031 カノータス商会
「そう、その地域の果樹園を買い取って。ああ、土と果樹の入れ替えも行うからね」
魔の森の拠点内に建設されたカノータス商会用の屋敷で、シエラは王国中に出店している、カノータス商会の商会用店舗に併設しているスムージーショップの売上を確認しつつ、スマホ越しに口頭で果樹園の買収や農地の確認指示を出していた。
ちなみにシエラは農奴としてレオンハルトが買わない男性奴隷や中年女性を買い込み利用している。
男の奴隷などはこの拠点に連れてこない限りは何も言われない。
それにシエラも淫紋の効果もあって、男性奴隷に性的な魅力を感じることもない。
(まぁ私、お腹が膨れてないだけで妊娠してるみたいだから、旦那様とも当分はそういうことはしないけど)
淫紋のステータスに妊娠表記があるからわかったが、シエラに妊娠している実感はまだなかった。
そんなことを考えているシエラはスマホを通し、現地に派遣している部下の令嬢に「働かせる農奴も買っておいて。それと植樹する果樹についてだけど、魔の森産の果樹は交配を繰り返せば魔力が弱い土地でも育つようになるってことがわかってきたから、そういった研究用の土地も欲しいんだけど……え? 既に購入のために動いてる? 流石ね、頼んだわよ」と指示を出す。
レオンハルトのハーレムにいる令嬢の中でも、これと見込んだ令嬢たちとシエラは雇用関係にあった。
初期資金や物資をレオンハルトに出してもらって立ち上げたカノータス商会。
それを回していくためにはシエラとそのメイドのレイラだけでは人が足りなかったからだ。
もちろん見返りはある。カノータス商会の支店をそういった雇った令嬢の領地で出店することだ。
この拠点に連れてきていないだけで、出店してる現地の支店の人員はそれぞれの家で雇っている使用人や奴隷などが使われている。
管理するための人が育ってくれば徐々に現地の商人見習いなどを組み入れてもいいが、立ち上げの繊細な時期に、無作為に人を募集するとどこぞからスパイが入り込む危険性もある。
そのため、今はそこまで大々的に募集はできないが、それでも各領地の発展のために将来的には多くの人材の現地雇用を目指すつもりだった。
(でも旦那様って第二王子に恨まれてるみたいなのよね)
なんのかんのとレオンハルトを狙っている第二王子の話はシエラの耳に入っていた。
王都や地方で奴隷を買い漁るレオンハルト本人のレベルが圧倒的すぎて監視者は早々に逃げ去ったようだが、今度は周囲をかき回すべく、王子の配下がレオンハルトの拠点特定のために動いているという話も聞こえてくる。
レオンハルトを敵に回しても問題ないと考えている第二王子は頭が悪すぎた。
戦上手という話だったがただの猪武者だったなとシエラは第二王子を軽蔑していた。
(もしくは、第二王子が使っていた部下の将軍が戦上手だったのかも)
頭の良い将軍が第二王子を上手くコントロールしていたのだろうな。
遠方の令嬢との通話を終えスマホを片付けたシエラは、スマホが巨大化したようなノートPCと呼ばれるスキルゴーレムを前にマウスを動かしてキーボードをタイピングする。
確認するのは、各地に送り込んだ令嬢が送ってきた写真だ。
写真の中から、スムージーショップに使えそうな各地の果物をピックアップしていく。
シエラの本業はスムージーショップではなく商人向けの素材や魔道具の大規模販売なのだが、どうにもスムージーショップの売上が良すぎてシエラはこちらにも手が抜けないのが現状だった。
(こんなのに需要が、ねぇ……)
スムージーは料理スキルも料理人も必要がない。
果物を皮も種も含めてまるごとハイパワーのミキサーで砕くだけで作れる粘性の液体だ。
それを原材料の仕入れ値からすれば法外とも言えるレベルで売っても売れるのである。
もちろん原因はわかっている。
魔の森産の常識はずれに美味しい果物――ではなくレオンハルトから借りている美少女奴隷が理由だ。
カノータス商会の店舗併設ショップでは絶世の奴隷美少女たちが手ずからスムージーを作って販売しているのである。
