021 転生者(冒険者)の憂鬱


 喧騒がざわめく王都の貴族学園の廊下で壁に背を預けて、なんでもない時間をぼうっと過ごしていた少年は、それを見て思わず声を漏らした。

「は?」

 少年はカイン・ストレイファ。ストレイファ男爵の四男にして、下級竜殺しの偉業を持つA級冒険者でもあった。

 そんなカインは動揺と驚愕に叫びたくなるのを、レベルによって培われた人外の精神力を発揮して、強く抑え込む。それほどの動揺だった。

(な、なんでだ!? は? ありえねぇ? おかしい? は? は? は?????)

 カインの目に映るもの。それはシエラ・カノータスとメイドのレイラの二人のステータスに表示されたレベル100という文字だった。

 加えて、状態に『淫紋』という表記。


 ――カインは鑑定スキルの持ち主でもあった。


 カインの心中は、異常事態を罵りまくる声でいっぱいになっている。

(し、シエラはヒロインの一人だぞ。ゲーム・・・じゃこんなこと……!? シナリオ崩壊だろぉ!!)

 転生者・・・カインが持つ特別なスキル『完全鑑定』。

(っていうか淫紋!? 淫紋ってなんだ!?)

 それがシエラとレイラに通常表記されないステータスである『淫紋』を暴いていた。淫紋。考えるまでもなく、シエラとレイラがカインの知らない人間に汚されていたことを示している。

 まずい・・・、とカインは頭の中で予定表を思い浮かべる。シナリオがおかしくなっている。

 本来ならばカノータス子爵領で暴れている盗賊団の討伐で、第二王子との交渉が難航しているシエラを手助けすることでシエラの好感度を上げる予定だったのだ。

 そしてシエラに付いていきカノータス子爵領に赴き、シエラの幼馴染の騎士であるアレックスと一緒に中年不良騎士である騎士グロスの不正と裏切りを暴き、第二王子の企みを挫く予定だったのに。

(な、なんでだ? なんでだ?)

 やばい、と呟きながらカインは廊下を足早に去るしかない。レイラの目が自分に向きかけていた。『完全鑑定』は『隠蔽』スキルによる視線の防止などを兼ねて使っていたからカインの正体がバレるとは思わなかったが、固有スキルである『英雄』に加え、レベル100の補正がメイドのレイラの直感をどのぐらい魔改造しているかわからなかったために退散するしかなかったのだ。

(糞ッ、これじゃ、称号の『美少女満漢全席』が取れないじゃないか!!)

 カインの頭の中では将来設計がガラガラと崩れる音が響いていた。

 ヒロインであるシエラ・カノータスを攻略・・することで、アクロード王国十四美女をハーレムに加えるというサブシナリオを開始できる。

 その起点であるシエラがなぜか非処女になっていて、淫紋まであって、カインは混乱するしかない。

 見かけた空き教室に入って、頭を抱えてしまう。

(嘘だろ。そもそもなんでレイラまで攻略されてんだ。シエラとレイラの二人同時攻略は無理なはずだろ)

 ゲームでは・・・・・、カインは心中で呟く。

 『アクロード王国統一戦争』、かつて日本という国で発売された戦略ゲームだ。ギャルゲーでもあり、公式からエロパッチも出ていて、それを当てることでエロゲーにすることもできた名作ゲームだった。カインも前世に何周も何周もして楽しみ尽くしたゲームだった。

 カインはゲームシナリオを頭で何度も確認する。

(げ、ゲームでは……ええと)

 貧乏貴族の息子が貴族の学園に通って人脈を増やす学園パートと、学園卒業後に第二王子が起こした内乱で国が乱れに乱れ、他国の介入も許す中、統一戦争をすることで国家を統一して王になる戦略パートがある。

 カインは自分が今、その学園パートにいると思っている。

 だからまずは有用なスキルは持たないが、ヒロインとして攻略することでアクロード王国十四美少女が仲間になるシナリオの開始イベントキャラクターであるシエラを攻略しようとしていたのだが。

(ありえん。ありえない。どういうことなんだ)

