第2話 犬に…

 えっ、が、私の横で寝ている…。


 それもだけど、起きた時から目が変なのです。いつもの色ではなくて、おかしいのです。横で寝ているの顔の色が、灰色がかって見えます。


 いえ、それよりも、どうして、私の側にが寝ているのでしょう。いえ、いえ、私自身も変なのです。私の体がおかしいのです。そして、手を見れば…。


 その時、が目を覚まし、次の瞬間、二人して、飛び起きました。


 ああ、何と言う事でしょう…。

 私の体は、犬になっていました。と言うことは、目の前のは、モカ…。


 そんな、まさか、人間と犬が入れ替わるだなんて、寝て起きたら、入れ替わっていただなんて…。


 こんなことってありますか。映画やドラマで男女が入れ替わったり、親子が入れ替わったりするのはありましたけど、人と犬が入れ替わるだなんて…。


 でも、それが現実だったのです。私は私なのに、体は犬でした。手、いえ、前足と毛だらけの体を見て、絶望しました。


「わあっ、すごいぃ」


 と、私の声を発したのは、私と入れ替わった、犬のモカでした。


「何て、きれいなの。色がいっぱい、ある…」


 と、辺りを見回しています。そうです。人間は多くの色を見ることが出来ますが、犬は、青と黄色は見えても、赤が見えないのです。思わず、私は叫びました。


「モカ ! 」

「えっ、なに、この犬…。ええっ。ひょっとして、私の飼い主さん?」

「えっ、言葉わかるの?」


------------------


 二人して、顔を見合わせたまま、またも、フリーズ。

 あり得ないことが起きてしまいました。こんなこと、誰が信じてくれるでしょうか。それより、これからどうすれば、いいのでしょうか…。

 途方に暮れるとは、正に、このことです。


 そんな私の嘆きをよそに、一人、はしゃぐモカ…。


「ええっ、私、人間になったの。嬉しい。わあ、人間の手の指って、すごいぃぃ」


 と、指を閉じたり開いたりしてます。


「ああ、見上げなくても、あれもこれも近くに見えるぅ。人間て何て素晴らしいのかしら」


 今度は立ち上がり、足をバタバタしています。その様を見上げるしかない私…。


「モカ ! 浮かれてる場合じゃないわよ !」

「ああ、犬になった飼い主さんは今、どんな気持ち。やっぱり、人間の方がいい」

「あのねっ、よく聞いて。犬が人間になったからって、それで生きて行けると思う。これからが大変なのよ。ああ、これから、どうすればいいの…」


 20年以上、家族から奴隷のようにこき使われ、やっと、宝くじが当たり、理想の暮らしを手に入れたと言うのに、何なの。一体、これは何なのっっっっ。

 

 私は頭をこれ以上ないくらい、フル回転させました。ただ、嘆いているだけでは、この現状をどうすることも出来ないのですから。


 今日はデパートの定休日だから、それはいいとして、明日からは。明日も犬のままだったら、私はどうなる…。

 金は、まだ、5千万円ほど残っているけど、金があるからって、誰が信じてくれるでしょうか。人と犬が入れ替わっただなんて。

 それよりも、これから、今からの私はどうなってしまうのでしょう。

 ああ、私はこんなにも苦しんでいると言うのに、モカはパジャマのまま、走り回っています。


「モカっ。走っちゃダメ ! 走ると下の部屋に音が響くのよ。それより、パジャマ着替えて」

「パジャマ。ああ、この着ているものね。でも、どうやって脱ぐの」

「先ず、ボタンをはずして」

「はずす?」


 いくら、人間の格好をしているからと言って、犬は犬なのです。指の使い方もわからないのです。散々、説明して、何とかパジャマを脱ぐことは出来ました。今度は下着です。脱ぐのはそんなに難しくなくても、穿かせるのが大変でした。次は着替え。ベッド脇の4段チェストの上に用意してあるけど、着せるのも…。


「走っちゃダメ ! いいこと、走ってはダメよ」

「えっ、でも、今までは走っても何も言われなかったよね」

「だから、犬と人間は違うの。あのね、私が部屋の中で走ったことある?」

「ああ、言われてみれば、そうですね。わかりました。走らないようにします。飼い主さん」

「それと、その飼い主さんと言うの、やめてくれない」

「では、どう呼べばいいのですか」

「そ、そうね。由梨ちゃんでいいわ」

「はいっ、由梨ちゃん。それで、由梨ちゃん。お腹空きました。ああ、食べ物はキッチンですね」


 私だって、散々、喉をからしたから、水が飲みたい。犬になってしまった私は仕方なく、モカの水飲み場で飲みました。


「由梨ちゃん」


 と、声のする方を見れば、いつもは私が「モカちゃん」と声を掛ける、対面式キッチンから、私の顔が見えました。私は走ってキッチンに行きました。

 いつもは犬用フェンスで、キッチンにモカを入れることはありませんでしたけど、キッチンは犬にとっては危険なところです。それが、今のモカは楽しそうにキョロキョロ見回しています。


