が遅かったのでコーヒーですが、一番上の姪は、あれもこれもと注文しつつも、私を睨みつけていました。そして、テーブルの上には、たくさんの料理が並べられました。
「ああ、お腹一杯」
「さあ、次はデザート」
えっ、お腹一杯なのでは…。
それだけではありません。皿の上には食べ残しがあり、手付かずの料理も…。
「デザートは別腹」
そのデザートも同じ有様でした。
食べ物を粗末にするなんて…。
「ごめんな」
帰宅すると彼は謝ってくれました。そして、これまでの
10年前に姉がデキ婚。2年後に父が亡くなり、それから母と暮らして来ました。たまに、姉とその子供たちがやって来ると、それは賑やかでした。でも、そんなのは一過性のことで、母との仲も普通だったそうです。
そして、姉に離婚騒動が持ち上がりました。それも、ダブル不倫。姉の夫が不倫したので、姉も同じように不倫したとか…。
散々揉めた挙句、離婚。娘3人連れた姉が出戻って来てからは、生活が一変。毎日が賑やかなだけでなく「狭い狭い」を連呼され、彼の方が邪魔者扱いされたそうです。母もすっかり姉に感化され、彼を追い出しにかかりました。
極め付けが、10歳の姪の風呂上りに出くわすと「ギィヤアアアァ」と叫ばれ、まるで彼が覗きをしたかのように騒ぎ立てたそうです。結局、それも「彼、追い出し作戦」の一つでした。
彼としても、すぐにも家を出たかったのですが、部屋を借りるにしても、中々条件が折り合わず、悶々としていた矢先、幸か不幸か、私が犬になってしまいました。
「別に、渡りに船って訳じゃないけど…。いや、そうだったかもしれない」
例え、そうであったとしても、彼が側にいてくれたことで助かったのも事実ですし、こうして、率直に話してくれたのですから、私も両親、妹のことを話しました。
でも、現実はそう甘くありません。その後も、彼の母と姉、姪たちのアポなし訪問は続きました。また、この姪たちが部屋を走り回ったり、飛び跳ねたりするのです。
「下の部屋に響くから、走らないで ! 」
でも、母も姉も注意すらしません。
「走るな!!走るんだったら、来るな。来てもここに入れないからな !」
彼が怒ってくれたので、それからは走らなくなりましたけど、この時は、さすがに階下の人に申し訳なく、後で菓子折り持ってお詫びに行きました。
ある時、子供抜きでやって来たと思ったら、やはり、金の話でした。
最初は彼が家を出て行けば、女同士、快適に暮らせると思ったようですけど、彼からの収入が無くなったことが痛手なのです。そこで、慌てて彼の行方を捜したと言う訳です。
母も姉もパートに行き、養育費が振り込まれるとはいえ、金は多い方がいいに決まっています。
「ここにいたら、家賃が要らないじゃない。その分、入れてくれない」
「そうよ。うちの養育費だって、いつまで続くか知れたもんじゃないんだから」
「それに、ヨメも働いてるじゃない」
と、私をヨメ扱いするのです。いくら言っても聞く耳を持ってくれません。
「いずれ、結婚するんでしょ」
「そうよ。それなら、ヨメ。もう、家族じゃない。そこは助け合わなきゃ」
実は、このことは既に彼と話し合っていました。こう言う人たちは、金を出すまでは何度でもやって来て、嫌がらせをするものです。それは、金を出すまで止めないでしょう。
そこで、彼は3万円を提示しました。
「ええっ、それだけ?それじゃあ、いくら何でも少ないわ」
「そうね、5万円は欲しいわ」
当然のように、二人は不満です。
「じゃ、由梨さんにお願いできないかしら」
「子供ってお金かかるのよ」
えっ、私…。
どうして、私がそこまでしなくはいけないのでしょう。それに、名前をキチンと呼ばれたのも初めてです。
「じゃ、中を取って、4万円と言うことで。とにかく、今はそれだけ。不満なら帰ってくれ。僕もいずれ、ここから出ていくから」
「そんなぁ。出て行くより、結婚のこと考えたら」
「いずれは由梨も、ここを出なくちゃ行けない。だから、結婚するにしても、しないにしても、いつまでもここに居られる訳じゃないし」
毎月4万円の仕送りと言うことで、その日は終わりました。
それからは、もう、これ以上は金を引き出せそうにないと思ったのでしょうか。アポなし、アポあり訪問も減りました。
「親戚の人が帰って来るのっていつ頃」
「3年後」
「3年後と言っても、由梨はもう、ここに1年くらい住んでるんだから、後、2年…。それで、その時はどうするの」
「それは…」
「まだ、考えてないか…。ん、でも、年に一度くらい、その人は日本に帰って来るんじゃ」
「いえ、あの、実は…」
私は本当のことを話しました。
「ええっ、宝くじって、本当に当るんだ。いや、当った人に会ったことないから。当っても黙ってる人もいるだろうけど…」
「ええ。でも、もう、そのお金は残ってないの。住むところを確保しても、それこそ、着替えだけ持って家を出たから、鍋もなければ箸もない。最低限の生活用品揃えるだけでも大変だったし、着る物もいるし、モカにも思ったよりお金かかるし。そんなこんなでお金、使ってしまって…」
残りの5千万円の事は口が裂けても言えません。
金は、人を変えます。
母の姉、私の伯母には二人の息子と娘がいます。一番上の息子は落ち着いた性格でした。私の母が露骨に娘差別するのを、よく
そして、伯父に続いて、伯母も急死しました。残された財産は貯金と家です。上の二人は結婚していましたが、下の弟はニート状態でしたので、すべては従兄が取り仕切りました。先ずは、弟の住む部屋と仕事を見付け、家をすぐにも売れる状態にしました。立地が良かったせいもあり、しばらくして家が売れました。
でも、何と言う事でしょう。その中から、300万円を妹と弟に、一時金として渡すと、従兄は残りの金を持ってどこかへ行ってしまいました。妻や子も一緒です。
残りは5千万円ほどあったそうですが、おそらく、以前から計画していたのでしょう。当然、二人は今も怒っています。
その時は、私も驚きました。まさか、あの従兄が…。
でも、その時、知りました。金は人を変えると言うことを。ですから、私もあの金のことだけは言えません。まさかと思いますけど、金を見れば、哲也さんも変わってしまうかもしれません。
そんなことより、またも、大変なことが起きてしまいました。
もう、金どころではありません。どうすればいいのでしょう。
どうすれば…。
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