これが他の商会では簡単に真似ができず、独身男性にもそうだが、ちょっとした小金持ちの旦那まで買ってくれる金のなる木になっていた。
今は男性中心に売れているが、シエラは美形の男性店員を用意して、美容に良いという噂を社交界で撒けば女性にもバカ売れするだろうと確信している。
ちょっと予想と違ったり、事業の維持や拡大のためにいろいろと考えなければならないことはあるが、大量の利益が出ていることがシエラには嬉しくて仕方がなかった。
魔の森でレオンハルトが収集しすぎて倉庫に積んであるタダみたいな元手の果物を砕いてジュースにするだけでお金が手に入るなんて、なんて安上がりなんだろうか。
とはいえ、シエラも勘違いしていない。
――レオンハルトの協力は五年間だけだ。
だから果樹園を各地で購入し、農奴を大量雇用し、栽培と収穫をすることで果物をどうにかする。
魔の森の一般的な果物よりもずっと美味しい。だが食べてくると多少の飽きもある。洗練されている味ではないとシエラは思っている。
だから、品種改良する。この果物の品質を高めていけば果物単体でも売れるようになるし、ブランド化して貴族が欲しがるような付加価値も高め、高級品を作る。そうなればもっと利益を出すことができるだろう。
これらの販売に転移魔法は使わない。果物の販路などはカノータス領や他の令嬢の領地の道路整備をする理由にもなっていくし、果物輸送用の高速馬車の開発なども進めていけば、それらの販売などでも利益が出せるようになる。
こういった物品が回っていくようになれば、高速馬車の利用もどんどん増えていって、それらの影響で令嬢たちの領地は活性化していくだろう。
問題は転移魔法陣の魔石代金だ。
魔の森拠点から各地で働く貴族令嬢や美少女奴隷の出退勤に使われるこれらはどうにもならない。
レオンハルトからタダで大量に貰っているこれらをいずれ自前で賄えるようにしなければいずれ商売は破綻してしまうだろう。
(考えてもしょうがないか。こっちはスズお姉さまとシメトお姉さまの研究待ちね)
レオンハルトも何もしてくれないわけではない。
魔道具の魔石問題をどうにかするべく彼も動いている。
『魔力炉』や『バッテリー』『コンセント』と呼ばれる施設や道具だ。それを作りたいらしく、彼も連日研究所に詰めているという。
もっともこれらはシエラたちの為じゃない。
レオンハルトはいちいち魔道具の魔石を入れ替えるのが面倒なのだそうだ。
なので、コードを繋ぐだけでよくなるという、これらの道具の開発を頑張っているのだという。
(自分のためだって言いながら成果をぽんと他者に分け与えるから、あの人はほんと甘いんだけどね)
普通の魔道具研究者は、家族であろうと開発した魔道具の利益を気軽に分け与えることはない。
開発や製造に高い素材を使うからこそ、採算が取れるよう吝嗇になる。
そして自分の作品に高い価値をつける者に、高値で売りつけるのだ。
もちろんそれは卑しいことでもなんでもなく、次の研究を行うためにする当たり前の行為だ。
しかしレオンハルトは、自分のためと言いつつ、気軽にシエラたちにも成果を還元していく。
(なんでも手に入るから物欲がないんだろうな)
貴族からすれば欠陥のある思考。だが自分のパートナーゆえに、シエラはそこに美点を見出して愛することができる。
レオンハルトが施した淫紋には他の男に性的魅力を感じない効果はあっても、レオンハルトに対する魅了効果はない。
シエラがレオンハルトに好意を覚えるのは、シエラがレオンハルトに好感を持っているからだった。
――シエラは、シエラなりにレオンハルトを愛する努力をしていた。
(魔道具といえば、さてはて、他にはこれもあったわね)
ノートPCを見ながらシエラはうーむ、と唸る。魔道具に関してはシエラにもやらなければならないことがあった。
スズとシメトから研究者の増員を要求されていて、そちらにもシエラは頭を働かせなければならなかった。
だが、ただの研究者ではまずい。
美少女錬金術師や美少女魔道具作成者が必要だった。
なにしろ研究所は魔の森の拠点内にあるので、この拠点に入るには美少女である前提が必要だからだ。
「でも、難しいか」
