034 転生者カインの死
「はぁ、どうにもならないな」
転生者カイン・ストレイファが王都に購入した屋敷に帰ってきた。
普段はあちこちに転移魔法で飛び回り、人材のスカウトや原作ゲームであった各地のイベントの消化などを行っているものの、先日『予知』のザラキエルから聞いたことが頭から離れずに屋敷に戻ってきたのだ。
「ここに泊まるのは久しぶりだな」
学園に入学してからは学生イベントが起こりやすい学園の寮を使っていたものの、今の寮はシエラによる政治工作のせいで独身者が溢れ、婚約者がいるカインにとっては居心地が悪い。
とはいえ、Aランク冒険者になってから購入したこの屋敷を使うのは久しぶりのことで、ちょっとだけわくわくしている。
購入した当初は幼馴染のミルキーや、仲間の美少女剣客冒険者であるシズク、親の仇を追い求める槍術使いクーロンたちと家具を買い求めて王都をデートしたものだった。
「はぁ、たまにはみんなと冒険するかな」
普段は転移魔法を使ってソロでの冒険をして金と素材を集めているカインだが、先日の招集は久しぶりにみんなと冒険をするチャンスだったかな、とちょっとだけ残念に思いながら館に入っていく。
「おーい、主人が帰ってきたってのに、なんでお前寝てんだよ」
入り口では愛犬でありテイムモンスターであるふわふわ毛皮のミニケルベロスのケロがぐぅぐぅ寝ていた。そのケロをカインが足でけとばすとつまらなそうな顔をされ、カインはなんだよ、と憮然とした表情で呟く。
再び寝入ってしまったケロを起こすのは可哀想な気がして、舌打ちしながらカインは部屋を目指した。
購入した奴隷メイドの獣人は出てこない。いつもならカインの匂いに反応してやってくるのだが。
「つーか、商会もな。王国銀行使った方がいいのかなぁ」
資金を預けるには不安があった。アイテムボックスと転移魔法が使え、レベル100のカインからすると王国銀行はザルにも程があるからだ。転移して全部収納してしまえばそれだけで銀行は破綻する。
そんな銀行をメインバンクにするなどどうにも信用が置けない気がして、金を預けるのは難しかった。
もちろんそれを商会を任せている商人奴隷たちに相談したら、是非にメインバンクは王国銀行をとカインを逆に説得する始末だ。
多少は金を預けているとはいえ、カインが定期的にやってこないと大規模な支払いができない現状は奴隷たちにも不安があるらしい。
カインとて金を預けたいが、急に金が必要な買い物をするときに資金は必須なのだ。
貴重な魔道具などは割と高値で売られているから、金は手元に持っておきたい。
もちろん使い込んだら冒険して補充している。問題はないだろう?
そんなことを考えながら部屋に向かう途中、幼馴染のミルキーの部屋から荒い息遣いが聞こえた。淫猥な気配。淫猥な声。カインは「なんだオナニーでもしてんのかよ」と笑いながら覗いてやろうと考える。
そういえば久しぶりすぎて、カインがこの館を使うことを教えてなかったな、と思い至った。
じゃあ、覗きだ。油断した幼馴染を驚かせてやれ。
側室にすると約束はしたが、そろそろ正妻に遠慮して行為には至っていない幼馴染との仲を多少は進展させてもいいのかもしれない。
「っていうか、手出そうかな……
へたれの気質があるために娼婦以外の女遊びは控えている方だが、本来、冒険者でも上澄みであるAランク冒険者のカインはもっと女を侍らせても文句を言われない立場なのだ。
最近レオンハルトに奪われ続けて美少女との接触が減っているカインは、今日こそやってやる、と決意した。
