第5話:母が訪ねて三千里05
「入りなさい」
そんな担任の声に従って、
「はい」
と鈴振るような声が廊下側の扉から聞こえてきた。澄み切った綺麗な声だ。鏡花の声も究極だと思ったものの、転校生の声も引けを取らない。
「「「「「……っ!」」」」」
現れた転校生を見てクラスメイトが絶句する。
主に男子。俺も絶句した。
現れた転校生が有り得ない美少女だったからだ。鮮やかに輝く金髪。エメラルドを想起させる碧眼。愛嬌のあるクリクリとした瞳は見る者を捕らえて離さない。透き通るように白い肌に、血色の良い唇。空前絶後の美少女がセーラー服を纏って俺たちの教室に現れた。
「…………」
誰しもがポカンとする。
「ただ存在する」
それだけで異界を創り上げる美少女が目の前にいるのだ。
唾を飲み込むことさえ忘れるあまりの美貌に驚喜より困惑を覚えるのは仕方ない。
なお性的シンボルが有り得ない。
セーラー服の胸部を押し上げているのは豊かな胸。
スカートを突き出しているお尻。
美の曲線がセーラー服越しに理解できる熟れた乙女の体だった。
沈黙は一時。そして、
「「「「「――っ!」」」」」
ワッとクラスメイトは熱狂した。転校生に。
「ふわぁ!」
「ふおぅ!」
「なんという!」
「可愛い!」
「おっぱい大きい!」
「すごい美少女!」
「ありえねー!」
様々な感嘆の声が響いた。
「静かに」
担任が場を収める。一応のところ興奮を押し込めて教室は冷静を取り戻す。担任は、
「フレイヤ=ゴールドーン」
とチョークで黒板に文字を書き、
「今日から君らと教室を同じくするフレイヤ=ゴールドーンさんだ。仲良くするように」
担任がそう云うと、
「「「「「――っ!」」」」」
また熱狂がクラスを包んだ。さもあろう。美少女で巨乳で安産型と来た。惚れない男子はいないだろう。俺は例外でも。偏に恵まれてますから。
「フレイヤ=ゴールドーンと言います。これからこの教室でお世話になります故よろしくお願いします」
綺麗な日本語で彼女は自己紹介をし、頭を下げた。お辞儀と同時に豊かな胸が揺れる。他の男子はそれだけで狂喜乱舞。男子で一人、俺だけが肘をついて冷静に眺めていた。ゴールドーンの頭が上がる。それから俺と視線が交錯すると、
「…………」
「…………」
しばし沈思黙考。とはいえ考えているのはゴールドーンだけで、俺は特に思考を奔らせてはいない。瞠目に瞳孔が開き、ある種の感情を瞳に宿すと、
「金也ちゃん!」
教卓前、つまり俺の席の、俺の存在に、ゴールドーンが飛びついた。ほとんどジャンピングハグである。
「ん?」
「金也ちゃん金也ちゃん金也ちゃ~ん!」
座っている俺の一段低い頭部を豊かな胸で包み込んでゴールドーンはひたすら猫かわいがり。金也と呼んでいるのだから俺の事を知っているのだろう。しかし、
「あー……」
俺は彼女を知らない。呼吸の邪魔になることが抱擁における胸の豊かさの逆説的証明ではあるも……そんなもんを証明されてもな。
「実物はやっぱり格好良いなぁ! ちょっと鉄ちゃんの面影あるし!」
さっきから何を仰って……。
「兄さんから離れなさい下郎!」
「金ちゃんから離れろ愚物!」
とまれ、こうなるわな。俺に惚れている鏡花と朱美が、この状況で黙っているはずもない。というか問題はそこにはない。
「ええ……?」
「うそ……?」
「また……?」
「かよ……?」
教室中が困惑に包まれていた。
気持ちはわからんじゃない。然れども俺のせいでもないだろう。
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