貴族の家に生まれたので家を出てスローライフをしようとしたらなんやかんやで立身出世する奴

030 奴隷たちの事情

「フェイリー！　なんであんなことしたのよ！！」

「ははは。全く勝負にならないことがわかったよ」

　白髪金眼の剣聖美女であるフェイリーが旦那様に喧嘩を売ったことと、それを止めなかったことで今日のスタンプカードのスタンプがなくなったことに嘆きながらレンカは相部屋のフェイリーに文句を言っていた。

「まぁ、生きててよかったさ。フェイリーの手足が吹っ飛んだときは、本当に肝が冷えたからね」

　同じく相部屋の住人であるソーリャの言葉に、フェイリーはうむ、と満足そうに頷いた。

　『剣聖』のフェイリー、『業火』のレンカ、『鋼鉄の乙女』のソーリャ。

　元Ｓランク冒険者パーティー『剣の乙女』の三人は、ここでも仲良く同じ部屋であった。

　この魔の森拠点に住む奴隷たちは、日々ストレスなく過ごせるように、陳情すればたいていのことは叶えて貰えていた。

　王国の奴隷事情を鑑みてもこれは異例の対応であり、下手な貴族の生活よりもここでの奴隷生活の方が良いぐらいだ。

　そのことを実感しているフェイリーは楽しげにソーリャに問いかけた。

「なぁさっきのアレ、私が剣を抜いてから何秒だった？」

「旦那様の攻撃か？　最後の蹴りまで三秒掛かってないと思う。止める間もなかったからね」

「やっぱり旦那様、すごいなぁ」

「すごいなぁ！　じゃない！！」

　レンカの怒鳴り声にフェイリーはケラケラと笑っている。奴隷が主に剣を向けてもドン引きされるぐらいで許してくれる旦那様を思い出して楽しんでいるのだ。

「だってレンカ。超越者だぞ超越者。レベル１００越えの化け物が本当にいたんだぞ？　あれに抱いて貰ってあれの子供を産めるんだぞ？　戦士冥利につきないか？」

「だってじゃない。っていうか、どうするのよ私たち。ここでずっと奴隷なの？」

　こんなポイントカードまで貰っちゃって、とテーブルに自分のポイントカードを置くレンカ。

「でも一回抱かれるだけでレベル１００だからな。あたしもちぃっと興味がある」

　ソーリャの言葉にえぇぇ、とソーリャを見つめるレンカ。

「しょ、正気？　っていうかアンタらカインとかグロナードとかはどうするのよ？　なんか、仲良かったじゃない？」

　竜殺しを達成した英雄カイン・ストレイファやＳランク冒険者である『破魔』のグロナードの名前を出されるも、フェイリーとソーリャはこてんと首を横に傾げた。

「なんでそいつらの名前が出てくるんだ？」

「なに？　グロナードに処女捧げたのか？　悪趣味だな、レンカ」

　話が切り替わったと棚から蒸留酒の入った瓶を持ってきたソーリャがグラスをテーブルに並べ、とくとくと中身を注いでいく。

　なお、嗜好品の類は消費しきれないぐらいに生産されているため、レオンハルトの奴隷は酒も美食も頼めば気軽に飲めて食べられる。

「捧げてないッ！　まだ処女よ！！」

「あたしらもそろそろ経験しとかないとなぁ。女所帯のパーティーでずっとだったからな。あたし、もう二十二なのにまだ処女なんだけど？　十分行き遅れてるよなこれって」

「おお、ソーリャもポイント貯めようッ！　旦那様は夜もすごいと聞くぞッ！！」

　ごくごくと酒を飲むソーリャが部屋の魔道具を起動すれば、エアコンが稼働し涼しい空気が部屋に流れていき、シックな音楽を再生する音楽プレーヤーが酒を飲む雰囲気を作っていく。

　騒がしい冒険者の酒場はあれはあれで楽しいが、仲間内の部屋飲みならば落ち着いた音楽の方がいいだろうということでの選曲だ。

「くッ、順応してやがるわこいつらッ！」

　言いながら自分も棚からつまみを取り出すレンカ。まともに戦えばＳランク冒険者すら一撃で殺されるデスレックスの燻製肉の塊と高レベル牛系魔物の乳から作られたチーズの塊だ。

　テーブルの中央においたそれを全員がナイフでこそいで食べつつ、蒸留酒をごくごくと飲む。酒も燻製肉もチーズも、まともに買うならＳランク冒険者の自分たちの収入ですら躊躇する最高級品である。