そしてへへへ、と下衆な顔をしながらミルキーの部屋の扉をこっそりと開くカインは、そこで顔が固まった。
「ミルキー、射精するぞッ! 今日こそ孕ませてやるからなッ!!」
「出してッ、出してッ! 好き! グロナードッ、好きぃッ!!」
愛し合っているはずの幼馴染が、裸の男と睦み合っている。「は?」というかすれた声がカインの口から出てくる。目の前で男の尻が微かに痙攣している。口を半開きにした男が忘我の表情で、幼馴染の上で身体を震わせていた。
男が、カイン以外の男が、幼馴染の中に精を吐き出していた。幼馴染の足が、男の腰に絡みついていて、カインは目の前が暗くなっていくのを感じる。
ふらつく足が扉を押してしまう。きぃ、と扉が開き、部屋の惨状が目に入ってくる。
奴隷メイドが床の上に倒れている。裸で、秘所からは男の精液が垂れていた。『犬系獣人奴隷メイド』ワールン。サブヒロイン、処女。悲惨な境遇から救ってくれた主人公のことが大好き。主人公を慕っていて、ときどき寝室に潜り込んでくる。そんな情報が頭に溢れる。ワールンのイベントフラグは恋愛で停止中。次のイベントはワールンの故郷に向かう長期イベントのために今は止めている。
ベッドの端にシズクが裸でいるのが見える。自分に注ぎ込まれた精液をぺたぺたと間抜けにも自分の奥底に押し込んでいる淫猥な姿。『美少女剣客冒険者』シズクは、故郷から武者修行の旅に出ている美少女冒険者だ。処女。訓練や決闘で勝利することで好感度稼ぎをすることができる。シズクのイベントは簡単な討伐系が多い。パーティー編成していれば勝手に好感度が上がって、恋人関係になれる。前衛としても優秀なので冒険者ルートを進めるなら、とりあえず仲間に入れておけばいい。久しぶりに彼女を鑑定をすればレベルが上がっていた。武器のランクを上げるべきか、侍は防具が貧弱だから何か良いのを探して買ってやらないと……。
そんなカインを裸のまま壁に背を預けていたクーロンが見ていた。
「なんだ? お前、帰ってきたのか?」
裸を見られても平気な表情で彼女はカインに声を掛けてくる。その秘所からはやはり精液が垂れていて、カインは目眩を覚えて自分の頭を手で押さえる。
「は? なんで? お前ら、なんで?」
なんで、俺以外の男に?
頭に情報と予定がよぎった。『復讐系ヒロイン』クーロン。仇を追う中で主人公と出会う。各地のイベントをクリアして仇を見つけ出し、倒すことで恋人関係になれる。長期イベントの為に、仇の居場所は把握しているがイベントは停止中。学園が長期休みに入ったら攻略予定。
「なんでって? 何が?」
何がじゃないだろ、と言おうとすれば幼馴染の中に精液を吐き捨てていた男が立ち上がって、カインを見ていた。
「よぉ、カイン。どうしたんだ? 今夜は学園の寮じゃないのか?」
知り合いの男だった。カインの知り合い。知り合い、だよな? 俺と、パーティーメンバーが恋人同士だって知ってるはず、だよな?
「い、いや、俺も、たまには屋敷で寝ようかと……グロナード」
そう、男の名前は『破魔』のグロナード。S級冒険者だ。
ゲームでは金を出して雇うことができる。好感度が上がれば長期的雇用も可能。女好きだが一本筋の通った男気のある魔法戦士。とある貴族の庶子でもある彼のイベントを進めることでその貴族の領地内のダンジョン攻略を進めて専用装備を入手することができ――やめろ、なんで今、ゲームのイベント情報なんて思い出すんだ?
