020 シエラ、父と語り合う
子爵家当主ブリキ・カノータスと話し合うシエラ。部屋の中には母であるクレア・カノータスの姿もある。シエラはクレアと一頻り抱き締め合い、再会を喜びあったところでレオンハルトについて報告を始めた。
はじめはうんうんと機嫌よく話を聞いていた子爵も、その内容に驚愕と動揺を表情に滲ませてしまう。
「……魔の森が拠点だったと?」
「はい。それと旦那様の素性についても本人から聞きました」
辺境に領地があるヴィクター男爵家の愛妾の子供だったこと。
そして魔の森の中層に拠点を作り、魔の森から資源を得ていること。魔道具作りが趣味であること。レベル100を越えていること。
「レベル100越えの超越者か……伝説上のものばかりだと思っていたが」
カノータス子爵が属するアクロード王国の創始者がレベル100を突破した超越者だというのは貴族の中では常識的な話だ。
とはいえ建国王が巨大な龍と契約してだとか聖剣を手に持ち魔族と戦った、などという話は伝わっているものの、どの程度すごいのかは具体的にはよくわかっていない。
ただシエラは苦笑して「性行為をしただけでレベルを100まで上げられました」とレオンハルトの規格外さを端的に言う。
娘の生々しい事情に閉口しつつ、ブリキは「レベルを、100に?」と問いかければシエラは「これを」と自分の鑑定結果を表示したまま鑑定ゴーレムを子爵に手渡す。
レオンハルトに勧められて昨日50レベルを奉納して身体の各所を健康にしたシエラだが、今日は父親にわかりやすく
レイラに関しては報告をしない。
レイラがレオンハルトに手をつけられ、そのレオンハルトがレイラを気に入っている以上、あの少年は彼女を手放すことはないだろう。むしろ容姿が同じ程度に美しい二人のステータスを比べれば、シエラよりも優秀なステータスを持つレイラの方に意識は向いているかもしれない。
ゆえに、今更レイラの血の源流たる貴族家が判明させたところで、超越者であるレオンハルトからレイラを取り戻すことなど不可能だ。
だから騎士団が壊滅して心労の濃い父を無駄に心配させる必要をシエラは認めなかった。
「これは、はじめて見る魔道具だな」
「ゴーレムです。そして旦那様はゴーレムにスキルを付与して、ご自分の好きなように魔道具
これも、とスマホを見せて、レイラと通話やメールを行ってみる。
「遠方の人間と会話できる魔道具――ゴーレムか。距離は……どこまで届く?」
子爵の言葉にシエラは拠点でメイドを指導しているだろう下女のばあやと通話をしてみた。『スマホとやらの操作はこうですかな? おやおや、なんですかなお嬢様』という言葉に「今は子爵領でお父様がどこまで
転送魔法を介しているためにノータイムの音声通話。子爵はこんなものが世に溢れたら世間の常識は破壊されるだろうな、とレオンハルトの規格外さを痛感する。
「ただ、旦那様でもこれの維持は面倒だと仰っていました。今後は技術者を育成して、魔道具化を考えている、とは仰っていましたが」
「そうか……
子爵は天井を見る。スケールが違いすぎて、手の出せない話を聞いている部分だった。
そんな子爵にシエラは新しく話題を提供する。本題だった。
「旦那様の拠点には様々な資源が溢れるほどありました」
そしてレオンハルトはそれらに無頓着だった、とも。
本来なら売って金にできる素材であっても、リスポーンするデスレックスをハメ殺すだけで王国で大金として使えるミスリル貨が大量に手に入るために、売る必要性をレオンハルトは感じていないのだ。
とはいえ素材を腐らせるのはもったいないと倉庫を地下深くに向けて建設して、素材や加工したアイテムを溜め込むだけ溜め込んでいる。彼が試しに作った指輪の魔道具もゴーレムで自動生産できるようにして、大量に作ったりもしていた。
魔石はともかく骨素材の使いみちが少ないせいだ。そんな指輪魔道具も、シエラの見立てでは王都の一流武具店で大金貨で取引できるクラスの超級魔道具に見えた。
神官の祈りによって貴族に与えられる神授スキルで跡取りが決まるような世界なのだ。貴族でさえも容易に殺されるような魔の森のモンスターが持つスキルを二種も付与できる指輪魔道具の値段など推して知るべしだった。