　だがここの奴隷はそれが無料だ。倉庫に積んであるこういった食材は福利厚生の一環として担当者に頼めばいくらでも手に入る。

　奴隷の部屋といいつつベッドはふかふかだし、主人やその愛妾が作った快適な魔道具がたくさん設置してあるし、と三人は奴隷生活を満喫してしまっていた。

「なぁレンカ、正直、ここに定住していいんじゃないのか？」

　ソーリャがおずおずとレンカに言う。レンカはまぁ、と言いながら「でも奴隷じゃない？」と呟く。

　彼女たちは不利な戦場と思わずに参加した貴族の小競り合いで、失敗して捕まった。

　その結果、奴隷になった。

　どんな変態に売られるか、軍で使い潰されるか恐怖していれば買われた先は女好きのエロ大魔法使いの拠点である。

　奴隷教育もレベルが高いためにＩＮＴが高い彼女たちからすればそれほど難しくはなかった。

　常識的な部分と、貴族令嬢への接し方を教わって、あとは旦那様を尊敬して、敬愛して、心酔すればいいだけだ。

　仕事も貰っている。外出する貴族令嬢の護衛をするだけ。令嬢たちも常識的で、侮辱を受けることはないし、出先も王都や学園などで危険なことはほとんどない。

「奴隷ってもさぁ」

　ソーリャは部屋を見る。

「貴族様並の奴隷だぜ？」

「自由とかは？」

「言うほど冒険者も自由じゃないだろ」

　そうね、とレンカは呟く。

　ケチがついた戦いも後援者（パトロン）だった貴族に頼まれて参加したものだ。相手が侯爵だったので平民のレンカやソーリャ、武者修行の為に貴族家から出奔した貴族令嬢のフェイリーでは断ることは難しかった。

「というか、あたしもそろそろ子供産んだりしとかないと。生涯一人も産まないまま死にそうだし」

　ソーリャの言葉に、うッ……とレンカは気まずそうに視線をそらす。

　剣の乙女が女性パーティーだったのはレンカのせいだからだ。

　駆け出しの頃に仲間の男性冒険者に襲われかけてから（そいつは燃やして半殺しにしたが）レンカは男性冒険者のパーティー加入禁止をずっと主張し続けてきたし、酒場などで仲間に声を掛けてくる男性冒険者を徹底的に排除してきた。

「このポイントだって、別に抱かれなくてもよさげだしさ。レンカも奴隷生活頑張れよ」

　ソーリャが示すポイントカードの裏面を見れば『一日外出』や『一日休暇』などの項目もある。貴重な魔道具を個人のものにできる使い方もできるようで、レンカとしてはまぁ、それならという気分になる。

　だがそこにフェイリーが待ったを掛けた。

「ここで暮らしていくなら、抱かれた方がいい」

「フェイリー？」

　フェイリーの顔は、先程の浮かれた表情ではない。貴族令嬢の顔だった。

　酒のグラスを見ながら呟くフェイリーの言葉にレンカが疑問の声を上げる。

「レンカ、獣人やエルフどもが率先して抱かれようとしてるのはわかるか？」

「それはまぁ、ポイントカード配られて一番喜んでたのはあいつらだし」

　レンカには理解できないことだが、わざわざあのエロガキ大魔法使いに抱いてほしいと陳情書まで出していたらしい。

　陳情書を出せば割となんでも要求が通るとはいえ、主人に抱いてほしいと懇願する奴隷など、レンカはあまり聞いたことはない。

　身重になれば働けなくなって死ぬかもしれないのが奴隷というものだからだ。

　そういう意味ではレンカは子供などほしくなかった。たぶん陳情書を出せば妊婦が快適に過ごすための空間とかを作ってくれそうなのが、やたらと甘い（・・）あの大魔法使いなんだろうが。それでも不安は残っている。

　――優しいではなく、甘い（・・）。

　その甘さは、先程の一幕でもわかることだった。奴隷に剣を向けられて許す主人など存在しないのに、あの大魔法使いは許してしまった。

　超越者ゆえの余裕という奴なのだろうか？

　そんなことを考えていれば、フェイリーは「獣人は旦那様を群れの長と認めているゆえに、その女となるべく。エルフどもは旦那様が長生き（・・・）すると思っていて、今のうちに立場を固めるべくだ」と説明してくれる。

