第16話:璃音カーネーション06
「駄目です」
「駄目だね」
鏡花と朱美が速攻で却下した。
「何で?」
こいつ……本気で分かってねえよ……。
「兄さんは私のモノです。誰にも譲りません」
「金ちゃんは私のお婿さんなの。横やりは勘弁」
モテる男って大変ね。
馬鹿げた自虐を空想しながら、俺の耳は鏡花と朱美の言葉を右から左。
「モテモテだね金也ちゃん」
「有り難いことだな」
憮然と茶をすする。
「鉄ちゃんの雰囲気も持ってるけど私の遺伝子も混じったのかな? 同じ頃の鉄ちゃんより甘いマスクをしてるよ」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
「で、何で一つ屋根の下?」
と父親。
「金也ちゃんにお母さんらしいことをしてあげたいの」
「母親ならいるんだが……」
父親が母親に視線をやると、
「あらあら」
と温和な母親は困った表情を作って見せた。
「鉄ちゃんの浮気者」
「ぐ……!」
そりゃ言葉に詰まるだろう。死んだはずの人間から再婚の事実を突きつけられれば。つっても『部屋とワイシャツと私』のように生きるのも忍びなくはあるんだが。
「鉄ちゃんは十五年間も金也ちゃんと暮らしてきたでしょ? 私だって金也ちゃんと暮らしたい」
「そっちがこっちに来るじゃ駄目なのか?」
「私は金也ちゃんのベッドで寝るから良いけど……」
良くあるかたわけ。
「使用人が入るスペースは確保できるの?」
「むぐぅ……」
反論してくれ。頼むから。
「それにこれは決定事項だよ?」
フレイヤは断固と言った。碧眼の光は悪戯っ気に輝いている。
「どういう意味で……です?」
スッと剣呑な表情になる鏡花だった。面白くないのだろう。おそらくフレイヤの方も笑いを取っているつもりもなく、涼やかなモノだ。
「鏡花ちゃんは経済新聞を読む方?」
「ええ、一通りは」
「金也ちゃんは?」
「俗物なもので」
「朱美ちゃんは……関係ないか」
「どう言う意味!」
「鐵家じゃないでしょ?」
「……そうだけど」
「鉄ちゃん?」
「何だ?」
「段々社がOWBに買収されたのは知ってるよね?」
ちなみに段々社は父親が勤務している出版社だ。
OWB……ワンワールドバンクは世界でも指折りの大銀行である。
名称通りネオコンの色合いが強いアメリカの銀行。
段々社は基本的にとある一家が株式を握っており、会社の役員はサラリーマン上がり。で、その一家がいい加減株式を手放して現金に変えたいときに名乗りを上げたのがOWBである。他にも幾つか手を上げるところがあったが、一番高い金額を提示したのがOWBで、なお世界有数の大銀行ともあって信頼感も抜群。
何よりこの不景気において「赤字経営でも不満はない」と断言までした……らしい。
全て妹に聞いた話だけど。
「で? それが?」
「OWBはゴールドーン財閥の傘下なんだよね。一応社外取締役に従姉妹が座ってる」
「ふむ」
鏡花は思案する顔になった。
だいたい言いたいことが分かったのだろう。
実は俺も。
「一言口きくだけで鉄ちゃんをリストラしてひげのおきてにすることも出来るんだけど……それでも鉄ちゃんは反対する?」
完全に首根っこを捕まれていた。
父親がリストラされればうちの収入源が零となる。
ましてひげのおきてにされれば再就職の目も無い。
「決定事項ね」
「いいじゃん。どうせお向かいさんだし。会いたいときは幾らでも歓迎するよ」
「それはそっちにも通ずる理論じゃないか?」
「寝食を共にしたいの」
「何で?」
「母親らしいことを金也ちゃんにしてあげたい」
さいでっか。
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