宝くじに当たったら、犬に…

松本恵呼

第1話 宝くじ、当たりました!!

 宝くじ、当りました。

 うふふ。1億円ほど…。


 それはもう、何度も数字を確認しましたよ。何度も…。

 でも、当ってたんですよね。もう、身震いするほど嬉しくて嬉しくて、じっとしてられなくて、家の中を歩き回りました。今は、家に一人なんで。


 でもね。これからが大変なんです。先ずは、落ち着かなくっちゃ。


 決して、誰にも言いません !


 母と妹は、まだ、帰って来てません。いつも、この二人の留守に確認しています。もし、当ってたら、その瞬間、嬉しくてつい、顔や態度に出てしまうかもしれないでしょ。

 当たったのが見つかったら最後、この二人に、すべて巻き上げられてしまいます。


 なんてたって、うちの親、特に母は妹ばかりかわいがるんですから。


「お姉ちゃんなんだから」


 3歳違いの妹が生まれてからと言うもの、この言葉を、それこそ、天文学的数字なくらい言われ続け、これで、やっと、親と妹から逃れて一人暮らし出来ると言うのに、誰が宝くじが当たった何て言うもんですか !

 それこそ、1円だってやりたくない、いや、やらない。

 小学校5年生の時から、夕刊配達のバイトをやってましたけど、給料日に私がもらえるのは100円だけ。でもね、母と妹は私のバイト代で、ファミレス行ってたんですよ。それだけではありません。この頃には、ほとんどの家事をやらされていました。

 朝は一番に起き、父と母の弁当作り。学校から帰ると掃除洗濯、夕飯の献立買い物、調理片付け、すべてやってました。

 その後、高校は定時制。昼間はパン工場で働き、給料は母が管理。


「長女なんだから、家計を助けて当然 ! 」


 高校卒業が近くなると、母からうるさいほど言われました。


「もっと、給料のいいところ、ないの」


 今のご時世、定時制卒にそんないい就職先なんてある訳ないです。今もパン工場で働いてます。妹は全日制の高校に行きました。

 母が言うには、私は長女の跡取りだから、家をしっかり守れ。妹はいずれ嫁に行くのだから、それまでの間、家族のいい思い出作りをしてやりたい。また、少しでも条件のいい男と結婚するためには高校くらいと言っていたのですけど、妹が3年生になると、地元の短大へ行かせると言い出しました。

 今時、短大くらい出てなければ、いい男は捉まえられない。そのくせ、私にも金を持った次男を捉まえろと言います。


「パン屋の職人なんかダメだよ」


 はっ? 定時制高校卒で、毎日、家と職場の往復しているだけの私に、いつ、そんなチャンスがあると言うのでしょう。また、金持ちの次男がに婿入りしますかね。それより、どうして、いい男を捉まえる予定の妹にこの家を継がさないんでしょうか。それには母の育った境遇がありました。


 母には、姉がいました。それはもう跡取りとして、大事にされていたそうです。すべてが姉優先で、子供の頃から、随分悔しい思いもしたそうです。それなのに、年頃になった姉は好きな男と結婚して、さっさと家を出て行きました。そうなると、今度は次女である母に婿取りを迫られ、好きでもない男、父と結婚させられたのです。


「長女だからって、決して甘やかさない ! 次女には、自分と同じ思いはさせない!!」


 そんなこんなで、長女である私にきつく当たり、次女ばかりかわいがるのです。要は自分が受けて来た仕打ちへの腹いせを、私にやっているのです。


「家とは、長男長女が継ぐもの。うちは長女であるお前が継がなくて誰が継ぐ。家を守り、親を守るのが長女の役目。長女と生まれたからには、家と親を守るのが務めである」


 あのですね。家と言っても土地は借地なんです。

 いくら、借地代を払っているからと言って、母が死んだらこの土地は返えすことになっています。この土地は、母の遠縁が所有するもので、本当はすぐにも買い取ってくれるか、返してくれるかにして欲しいけど、そこは、長年の付き合いもあり、また、母の泣き落としで仕方なく、生きている間はと言うことになりました。その時、母は言いました。


「いずれ、由梨ゆり(私の名)がこの土地を買うから。それまで待ってほしい。真面目なだけが取り柄の娘だから、大丈夫」


 大丈夫だからって、金の管理は母がやっているので、この家にどれくらいの金があるのか、私は知りません。私自身の貯金などほんのわずかです。


「だから、私を大事にして長生きさせれば安泰」


 何が安泰なんですかね。それと、父とはもう、長く別居してます。

 発端は父の浮気です。それに気が付いたのは、当時、二十歳の私でした。さすがに母に言いました。烈火のごとく怒った母は、私を連れて相手の女の会社に乗り込みました。でも、敵もサルもの、引っ掻く者でした。


「こんなことをするとは非常識な ! 」

「どっちが非常識なのよ!!」


 母はこの時、絶対に別れてやるものと思ったそうです。その後、女と父から慰謝料を取り、今も父から生活費を受け取っています。

 さらに、父の浮気に気が付いたのは、私なのに、周囲には、自分が気が付いた、女の勘だと吹聴してます。


 父は実家へ帰りました。いえ、父は都合が悪くなると実家へ帰るのです。実家には祖母がいます。もう、高齢なので父が様子を見によく帰ってましたけど、母とケンカをすると、すぐに父は実家へ帰ります。