「長生き？　ってーと、ダンジョンか？　ミスリル貨で若返りの水が買えるからか」

「あのクラスの超越者だからな。たぶん旦那様は生に飽きるまで、千年は生きるだろうな」

「それがなんなの？」

「普人種奴隷の動きが鈍い。旦那様に抱かれるのを嫌がっている」

　フェイリーの顔は渋かった。それは初恋の男が好かれていない不満ではなく、自分たちの種族に対する憂慮だった。

「そりゃ、普人種は奴隷慣れしてないし」

「そうじゃない。レンカ、わかってないようだから言うが、これより先、旦那様は普人種の奴隷の購入をやめていくだろう」

「アタシら普人種は奴隷としての扱いにくさは亜人と比べたら段違いだからな」

　亜人種は、なんだかんだと群れを作りやすい。同種族を集めれば本能的に馴れ合いをしやすい共通の項目がある。

　ゆえに気位の高いエルフですら、問題点は気位の高さぐらいで、奴隷を扱う側からすれば、その気位の高さをどうにかすれば問題がなくなる奴隷向きの種族だ。

　そして幸いにもここの主はＳランク冒険者すら一蹴する大魔法使いだった。

　エルフたちは力に圧倒されて完全に心服してしまっている。主に対して力を見せるのではなく、奴隷たちの中での地位向上に努めようとするほどに。

　だがこの世界で一般的に人類と呼ばれる普人種はそうならない。数多くいる人型種族の覇権を握った種族ゆえの性質か。個我が強いと言うべきか。奴隷の中でも個人主義を貫く者が多い。

　この三人とて信頼しあうのはこの三人の間だけだ。現状、他の奴隷たちとは馴れ合っていなかった。

「そして抱かれない奴隷は、次第に追いやられていくだろう。旦那様ではなく、周囲がそうするようになる」

「……ああ、抱かれればレベルが上がるからか」

　自分たちのＳランク冒険者でも自力で上げるならレベルは６０ぐらいが限界だ。

　そして、ただ美少女というだけで買われたような普人種の奴隷はレベルも低く、技能も特にない。これより先、率先して主人に抱かれ、レベル５０～１００を維持するようになる他の亜人と奴隷の地位を競うのは難しかった。

　いずれただの単純作業でさえ、ステータスが上昇すれば速度や正確さで差が出るようになるだろう。

「つまり、そのうち普人種は私たちだけになるってこと？」

「ああ、ポイントカードが配られたときに文句を言った奴隷がいただろう？」

　『馬鹿にしてんの！？　あのガキに抱かれるために仕事してポイント貯めろっての！？』と怒っていた普人種の奴隷がいた。レベル差が開きすぎると強さや凄さに鈍感になる。その少女は教育が済んでいたものの、レオンハルトに抱かれることには否定的で、日々の仕事を惰性で行うだけの存在だった。これだけ奴隷がいればそういう人間も混ざってくるし、今まで美貌を生かして小器用に生きてきたようなその少女の癖のようなものだった。

　しかし奴隷たちが集まる中でその発言はまずかった。

　レオンハルトを群れのリーダーだと認めている獣人奴隷たちに睨まれ、自分たちの優位を確信しているエルフたちに蔑まれたその美少女奴隷はそのまま監督役のメイドに連れられていった。それ以降、拠点でその姿を見ていない。それもそうだった。フェイリーが末路を話す。

「ここにはいさせられないと王都の奴隷商で売られたそうだ」

「……そう、馬鹿なことをしたわね」

　レンカはまだ抵抗があるが、自分たちほどの容姿の持ち主ならば主人に抱かれることは奴隷に落ちれば覚悟すべきことだった。

　そして、それを嫌って最高の生活を自ら捨てるとは。

　不満があるなら心のうちで言うか、部屋の中で言えばいいのだ。

　この部屋も拠点中に設置してある主人のゴーレムで監視されてるだろうが、レオンハルトは罵倒されたところで気にしない甘さがある。

　それにレオンハルトが美少女奴隷を買い漁っている現状、美少女奴隷に対する需要は高くなっている。あの少女は十分に美少女だ。出戻りとはいえ、それなりに高値で売られるのだろう。どんな変態貴族たちがあの少女の値を吊り上げて買うのか、レンカは明日は我が身を恐怖に震えそうになる。

「そもそも旦那様は普人種はあまり買わない。貴族令嬢が多いからなここは」

「私たちも、どっちかというと容姿よりも技能だしねぇ」

「いや、先に容姿じゃないのか？　あたしは自分が美人だと思うが？」

「私の方が美人だが？」

「いやいや、私でしょ」

　蒸留酒をかぽかぽと空けながら、三人は酒の勢いで冗談を言い合う。

　奴隷の種族としては、この拠点で一番多いのが獣人、二番目がエルフ、三番目がドワーフで、四番目が普人種だ。

「ああ、まぁそういうわけだからレンカも抱かれた方がいい。レベルも上がるが、とにかく他の種族が旦那様に抱かれたことでマウントをとってくるのが防げるし、うまく寵愛を得られれば妾でなくとも、閨の中で令嬢たちに気に入られれば専属護衛の地位につけるかもしれん」