ゲームオタクだった前世が、キャラクターと顔を合わせると情報を教えてくれる。カインはそうやって仲間を集めたり、イベントを進めてきた。(グロナードに寝取りイベントはなかっただろうがッ!!)そんな意識のままにカインは「ああ、ええと、なんで?」と間抜けにも質問をしていた。
「なんでって、この関係か? お前が学園に入学して半年ぐらいからだが」
「そんな、前から?」
呆然とつぶやくカイン。貴族の息子であれば十二歳から入学できる学園だが、カインは偉業を評価された冒険者枠での入学なので学園は十四歳での入学で中途入学だった。現在十六のため、もう浮気されて一年は経っている。
そんなカインを冷めた目で見ているグロナードは、水差しからグラスに水を注ぐと、壁際からグロナードに近寄ってきた中華系国家出身美少女のクーロンに水を飲ませてから、キスをするように口と口を合わせて、カインを挑発するように水をごくごくと飲み始めた。
そこでカインが慌ててグロナードに向かって声を上げる。クーロンは俺の女だぞ!?
「い、いやッ、ちが、だからッ、なんで!!」
「なんでってなんで手を出したかってことか? いや、お前がなんか女遊びが激しいから不安だってミルキーに相談されてだな」
「グロナード、先にお前が私たちを飲みに誘ったんだろ?」
「いやいや、前衛不足だっていうからお前たちのパーティーに頼まれて参加してやったのが始まりだろ?」
前衛、不足……? 呆然と呟くカインにクーロンが憮然とした顔で「いや、当たり前だろ。お前がどうしてもって言うから固定パーティーを組んでやってたのに、そのお前が学園に入って、しかも私たちのレベルに合わないからパワーレベリングにならないようにソロ冒険をするとか言うし。お前と私が組んでる意味なくないか?」と文句を言ってくる。
いや、そういうのは、もっと早く言ってくれよ。そんな、もごもごとしたカインの言い訳を聞いたクーロンは「お前がリーダーとしてそういう指示を出したんじゃないか? 私たちの不満はごちゃごちゃ言って封殺して」「だ、だから俺はお前たちのために……」「まぁグロナードが手伝ってくれたからいいんだがな」ゲームでは『恋愛』フラグまで伸ばしておけばキャラクターの離脱はなかった。もちろん好感度調整は必須だが、それでも離脱はなかった。いや、現にパーティーはパーティーのままで……? どうなってるんだ?
問答に負けたカインは「い、いや、でも、なんで、抱かれて……? 初めては俺にって」と惨めったらしく問いかける。
「初めては、仇を取ってくれたらって話だろ。グロナードに相談したら倒してくれたから抱かれたんだが?」
は? クーロンの復讐が終わっている? どうして?
「共闘って形だったがな。弱小とはいえ、一つのマフィア壊滅は骨が折れたぜ?」
は? とカインはレオンハルトどころかNPCにまでイベントを先回りされてしまったことに――先回りではない。カインが意図的に止めていたイベントをキャラクターが勝手に進めただけだ。
「だからグロナードに身体を捧げた。悪いな。先着順なんだよ」
「結婚してくれるんだろクーロン」
キスをする二人「んん……だって、グロナード、素敵だったから」
カインは混乱しながら、周囲に目を向ける。未だに秘所をいじっているシズクが目に映る。武者修行の旅に出ていた若き天才美少女剣士の姿はそこにはない。ただの淫乱な女が「あーッあーッああああッ」と叫んでいる。
「悪い。媚薬一瓶ぶちこんだらああなってちまってさ。毒性はないから安心してくれ」
グロナードの言葉に、クソがッ、と叫びそうになる。反射でアイテムボックスの中から剣を取り出そうとすれば、クーロンの厳しい目がカインを見ていることに気づく。クーロンの装備はカインの傍の扉の近くだ。無手である。
それでも『体術』スキルを持つクーロンに組み付かれれば、レベル差があってもグロナードの先制を許すことになるかもしれない。
カインの心は死んでいても、身体は状況を把握して自然に動いていく。床に転がっている奴隷メイドに目がいく。彼女までグロナードに抱かれていることにカインは心が汚れていく感触を覚える。奴隷は持ち主のものだろ。なんで勝手に抱かれてるんだよ。
カインが文句を口にしようとするが、奴隷が勝手に抱かれることを禁止する法はない。もちろん処女奴隷の処女を奪ったなら価値を減じたとして、値段相応の賠償金を主人であるカインに払って貰う必要はあるし、傷つけたり殺したならそこそこ重い罪になるが、奴隷を害しても市民相手の罪のように重い罪には問えない。Sランク冒険者であるグロナード相手なら罰金がせいぜいだ。
信用できるキャラクターはいないのか? なんでこうなってるんだ? なんで寝取られてるんだ?