 でも、今度ばかりは父も戻って来る気はないようです。また、この祖母も父には甘く、誰よりも息子が大事な人です。娘しか生まなかった母が許せないらしく、孫娘にそれほど興味も示しません。


 そして、妹。これがまた、大変なんです。当然と言えば当然かもしれませんけど、母がかわいいと甘やかすものだから、すっかり図に乗ってます。かわいいたって、私より、少しマシと言ったくらいのでしかないのに、自分は美人のつもりでいるのです。また、父が家を出て行った辺りから、私の給料ですべてを賄うようにと母から言われました。すべてとは全てです。公共料金から3人分の携帯代。食費、消耗品等、家のすべてです。それを知った妹は夕飯のおかずや弁当に文句を言います。


「冷食なんか、入れないで」


 その弁当も周囲には自分が作っていると言ってるのです。その他、薬局で購入した薬の類も請求します。


「何よ、いずれ、この家が自分のものになるんじゃない。これくらいしても、罰は当たらないって。さあ、さっさと出しなさいよっ」


 母は、いつも、妹の味方です。

 さすがに、嫌になることもありましたけど、どうして、私が家を出なかったかと言えば、例え、家を出たとしても、働くところと言えば接客業しかありません。私はそれが苦手なのです。パン工場のようなところで働くのはいいのですけど、酒も飲めないし、酔客の相手などしたくありません。だから、この状況に甘んじていたのです。それを母も妹も知っているものですから、私を金付きの家政婦くらいにしか思ってないのです。

  

 でも、こんな私でも、夢は持っています。それは、ペット可マンションで犬と暮らすことです。そのために、宝くじを買い続けました。私にはこれしかないのです。宝くじに夢を託すしかないのです。


 そして、やっと、夢がかないました。

 宝くじで一億円当てたのです。これで、この家を出られる。そう思うと泣きそうに…。


 ああ、いけない、いけない。

 私は急いで顔を洗い、宝くじを隠しました。すぐに、夕飯の支度をしなければ、母と妹が帰って来ます。さらに、いつもと同じようにしなければ、バレてしまいます。この二人、案外、こう言うところ、敏感なのです。

 

 そう、私もになります。見事に「いつも」を演じました。そして、行動を起こしました。

 先ずは、工場長に退職の意思を伝えました。但し、他の人達には黙っててほしいと。工場長は、最初は私が結婚するのかと思ったそうですが、そうでないことにすぐに気が付いたようです。また、この工場長の家と私の家は歩いて行ける距離です。なので、私の家の状況も把握しています。そんな私が10年務めた工場を辞めるのですから、何かあったのだと察してくれました。


 それからの私は、周囲には父が病気と言い、有休を取りつつ、マンション購入の手続きをしました。

 いいえ、別に漠然とマンションで犬と暮らそうなんて、思っていた訳ではありません。宝くじに当たった後の事はしっかりとを立てていました。いくら何でも、全く見知らぬ土地での暮らしは不安です。

 ここから、JRで1時間弱のところに県内一の繁華街があります。働くのはその辺りで、住むのは、二駅ほど手前のいわゆるベッドタウンと言うところです。ちょうど、駅近に中古マンションが売りに出されていました。3LDKでは一人で住むにはちょっと広いかもしれませんけど、単身者用のマンションは賃貸しかありません。

 契約を済ませたら、次は家具調度品を揃えなくては。全くのゼロからなので、これが結構大変でした。何しろ、決まった時間には帰宅しなければならないので忙しかったけど、生まれて初めて充足感を味わうことが出来ました。


 

『今まで、お世話になりました。これからは一人で生きていきます。お元気で』


 それだけ書いた置手紙を残して、家を出ました。そして、私の新しい生活が始まりました。


----ああ、世の中には、こんな景色があったのだ…。


 マンションの10階から見る眺めは素晴らしいです。また、この解放感…。

 そして、足元を走り回る子犬。そうです。私は一人ではないのです。雌の柴犬と一緒です。名前はモカ。

 先ずは、モカに留守番することに慣れさせなくてはいけません。留守番が出来るようになると、就職先を探しにハローワークに行きました。それがいいところがあったのです。例の二駅先の駅前デパート。仕事は地下の総菜売り場のパート。それも、販売ではなくて、厨房での総菜作り。別に、デパ地下の売り子くらい出来ますけど、やはり、人目に付きたくないのです。いつ、誰と会わないとも限りませんからね。


 そうそう、あれから、母や妹のこと、これが不思議と気にならないのです。新生活で忙しかったこともありますけど、全くと言っていいほど、思い出すこともないです。何か、もう、興味がないと言うか。知らんけど。


 とにかく、私は念願の暮らしを手に入れたのです。仕事は楽ではありませんけど、モカと一緒ですから。もう、毎日が楽しくて楽しくて…。



 そんな暮らしも、早や1年になろうとしたある朝のこと、目が覚めると何かぼやけたような感じでした。

 

 そして、側には「私」が寝ていた…。

 












 


 











 

 

 








 












 















   


 

 












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