本来は、二人の生家であるパラケルスス家やトリスメギストス家にいるメイドなどをそのまま引き抜いてレオンハルトの妾にすればいいのだが、コミュ障の二人は生家でも厄介者扱いされていたらしく、そういった伝手を持っていない。
(まぁ、愛されてたら奴隷扱いは避けるでしょうしね)
二人を仲介した貴族は、婚約できない令嬢貴族が最終的にたどり着く場所だ。まともな令嬢ならばその前に適当な貴族に引っかかる。
(まぁ順当に考えるなら奴隷……奴隷よね。でもドワーフはあまり売りに出されないからなぁ)
ドワーフは鍛冶が得意だが、魔道具作成の適性がないわけではない。
ただ、彼らは本拠地から出てこないので王国の奴隷狩りにも捕まらず、奴隷にならないのだ。
それにレオンハルトが王国中の奴隷商からそんな貴重なドワーフ奴隷の中でも更に貴重な美少女ドワーフ奴隷を買い漁ったので、そもそも奴隷商の手元にドワーフ人材は残っていない。
じゃあ、他の種族ならとシエラは考える。
ハーフリングも手先は器用だが、研究者適正はない。好奇心旺盛な彼女らは使用者としての適正は抜群にあるのだが、研究者としての地味に、地道に研究する適性は弱いからだ。
エルフも難しい。木工や錬金の技術はあるが、そもそもエルフの入荷自体が少ないからだ。
『長耳喰らい』と呼ばれる、奴隷商会が抱えるエルフ専門の人狩り組織が頑張っているそうだが、レオンハルト以外にもエルフ奴隷を欲する貴族は多い。
レオンハルトが現在美少女奴隷を方々から集めている現状、レオンハルトに美少女が流入しすぎないように奴隷商の間でバランスが取られるかもしれない。
(はぁ、募集を打ってみるかな)
『歌姫』であるセーレの巡業を開始するから、その広告を新聞に打つついでに錬金術師と魔道具研究者の募集広告を打ってみようとシエラは考える。
(女性限定と年齢表記も必須ね)
面接を行うときに容姿を確認して、主人に手を出される可能性について聞けば完璧だろう。
シエラは条件を考えながらノートPCにそういったことを打ち込んで企画書を作ってから、各地の令嬢にメールで送る。そうすれば気が利いた娘がもう新聞社に連絡を取り始めていて、シエラはよしと頷き――こんこんとドアがノックされ、入ってきた人物の姿に首を傾げた。
「あら、元S級冒険者のレンカじゃない? どうしたの? 護衛の仕事なら今日は訓練のために休みでしょ?」
訓練――先日、奴隷たちから自分たちが持つ技術をゴーレムに教える代わりにポイントを貰えないかという提案があったために各奴隷の持つ技術をゴーレムに教えたり、技術書などに纏めたりするようになっていた。
他にも技能講習などの自主的訓練の機会を与える訓練日などが奴隷たちには与えられるようになった。
これは講師は奴隷が勤めていて、他の奴隷がスキルを取得するとポイントがもらえるようになっている。
わざわざ自主的に訓練の機会を与えるなど奴隷には破格の待遇だとシエラは思っているが、レオンハルトが無駄に人を増やすので人余りの現状なら教育してもいいかな、ぐらいには考えていたりもする。
しかしレンカの用事はそういったものではないようだった。
「あー、シエラ様、突然すみません。ちょっと、その、ご相談が」
そういって困った表情のレンカから差し出されたものを見て、シエラは首を横に傾げた。
「冒険者カード? S級の奴よね」
数少ない彼女たちの個人財産であるそれをシエラたちは取り上げていない。それが災いしたようで、レンカは気まずそうに言葉を続ける。
「その、これはフェイリーのカードです。フェイリーのカードを狙った探知魔法で、この拠点の位置がバレたみたいです」
「はぁ、冒険者程度じゃここにはたどり着けないだろうから、それは別にどうでもいいんだけど。で、何か問題が?」
「たぶん、その私たちの救出依頼がギルドに出されるんじゃないかと」
救出、とシエラは呟く。でも、どうやって? とも。
魔の森は、人類絶滅級のモンスターが闊歩する、人跡未踏のSランクダンジョンである。
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