「……カイン、くん?」
そうしてカインはその声を、苦々しい気分になりながら聞いた。
それは見なかったことにしたかった現実だ。
ベッドの上で、幼馴染のミルキーがカインをじぃっと見ていた。裸だった。今まで自分以外の男に抱かれていた幼馴染。
カインの口から不満が出る。疑問が出る。
「なんで、俺以外の男に抱かれてるんだ?」
「なんでって、じゃあ、なんで戻ってこなかったの?」
「……何がだ?」
「私の誕生日。パーティーをしようって約束したじゃん。でも帰ってこないから、グロナードさんがパーティー開いてくれて、嬉しかったから処女あげちゃった」
「悪いな。てめぇの幼馴染の処女、デザート代わりに食っちまったよカイン」
NPCの誕生日をいちいち祝ってられるかよ、一日無駄になるだろ。その日はイベントを進めてたんだよ、と叫びたくなるカインは「俺の、側室になるって約束は」とミルキーに問いかける。
にへら、と幼馴染は馬鹿にしたようにカインを見た。
「側室って、お貴族様の側室に私みたいな平民出身の冒険者がなれるわけないじゃん。そりゃ貴族になったカインくんはお貴族様の正室貰って、どこか領地も貰うんだっけ? あれ? 王様になるとか言ってたような? よくわかんないけど、現実見てよカインくん。カインくんに誕生日も祝って貰えない私じゃ無理だって」
「現実……? 現実ってなんだよ」
言い聞かせが足りなかったのか。説得技能を取得するべきだったのか。誕生日一つすっぽかしただけで好感度を限界まで上げたヒロインが他の男に股を開くのかよ。わかんねぇ。どうなってんだ? バグってんのかよクソゲークソゲー。カインは心中ですべてを罵りながら、覚悟を決めて、アイテムボックスより愛剣を取り出した。
――まずはグロナードを殺す。
クーロンが静かに拳を構え、ミルキーの目が冷たくカインを見つめた。
それでもグロナードは気楽に笑っていた。
「竜殺しの英雄、幼馴染を寝取られて刃傷沙汰に及ぶってか? いや、すまん。お前は寝てなかったなタハハ」
「グロナード、遺言はそれでいいのか?」
「クク――本気で殺し合うのか? 好きな女が他の男と寝ただけで? 取り戻す努力もせずに?」
「……寝ただけだってッ!? 正気かよッ!!」
「落ち着けよ童貞」
童貞じゃないと言おうとして、商売女としか寝ていないカインは反論を放てなかった。それでカインが
「なぁ、ド素人じゃねぇんだカイン。恋人への愛情が足りてないとか。殺し合う前に話し合いをすべきとか。剣を抜く前に考えるのが冒険者の基本だろ? Aランクにもなってそんな基本もわからないのか? てめぇは強いから、やりあえば俺を殺せると思ってるんだろ? くく、お前はSランクの俺に勝てると考えてるし、俺もまぁ、武装したお前と全裸の俺でガチでやったら負けると予測できるがな。ふぅ……で? 圧勝してどうするんだ? 俺を殺した場合、降霊術による調査が行われてお前は犯罪者確定で、お前自身は転移魔法で逃げられるだろうが、お前の商会はどうなる? ほぼ奴隷で構築してるお前の商会の弱点は、お前が逃げ出したら終わりって点だぞ? 犯罪者のお前が消えたら、商会が差し押さえられて奴隷どもは売られるってことに気付いてるか?」
畳み掛けられて、カインは、うぅ、と唸る。頭の中では立て直しの策が巡っている。ミルキー、シズク、クーロン、三人は捨てて、他のキャラクターを攻略に回るべきだ。今度はもっと初期値の良いキャラクター。身持ちの良いキャラクターを。今度はイベントを絶対に止めずに最後までやる。今度は――今度は――今度は――。
――
「……カイン様」
奴隷メイドの呼びかけ。カインは奇妙な予感から、彼女に視線を向けた。
「ワールン?」
床に転がっていたメイドが手の中に持っている
「――ごめんなさいね」
気づけば、さくり、と胸の中心から刃が出ていて、カインは思わず自分の胸元を見下ろしていた。何が起こったのか、理解が及ばなかった。背後から攻撃された? 誰が? どうやって? どこから?
