MY SOCCER LIFE

ザイン

 8歳。秋

ピッピッピー


 


ホイッスルが鳴ると同時にスタジアムからサポーターの声が聞こえてくる


 


「キタガワ!キタガワ!!」


 


さっきまで白熱した試合を繰り広げていたグランドに、1つの台が設置された。


 


俺はサポーターの声に導かれるようにその台に向かった。


 


思い返せばあっという間のサッカー選手としての人生だった。


 


プロデビュー戦での決勝ゴール、チーム優勝に貢献しMVPの獲得、苦節の続いた海外挑戦。W杯にも出場した。


 


なによりあの人と同じフィールドでサッカーが出来た時は、試合前から号泣した思い出を噛みしめ台に向かう。


 


反対側のベンチに座るあの人はどんな気持ちだろうと見てみると、涙目を必死に堪えていたから少し笑えた。


 


台の一歩手前で立ち止まる。


 


(あの人の一言が無ければ、今の俺は無かったんだよな…)


 


うっすらと涙を流しながら台に昇って俺はマイクを通して叫んだ。


 


「私。湘南イーグルスの北川優は引退します…」


 


 


 


「坊主、サッカーやらないか」


 


河川敷で一人座る小学生の俺に、あの人は声をかけてきた。


 


「おじさん誰」


 


「この歳でおじさんって言われるとは、思わなかったぜ」


 


苦笑いしていたあの人は確かにおじさんではなくお兄さんだった。


 


「楽しいぜサッカー」


 


「僕サッカーよくわからない」


 


「俺が教えてやるよ」


 


そう言ってテクニックを披露するあの人は格好良かった。


 


足であんなにもボールを操れるものなのかよと子どもながら思った。


 


「すげー…」


 


「なっ、どうだやらないか」


 


そう言ってあの人はパスを出した。そういえばあの時初めて人と遊んだっけ。


 


初めてのパス交換は俺の一方的な質問攻めだった。


 


「おじさん何してるの」


 


「俺は山下巧。サッカー選手だポジションはMF。横浜FCに所属している」


 


「なんで僕に声をかけてきたの」


 


「坊主いつも一人でここにいんだろ」


 


「この河川敷ランニングコースだから坊主のことよく見かけるんだ」


 


「別に声をかける必要は無くない」


 


「悲しそうに座ってるヤツを見捨てられないのが俺だからよ」


 


「よく見かけるってことは何回も見てたんでしょ」


 


「えっ。あっそれは…その…そうだな」


 


「同情ならいらないよ」


 


強く蹴ったボールを背に俺は立ち去る。


 


「俺はここで待ってるからよ。またサッカーしようぜ坊主」


 


そう言ったあの人を振り返って見ること無く走り去った。


 


その夜は寝つけず。気がつけば毎日河川敷であの人とサッカーをしていた。


 


サッカーと…いやあの人と出会って3ヶ月が過ぎた。毎日のようにあの人と河川敷でプレーしていたからか自然と上達し同級生とサッカーをすると、いつも俺の取り合いになった。


 


両親も最近明るくなったと安堵している。


 


そんな充実した日々になりつつあるある日のこと


 


「坊主。そういえばお前、サッカーの試合観たことあるか」


 


あの人はボールを蹴って問いかけた。


 


「いや…見たことない」


 


俺は少々後ろめたそうに返答した。


 


「今度、俺の出場する試合が神奈川TVで放送されるからよ。観てみな」


 


そんな俺を気にもせずあの人は笑顔でそう言った。


 


「あっそ…暇だったら見るよ」


 


「この生意気なガキめ」


 


そんな会話のあと普段通り練習した。


 


練習を終え家に帰りすぐにパソコンで調べた。


 


(明後日か…)


 


ナビスコ杯決勝。横浜FCVSフレッシュ広島と書いてあり。当然あの人はスターティングメンバーだった。


 


興味本位で調べてみると、横浜FCは13年前にリーグ優勝して以来タイトルから遠ざかっている古豪チームらしい。そんなチームが横浜FC一筋6年の司令塔『山下巧』を中心に躍進しナビスコ杯は6年ぶり決勝進出。リーグ戦も残り5試合を残して首位と勝ち点差3の2位と今年は勝負の年と書かれていた。


 


そうした情報を調べていくうちに俺は『Jリーグ』に興味を持った。


 


ナビスコ杯決勝当日。俺は家のTVの前に座り込み試合開始を待っていた。


 


「サッカーなんて、珍しいモノ観るわね」


 


母が洗い物をしながら話しかけてきた。


 


「そうかな。最近よく一緒にサッカーするお兄さんからこの試合観たほうがいいって言われてさ」


 


「そうなんだ…」


 


その時の母の困惑した表情を当時の俺は気にしていなかった。


 


そうこうしているうちに試合が始まり、俺は食い入るように観た。


 


あの人は輝いていた…いや輝き過ぎていた。


 


美しいパスにキレのあるドリブル、熱く激しいディフェンスに強力なミドルシュート。横浜FCのシュートにほとんど絡んでいた。


 


結果は3対2で横浜FCが18年ぶりのナビスコ杯優勝。


 


あの人は1ゴール2アシストの決勝点を決める大活躍で大会MVPに選ばれる文句無しのプレーだった。


 


その後の俺はあの人のプレーを真似するかのように夜遅くまでボールを蹴り続けた。

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