「ダメよ。すぐにここから出て ! 」

「でも、水飲みたい。ああ、ここにあるのか」


 フェンス越しに私のすることを見ていたのでしょう。冷蔵庫のドアを開け、ペットボトルを取り出そうとするのですが、やはり、物をつかむと言う動作に慣れてないので、やっと、ボトルを手にしたかと思えば落としてしまいました。


「ええっ。水ってこんなに重い物だったの」

「早く、拾って。両手でしっかり持つのよ」


 今度はフタを開けなければいけません。でも、やはり、ひねると言う動作がわからないのです。そこで、私はそのペットボトルをもらい、前足で押さえ歯でフタを嚙みつつ、顔を動かしてふたを開けました。


「あっ、コップに入れて飲むのよ」


 そのコップの中の水をモカは、顔を近づけて飲もうとしましたが、当然飲める筈もありません。


「コップを口に持って行って、少しづづ飲むのよ」


 でも、やってしまいました。水を一気に口に流し込んだのです。モカはむせただけでなく、Tシャツが濡れてしまいました。また、着替えさせました。


「お腹、空きました」


 着替えが終わると、モカは言いました。でも、何と言う事でしょう。その時のモカは、いつも私が座っている椅子に、当然の様に腰掛けていました。

 私のいつもの朝食は、パンとヨーグルトと果物。でも、疲れた私は食パンの在りかを教え、とにかく、食べ物は少しづつよく噛んで食べるように言いました。


「そうだ。ヨーグルトだっけ。あれも食べたい。ああ、冷蔵庫ね」


 と、モカは立ち上がり、今度はスタスタと歩いて冷蔵庫に行きました。


「わあ、これ何かしら」

「他のものには触らないで !」

「でも、これからは私が物の出し入れをするんでしょ」


 人間気取り出来ることが楽しくてたまらない、モカなのです。


「それは、後で説明するから。あ、しっかり持って。スプーンはここ。あ、皿も」


 ヨーグルトの蓋は何とか開けられましたけど、早速に舌で舐めようとします。


「ダメよ。スプーンですくって、皿の上に。パンはちぎって、ヨーグルトを付けて食べるのよ」


 この方法なら、モカも何とか食べられると思ったのです。


「ああ、こうしてね。わあ、おいしい」

「ちょっと、モカ。私にも」

「えっ、でも、私は毎日ご飯を食べてましたよね」

「でも、そのご飯の作り方わかる?」

「わかりません。はい、では、由梨ちゃん」


 と言って、ヨーグルトの付いたパン片を口元に持って来てくれました。それからの、モカは自分の口と私の口に交互にパンを入れてくれました。


----えっ、いくらでも食べられる…。

「ああ、何か、お腹一杯で食べられない」


 モカが言いました。ふと、見れば、昨日買った6枚切りの食パンが一枚だけになっていました。いつもは1枚の私ですけど、どうやら、今朝は2枚、モカは3枚食べたようです。

 そうでした。犬など動物は食べられる時に食べて置かなければ、この次いつ食べられるかわからないので、あればあるだけ食べてしまうのでした。食べる量にも気をつけなければ、いえ、そして、また。片付けです。

 本当にくたびれます…。


 私の頭の中は、これからどうすればを考えているのに、モカはのん気です。犬の知能は人間でいえば、3歳くらいだから仕方ないとしても、これが同士ならまだしも、私の姿は犬なのです。

 こうしている間にも、モカはあれこれ手に取ったり、引き出しを開けることを覚え、開けては中の物をひっくり返しているのです。


「モカ、止めて ! そんなことをしてはダメ」

「何か、由梨ちゃん。怒ってばかりいる」

「だから、犬と人間は違うの。人間はやらなくてはいけないこと、やってはいけないことがたくさんあるの。お願い、これからは何でも私に聞いてからにして。そうしなければ。私と離れ離れになってしまうよ」

「えっ、どうして」

「どうしても。そうなってしまうの」


 そうです。

 最悪の場合。私になったモカは病院に入れられ、犬である私は保健所送り。そして、母と妹がこのマンションに移り住み、あの、5千万円で豪遊しまくることでしょう。それを思うと悔しくてたまりません。

 

「あの、由梨ちゃん。そのぅ。おしっこ」


 さあ、大変。急いでトイレに連れて行き、必死で説明しました。その必死さが伝わったようで、トイレも下着も汚すことなく、無事に終わりました。でも、今度は私です。モカのトイレは洗面所に置いてあります。


「人間て、色々大変なんですね」

「そうよ。だから、私の言うこと聞いてね」

「はい」


 その時、モカにテレビを見せようと思い付きました。NHK教育テレビで、子供向け番組をやっている時間帯です。これなら、モカも興味を示してくれるかもしれません。これは、うまく行きました。

 モカがテレビに夢中になっている間に、少し離れた所でこれからの思案をすることにしました。


 その時、スマホが鳴りました。


「……!!」


 
















 













 

 








 












 










 













 









 

























 









 










 


  





































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る