幼馴染を寝取られた混乱は未だに続いていた。それで効果的な反撃が出来なかった。
剣を握って振り向こうとして、肩を押さえつけられていることにそこで気づく。効果的に反撃の起点を潰されている。体術スキルの持ち主か? クソ、畜生。心臓を貫いている刃がぐりぐりとひねられる。動けない。激痛で呪文も唱えられない。それに、相手の方が力が強い。レベル100だぞ俺は。嘘だろ、とか。は? とか。死ぬのか? という言葉が頭の中を駆け巡って、だけれど全部言葉にはならなかった。口を開いて、ぱくぱくと空気を求めるように開閉する。
「……ああぁ、ああああああぁぁぁあぁ……」
カインの口から発されたのは、バラバラになりそうな心が発した、
叫びには、わけがわからないままに自分が殺されようとしている疑念が混じっている。
思考はめちゃくちゃだった。だけれど、どうやって、自分を攻撃したのか、肉体だけは疑問を解消すべく全生命力を動員していた。
そうだ。レベル100のカインは冒険の中で『索敵』や『直感』『危機感知』などのスキルを充実させてきた。精神が動揺していようがバックアタックを受けるようなヘマはしないはずだった。
ゆえに、微かに視界の端に揺れる銀髪を見て、それが誰なのかに気づく。銀髪の強者。嗚呼――該当者は一人だけしかいない。
そう、彼女のステータスと取得スキル数ならば、カインにバックアタックを成功させることは可能だ。
「なん、『英雄』――レイラ? 俺は、レオン、ハルトに、敵対なん、か」
口の中の血が言葉の邪魔をする。そんなカインが惨めだったのか、レイラは「シエラお嬢様の商売に、転移魔法が使えるカイン様は邪魔ですので」と簡潔に答えてくれた。
親切だ。だがその親切は、確実に殺せると踏んでのこと。レイラが情報を漏らした以上、確実にカインは殺される保証がついている。
それでも、そのおかげでカインは、自分が殺されるのは
なんでこんなことに、とカインは泣きたい気分になる。攻略途中の美少女が、それも恋人同然に関係を進めていた四人が寝取られて、敵に回っているのはシエラ・カノータスの付き人である英雄メイドのレイラ。
抵抗しようにもレイラはレベル100だ。それが自分の背後から心臓を短刀で貫いている。この短刀もきっと特別だ。最強装備で身を固めたカインの防御を貫くなんて、ただの武器じゃ無理だからだ。
自分を貫く刃に対し、カインの完全鑑定の能力が発動する。カインの防御を貫くその短刀は、ユニークモンスター『デスレックス』のレア素材である『デスレックスの稀牙』から作られた『防御無効貫通』『即死無効貫通』スキルを持つ強力な短刀だった。
畜生、嘘だろ。なんでこんな、前世で入手することさえできなかったクソ強い武装がこんな序盤で出てくるんだよ。
戦乱パートで出てこいよ。普通は、最高でもミスリルダガーとかだろ。卑怯者。裏技使って好き勝手やりやがって。チート野郎め死ね死ね死ね。死ねよ! これじゃあ俺の物理耐性アクセサリは効果を発揮しない。死ぬ。殺される。畜生。バックスタブからの心臓貫通でHPの八割以上が消し飛んでる。継続ダメージも入ってる。死んじゃう。やだ。いやだ。
――でも、まだ、たぶん、大丈夫だ。
それでもカインにはまだ奥の手があった。自分が生き残れる確信がある。ミルキーを攻略していたのは彼女が幼馴染で、優れた初期ステータスを持っているだけではない。ミルキーを村から連れ出すときにもらえる『約束の花』。結婚を
(そうしたら、復讐を始めてやる。グロナードは殺す。シエラだって殺す。ミルキーも、ワールンも、シズクもクーロンもだ)