 アクロード王国十四美少女を完全攻略することで手に入る『美少女満漢全席』の称号は『精力絶倫』『魅力的』『ハーレム維持』のスキルを所有者に与えてくれる超絶レアのユニーク称号だ。

 美少女によるハーレムを目指すカインにとっては超有用なスキル――というよりこれを手に入れないと人生が詰む。

 特に『ハーレム維持』がカインの人生には必須だった。

 『ハーレム維持』のスキルにはハーレム内の悪感情の発生を抑え、好感度低下からのヒロインによる裏切りバッドエンドを防ぐ効果もある。リセットのできない第二の人生を過ごすための超重要スキルだった。

 カインの気づかない間に、肝心のシエラが攻略・・されてしまっているなんて。

(今から俺が誘拐して寝取る――ダメだ。『淫紋』は自分から受け入れないと刻めないタイプの状態異常だぞ。あの二人、自分から淫紋を受け入れるほど調教されてちまってんのかよ。しかもどういうことだよ、インキュバスにでもやられたのかと思ったら、魅了の状態異常を受けているわけでもないし)

 これでは状態異常回復魔法を掛けても意味はない。そんなことをしても逆に不審人物としてカインが憲兵に突き出されてしまう。

 信じられないことに二人の攻略した人物は、魅了系のチートではなく、素の実力で二人を陥落させたようだった。

(だが、じゃあアレックスはどうなってるんだ?)

 シエラルートは分岐がある。シナリオ終了時の主人公へのシエラの好感度でエンドが分岐するというものだ。

 シエラの主人公への好感度が高いと、シエラは主人公とカップルになり、シエラのアレックスへの好感度が高いとシエラはアレックスとカップルになる。

 ただしその場合、メイドのレイラがシエラに気を使って身を引き、ヒロインとして攻略可能になるのだ。

 とある貴族の血を引き、各種族に男女一人ずつしか存在しない『英雄』のスキルを持つレイラを攻略することで『美少女英雄フルコース』という超級称号の取得条件の一つを満たすことができる――英雄スキルの所有者であればいいので、レイラでなくても何らかの手段でスキルを引き継がせれば称号の取得条件を満たすことはできるが、レイラが一番簡単に攻略できる――が、それはそれとして、この分岐はゲームでは絶対・・だった。

(いや、そうじゃなかったか。確かチートでシエラの好感度を0の状態でシナリオ終了したときに二人とも攻略可能になった気がするが)

 カインは思い出す。そう、そういう手段で攻略は可能だったはずだ。シナリオ分岐条件はシエラの好感度で変わる。主人公やアレックスに対して好感度が0ならシエラは誰も選ばずにシナリオは終了するのだ。

 その部分のシナリオを用意されてなかったので、チートツールによる強制場面移動は必須だったが、そういうことができたのだ。

 ただ、そういった手段でストーリーを進行させた場合、別のシナリオの開始時に、シエラとレイラが両方主人公の傍に存在するというシナリオの矛盾から、シナリオがぐちゃぐちゃになったはずだ。

 例えば、シエラとレイラの立ち場所は固定で存在するので二人のキャラクターが重なって阿修羅状態になるとか、二人が同時に喋るのでテキストが重複表示されるとかのバグだ。

 しかしこの世界はゲームではなく現実である。そういう矛盾は発生しない。二人を同時に攻略することは可能だったのだ。

 その事実に気づき、カインは自分が無駄にした十六年の人生を思い、歯噛みする。

(いや、でもそうしたら戦乱パートが発生するかわからなかったし……)

 カインが下級竜殺しで冒険者活動を止め、これ以上の活躍を控えているのも、騎士爵より上の、領地付きの爵位を貰ってしまったら戦乱パートになったときに身動きが取れなくなるからだ。

 それに必要以上に活躍しすぎて、カインを警戒した第二王子の動きがわからなくなると他のヒロインの攻略ができなくなる。

 メインストーリーに関わる重要ヒロインの何人かはラスボスである第二王子が関わってくるからだ。

(ちッ、本気を出せば転移魔法やアイテムボックスを駆使して、第二王子ぐらいどうにでもできるんだけどな)

