下3.2 パリの防衛(2)市民感情と忠誠心

 パリ市民はイングランド人を嫌っており、彼らに街を占拠されていることにひどく心を痛めていた。

 亡き国王シャルル六世の葬儀の後、イングランド摂政のベッドフォード公がフランス王の剣を前に掲げた時、人々は不満を漏らした。[139] しかし、どうしようもないことは我慢しなければならない。


 パリ市民はイングランド人を嫌っていたが、美しい顔立ちでキリスト教世界で最も裕福な君主であるブルゴーニュ公フィリップを尊敬していた。


 その一方で、ブールジュの小王(シャルル七世への蔑称)は陰気で悲しげな顔立ちをしており、さらにモントロー橋の殺害事件で反逆の疑いをかけられていたため、好感を抱くところが何もなかった。


 シャルル七世はパリ市民に軽蔑され、その支持者であるアルマニャック派は恐怖と戦慄の眼差しを向けられていた。


 この10年間、街の周辺をうろつき、略奪し、捕虜を捕らえ、身代金を要求していたからだ。実際はイングランド人とブルゴーニュ人も同じことをしていたのだが。


 1423年8月にフィリップ公がパリに来たとき、彼に仕えるブルゴーニュ派の兵士たちは、友人や同盟者の所有地であろうと関係なく、近隣の畑をすべて荒らした。しかし、彼らはただ通り過ぎただけで済んだ。[140]


 一方、アルマニャック派は絶えず略奪を行い、手に入るものはすべて盗み、納屋や教会に火をつけ、女性と子供を殺し、未婚の処女や尼僧を強姦し、男たちを親指で吊るした。


 1420年、彼らは解き放たれた悪魔のようにシャンピニー村を襲撃し、オーツ麦、小麦、羊、家畜、雄牛、そして女性と子供たちを一斉に焼き払った。同様に、クロワシーではさらにひどいことが起こった。[141]


 ある聖職者は、「アルマニャック派はマクシミアヌス帝やディオクレティアヌス帝よりも多くのキリスト教徒を殉教させた」と述べた。[142]


(⚠️マクシミアヌス帝とディオクレティアヌス帝:ローマ帝国の皇帝。共同皇帝。「三世紀の危機」を乗り越えた有能な軍人皇帝だが、キリスト教徒を迫害したため、エドワード・ギボン著『ローマ帝国衰亡史』で再評価されるまで暴君と見なされていた)



 とはいえ、1429年当時、パリ市内にシャルル・ド・ヴァロワの支持者がいなかったわけではない。ヴァロワ王家に忠誠を誓っていたクリスティーヌ・ド・ピサンはこう述べている。


「パリには邪悪な者が多いが、

 善良な者もいて、彼らは王に忠実だ。

 だが、彼らは声を上げる勇気がない」[143]


 アルマニャック派と繋がりのある者が、高等法院パルルマンやノートルダム大聖堂の参事会にいたことは周知の事実だ。[144]


 パテーの戦いで勝利した翌日、恐るべきアルマニャック派は、パリをただちに占領するならまっすぐ進軍するだけでよかった。彼らは遅かれ早かれ町に入ってくると予想されていた。


 このとき、摂政(ベッドフォード公)の心の中では、すでに町は占領されたも同然だった。早々にパリを脱出して、残っていたわずかな兵士と共にヴァンセンヌ城に閉じこもった。[145]


 イングランド軍の敗北から3日後、パリは大混乱に陥った。

 市民は「アルマニャック派が今夜やって来る」と口々に言った。


 その頃、実際のアルマニャック派はジアンに集結し、オセールへ進軍する命令を待っていた。


 この知らせ(シャルル七世とアルマニャック派の動向)を聞いて、ベッドフォード公は深い安堵のため息をついたに違いない。そして、すぐにパリの防衛とノルマンディーの安全を確保するために動き出した。[146]


 パニックが落ち着くと、大都市パリの人々は忠誠心を取り戻した。

 といっても、イングランドへの忠誠心ではなくブルゴーニュ公への忠誠心だ。パリがイングランドに支配されたことはなかった。


 ニシンの戦いでフランス軍を殲滅させたパリ総督シモン・モリエは、ヒョウ(イングランドの紋章)への忠誠を貫いた。[147]


 一方、市の評議会議員たちは、シャルル王の提案に好意的な姿勢を示していると疑われた。7月12日、パリ市民は、商業と両替取引に熱心なブルゴーニュ人で構成された新たな評議会を選出した。


 商人の代表には、財務官のギヨーム・サンガンを任命した。ブルゴーニュ公が彼から7000リーブル・トゥルノワ以上借りており[148]、摂政の宝石を保管していたからだ。[149]


(⚠️補足:ギヨーム・サンガンはブルゴーニュ公とイングランド摂政の財産を手に握っている。ようするに、シャルル七世がラ・トレモイユを優遇するのと同じ状況)



 パリ市内のこの変化は、武力ではなく平和的な手段で良き町々を取り戻すことを好み、大砲や石弾よりも住民との交渉に頼っていたシャルル王にとって、大きな不利益となった。

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