だから、大丈夫。そんなことを考えるカインの身体がどんどん冷たくなっていく。血が止まらない。だくだくとカインの胸から血が噴き出している。
今すぐに転移魔法で逃げるのは無理だった。レイラが背後からカインを手で押さえている。すごい力だ。英雄の成長率の他にステータスアップアイテムとかも使っているのだろうか。レイラはメイドのくせにカインよりも力が強いとか卑怯者め。
転移魔法は激痛で呪文が唱えられないから使えなかった。
それに転移魔法はレイラが触れている状態だとレイラごとの転移になる。いや、鑑定して理解したがレイラも転移魔法が使えるから干渉されて次元の狭間に落ちるかもしれない。それは危険だ。一か八かはできない。一度死んで復活してから、逃げることに徹するべきだ。でも命乞いぐらいは、誰か聞いてくれるよな? そこまで冷たい関係じゃないよな?
「た、たす、たすけ、みるきぃ、たすけ」
「ごめんね。でも元気になったらカイン、グロナードを殺すでしょ?」
そんなことはしない。そう言おうと思ったがミルキーの目には警戒しかなかった。信用されていない。自分が、女を奪われただけで男を殺すような――ああ、剣を抜いたんだった。そりゃ、警戒する、か? いや、復讐するんだっけ? こいつらを殺す、んだよな? 血が足りなくて思考があやふやになる。やばい。死ぬのか?
アイテムボックスの中の花は砕けてくれるよな? 出血でHPが0に近づいていく。血が足りなくて意識も消えそうになる。やばい。死ぬ。やばい。死ぬ。やばい。
カインが死んでいく中、カインを押さえている女――レイラが口を開いた。
「……レベル100なのにあっけないですね」
力を失っていくカインの様子に、レイラは拍子抜けしたような様子だった。この短刀は初撃だ。初撃で殺せるように念入りにバフと装備を充実させてきたが、失敗したあとのことも考えていた。しかし、それらの出番はない。なんともあっけなくて旦那様のゴーレムの方が強い、とレイラは考えてしまう。
「女ァ寝取られるような奴だからな。警戒してるように見えて、結局ツメが甘いっていうか、ぬるいっていうかな」
グロナードが馬鹿にしたようにカインを嘲る。死にながらカインはそれを聞いている。
「カインは未来を見てるような言動をする男だったんだが、想定外には弱いんだな。でも、未来が見えてるみたいなのになんで自分の女が寝取られてることに気づけなかったんだ?」
クーロンがずっと抱いていた疑問を口にした。
「私たちの好みとか、的確に知ってたみたいだけどね。変な人だったな」
もう終わったかのようにミルキーがカインをどうでもよさそうに評した。
レイラが「この奇妙な感覚……王子に手を出してる平民女に似てるような」と呟く。
誰も彼もがあれこれとカインを勝手に評価するが、死んでいくカインの頭には、何も入ってこなかった。
寒い。怖い。血が流れすぎてる。死にたくない。なんでなんだ? 花はなんで砕けない? 他にも蘇生アイテムはあったけど、これがあるから俺は他の入手を後回しにしてたのに。発動しないと死んじゃうじゃん? なぁ俺は、転生して、ゲームの世界をうまく生き残って、それで、幸せに、幸せになり、なりたく、なりたくて――
――転生者カインはこうして死んだ。
カインの死体はレオンハルトの拠点へと持ち去られ、カインの死とともに沈黙したアイテムボックスの開錠がレオンハルトによって行われた。
カイン・ストレイファが有していたアイテムは世界に一つだけしか存在しない貴重品が多かったが、その中には出どころのまずいものもあった。