「専属って……冒険者、やめるの？」

　もうここでの出世の算段をつけているパーティーリーダーにレンカが潤んだ目を向ければ、フェイリーは「私たちは戦場で負けて命を失うところだった。でもここでこうやって生きてるんだから、上を目指してみよう」とすっきりした口調で言ってくる。

「目指せ、Ｓランク奴隷ってか？」

「はぁぁぁぁぁ。まぁ、やるしかないかぁ。せっかくの純潔を捧げるのかぁ」

　ソーニャとレンカがなんとかやる気になる中、フェイリーが思い出したようにぼそりと呟いた。

「あ、ちなみに一番ポイント貯めやすいのってドワーフらしい」

　ええ！？　とソーニャがフェイリーの言葉に驚いたような声を上げる。あの手足の短い、器用さと力強さが取り柄のロリ種族に一体どんな贔屓が？　という疑問。

　フェイリーたちがやっている護衛の仕事は一日にポイント一つだ。無事に令嬢を拠点に返すことでポイントがもらえる。

　ポイント的には普通だが、余禄として王都にでかけたり、昼休憩で拠点で作られた美味い弁当がもらえるから割と当たりの部類の仕事だ。拠点でも昼食は食べられるが、出先の弁当は特別感がなんとなくあるので嬉しいのである。

　それに王国貴族の間で差別される亜人種じゃない普人種の護衛として、貴族の学園にも入り込めるからフェイリーたち普人種護衛は護衛の中でも重宝されていて、うまく令嬢たちの機嫌を取れれば小遣いなどももらえることもある。

「ドワーフの鍛冶とか魔道具作りのサポートやってる奴隷なんかが旦那様が知らない技術を使ったり、新しい技術を生み出したりするとポイントが５つぐらいもらえることもあるとか」

　なるほど、と納得する二人。知識は財産とは言ったものだ。

　まだポイントカードが配布されて数日しか経っていないが、そうなるとドワーフ娘が最初に抱かれてもおかしくなかった。エルフたちがぞろ騒ぎ出すだろう。

　とはいえ、その事実に、ドワーフかぁ、と呟くレンカ。なんだかんだと美少女として自信があったので、抱かれるなら鉄いじりしか脳のないドワーフより先には抱かれるだろうという自信があったのだ。

「技術かぁ。盾の使い方とかじゃダメか？　これでもＳランクなんだが？」

　ソーニャの言葉に「さっきの戦いを見ただろ。旦那様に盾は必要ない」とフェイリーが否定する中、レンカは「……旦那様のゴーレム用にスキル発動ではわからない技術を教える、とかならいけると思う」とアドバイスする。

「お？　そうか。じゃあちょっと陳情してみよう。あたしの盾捌きをみてくれって」

「私も、炎魔法なら自分で開発した技術とかあるから、旦那様に言ってみる」

「じゃあ私も、剣聖スキルのすごい使い方とか探してみるかな。今までは結構スキルに頼った戦い方だったし」

　わいわいがやがやと冒険者時代の騒ぎ方を思い出しながらフェイリーは微かに口角を釣り上げた。

　――ああ、これでなんとか、仲間は生き残れる。

　やる気を出した仲間たちを見ながらフェイリーは安心したようにそんなことを思うのだった。

　無茶をした。だが、やはり今まで一緒に生きてきた仲間を見捨てることはできなかった。

　レオンハルトの強さにフェイリーが心酔したのは本当のことだが、あの超越者に抱かれたかったのは別の理由がある。

　何しろ自分たちはこの容姿にこの強さだ。

　――魔力もスキルも高確率で遺伝する。

　ここから売られて、下手な貴族に買われれば貴族の繁殖用（・・・）奴隷として、家畜のような一生を終えることになりかねなかった。

　もちろんレオンハルトに抱かれれば先に抱かれている令嬢たちのように子供を産むことになるだろう。

　だが、それと貴族の繁殖奴隷では待遇は天と地ほどの差がある。

　繁殖奴隷は下手をすれば逃亡防止のために手足を切断されて、棚の中で生きるハメになるのだ。

（本当に、よかった）

　最悪の未来を回避し、今後のことを話し合う仲間を見ながらフェイリーは酒を口にした。

　こうして良くも悪くも、ポイントカードは漫然と働いていた奴隷たちの間で競争を生み出していくことになる。