 ただ第二王子が王を殺したり、第一王子と戦ってくれないと自分が王になることができない。王になることができないとハーレムが許されない。ヒロインの何人かは高位の貴族令嬢だからだ。彼女たちを囲うためには男爵の四男や、ただ強いだけの冒険者という立場は弱すぎる。

(ただシエラが取られたのが痛いなぁ。まぁ俺以外にもシナリオに影響を及ぼせる奴。十中八九、転生者だろうな。そいつがいるってわかったから、今後は警戒していくしかないんだけどさ)

 とはいえ、ゲームの成長限界であるレベル100まで到達し、ゲームに存在した重要アイテムを軒並み回収している自分が負けることはないだろうとカインは確信している。

(ただ、相手から何もしてこない以上、戦うわけにはいかないからな)

 美少女はこの世界に存在する有限の資源の一つであり、それを取り合いになると面倒という気持ちはカインにあったが、相手も転生者ということは自分と同じく転移魔法の使い手である可能性が高く(ゲームには転移魔法を習得できるダンジョンが固定で存在する)、その場合、殺し合いになってもあと一歩で逃げられる危険が高かった。

 戦闘になれば自分の手の内と存在を晒してしまうことになる。

 無論、カインとて無名ではないので相手がカインに気づいている可能性は高いが、まだ敵対していないという状態は重要だった。

 相手を特定すべくシエラを監視したり追跡すれば、確実に敵対行動だと思われて攻撃を受けるだろう。シエラをガードしているレイラが戦闘センスやステータスが高い『英雄』であることも怖い。自分の仲間にはまだ英雄はいないため、レベル100の英雄であるレイラの相手をした場合、カイン以外は皆殺しになる危険性があるからだ。

 いろいろと歯がゆかったが、お互い不干渉であるならそれでいい、とカインは判断する。

 それよりも敵対しないことが重要だ。

 自分ができるだけに、神出鬼没の転移魔法の使い手に四六時中狙われるようになると考えるだけで憂鬱になるからだ。

 勿論、自分の方が強いはずなので、自分が負けるとは思わないが、自分以外のものを狙われた場合が面倒だった。

 カインが攻略中のヒロインたちを狙われた場合、そのガードをしているだけで時間が経過して、学園パートが終わってしまうだろう。

(やっぱ、お互い不干渉でいいよな。シエラは惜しいが、とりま相手が攻撃してくるまでは攻撃しないってことで)

 そんなことを考えながらカインは別のヒロインを攻略すべく動き始めるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:カイン・ストレイファ

 十六歳、爵位は騎士爵。

 ストレイファ男爵の四男にして、下級竜殺しの偉業を持つA級冒険者であると同時に、この世界をゲームとして遊んだ記憶がある転生者でもある。

 対象の状態を完璧に暴く『完全鑑定』、容量無限の『アイテムボックス』のチートを持っている。 

 自ら立ち上げたストレイファ商会の会長にして、魔物に襲われたところを助けたプラファ伯爵の三女の婚約者。

 また、側室候補に村から連れてきた幼馴染の少女や冒険者仲間の美少女がいる。

 もふもふした犬を飼っていたり、転移魔法を使えたりするが本人はそこまで自分をすごいとは思っていない。


 最近の悩みは、ハーレムって意外とめんどくさいのではないかということ。女の子に囲まれてきゃーきゃー言われるのはいいけど、ゲームでは選択肢を選べば女の子の機嫌が治ったのに、現実だと自分のトークでなんとかしなければならないことが地味にきつい。

 また、メインストーリーが展開する学園生活に集中して冒険仲間の美少女冒険者や連れてきた幼馴染を放置してるとイケメン冒険者やおっさん冒険者に話しかけられて寝取られそうになるから地味にガードに時間を費やしている。絶対に夜の酒場で酒を飲むなと言い聞かせているが、自分は学園生活楽しんでるじゃんと、あまり効果はなく時間のかかるイベント進行などができないでいる。

 非童貞。ただし結婚前から側室候補と仲が良すぎると伯爵家から婚約破棄されかねないので娼館での経験はあるが、側室候補たちにはキス以上のことができていない。


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