王国が管理するいくつものダンジョンより盗掘された貴重な魔道具や、様々な貴族領で密掘された鉱物資源。討伐ではなく保護が優先される有益な魔物の死体や、群生地から絶滅するぐらいに採取され、今では見かけることも稀な薬草などがあったからだ。
とはいえ、もはや持ち主は死んでいる。カインの所有物であったものは、違法なものであっても拠点の倉庫に分類別に並べられ、適切に処理されていくことになる。
そしてアイテムボックスの中からは、処理されることなく残っていた盗賊の死体やカインに喧嘩を売って殺されたと思われる貴族の死体なども見つかった。
レオンハルトの側室や愛妾の令嬢たちの判断で、それらは魔の森に打ち捨てられることになった。
放っておけば、ダンジョンの魔物が処理してくれるだろう。
結局、ストレイファ商会はシエラのカノータス商会が買収した。
カインという資金源が死んでいる以上、奴隷たちでは買収に抗えなかったからだ。
とはいえ奴隷たちに混乱はさほど起こらなかった。カインという持ち主が死んだことは隷属紋の反応からわかっていたこともあったが、転移魔法で危険地帯も含めてあちこちに飛び回っていた主人だ。いずれこんなことになるだろうという予感はあった。
一度奴隷落ちしたために達観している奴隷たちは騒ぐことなくシエラが率いるカノータス商会の傘下に収まり、また奴隷の中でも見目の良い女性奴隷がレオンハルトへと献上されていく。
カインがシエラとレイラに襲われたのは、彼がストレイファ商会を持っていたからだった。
転移魔法を有する者が関わっていると思われる動きをしていたストレイファ商会は、シエラたちに注目されていた。
転移魔法を使う唯一の同業他社である以上、自分たちと同じことをされたら激しい競争相手になるからだ。
それを邪魔に思ったシエラの調査で、会長であるカインのパーティー内不和が判明した。
あとは簡単だった。
カインが知らない間にグロナードの情婦になっていたパーティーメンバーたちは、圧倒的に強いカインを自分たちでは殺せないことに気付いていた。
ゆえにメイドのレイラによる事前の接触を受け、その提案を受けた。受けるしかなかった。
レイラから要求されたのは、カインが隙だらけのときにレイラを呼び出し、注意を引きつけるなどの暗殺の補助を行うということ。
卑怯卑劣と思うなかれ、そうしなければ愛する男であるグロナードが殺されていたのだ。一緒に行動する中で、カインが自分が邪魔だと思う人物を容赦なく始末する姿を見ていた彼女たちは愛するグロナードのために必ずカインを殺さなければならなかった。
カインの暗殺に成功した元パーティーメンバーたちは、謝礼と口止め料に大金を受け取ると『破魔』グロナードの冒険者パーティーに所属し、そのうちに彼の妻となった。正妻にはなれなかったが彼女たちはそれで十分だった。
下級の貴族に匹敵する権力を持つS級冒険者の側室はそれなりに待遇もよく、彼女たちはグロナードの子供を数人産みながらそれなりの人生を生きることになる。
最後に一つ。
カインの敗因について語るならば、『約束の花』の効果を、カインは勘違いしていたことが上げられるだろう。
彼はフレーバーテキストを
結婚を約束し、贈られた花は結婚を約束したからこそ、特別な魔力を持つ。
ゆえに約束が破綻しているなら効果を発揮するわけがないのだ。
込められた想いが風化すれば、結ばれた契約は霧散し、蘇生の花はただの観賞用の花へと堕ちる。
ゆえに、最強の冒険者にして、いずれ覇王ともなっただろう転生者は復活することなく、あっけなく殺された。
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