ゆえにシエラは、レオンハルトの拠点を見てもったいないと感じていた。
富とは自分だけが儲けるのではなく、上手く利用して周囲を儲けさせることもできる。領主の役割がそれだ。自分だけが富むのではなく、周囲を富ませる。それがシエラが信じる領主貴族の役割だった。最低限の魔物狩りだけして、民を放置するだけ放置して、時期が来たら徴税をする。そんなのは三流貴族だ。
カノータス子爵領は、ほどほどに栄えた領地である。貧乏ではないが裕福でもない。借金がないだけ良い貴族ではあるものの、取り立てて特色のない、畑ぐらいしかない領地。
ゆえに、シエラは父のことを個人としては慕っているが、貴族としてはその三流よりちょっとマシな二流貴族ぐらいにしか評価していない。
そして父を蔑む自分もまた、二流になれるかどうかというところだったが、レオンハルトに提案を行うことで、一流になれるかも、と自分の未来に期待していた。
「資源が溢れるほど……まさか、盗む、と?」
父の言葉に、いいえ、とシエラは首を横に振る。
「好きにして良い、との言葉を得ました。ただレオンハルト様の助力は五年間だけ。転移魔法や資材の加工などの技術者を育てて、私たちだけで商売を成り立たせるように、とのことです」
破格の申し出だった。何もしなくても五年間はあの資源で儲けることができる。ただシエラとしては美人奴隷を自分で購入し、レオンハルトにあてがってレベルを上げてもらって、様々なスキルをその奴隷に習得させることを考えていた。
商売をするために必要な転移や魔道具作成に、資源採取のための戦闘スキルなどの超有用スキルをだ。
そうしてレベルアップもそのうちレオンハルトを必要としなくてもできるようにする。
当たり前だが、セックスして上げるパワーレベリングは邪道である。戦闘のできる女奴隷を購入して、レオンハルトにレベルを上げてもらったら部隊を編成して森の探索ができるようにすればいいとシエラは考えている。
デスレックスにさえ気をつければ拠点周辺であればレベル50前後のモンスターしか出現しないと聞いている。そのデスレックスもうまくやれば無傷で倒せるとも。
そうやって、レオンハルトのやることを減らしていけばいい。
そんなシエラの言葉に、子爵や婦人は困惑した視線を向ける。シエラとレオンハルトの間に恋情はまだない。それでも男に女をあてがうなど、女の考えではないように思えたからだ。
「シエラは、それでいいのかね?」
「むしろそうした方が、旦那様は私を注視してくれるかと」
シエラはレオンハルトと付き合ってレオンハルトのことを理解した。彼は力がありすぎて目的を持てない男だ。
今は魔道具作りに嵌っているが、今後はどうなるかわからない。
そんなレオンハルトにシエラが外の世界から様々な刺激を持ってくれば、彼はそこそこに人生を楽しんでくれるだろう。
シエラ自身がレオンハルトに飽きられないようにする。それが最終目的でもあった。
無論、シエラとて無報酬というわけではない。
この計画では最初に拠点の資源を売る店を子爵領に作る予定だ。いずれ王都にも作るがまず子爵領。高価な商品ゆえに最初は買い手がなかなかつかないだろうが、
そして売る相手は子爵領の人間ではない。
シエラは、商人向けの商店を子爵領に作ろうと考えていた。卸売である。
無論、王都に店を作ればもっと簡単に金は儲けられる。だがシエラが考えるのはそうではないのだ。
子爵領に商人を集めることがシエラの目的なのだ。
商人を訪れさせて、彼らに金を落としてもらう。そういう循環を作る。魔の森への直通転移があるからこそできること。
(旦那様が、レイラに転移魔法を教えてくれてよかった)
必要魔力を減らすための魔法陣の作成方法も教わった。無論、勝手に転移拠点を増やすことは許されていないが、勝手じゃなければいいのだ。シエラは魔の森以外のSランクダンジョンにもゆくゆくは転移拠点を作ろうと考えていた。
(転移拠点の魔道具化もできるようになればいいわね)
魔道具の製法を独占すれば世界中の様々な貴重な品を子爵領に集められる。そうして各地のSランクダンジョンに冒険者を送り込めるようにすればいい。
思考は広がっていく。そうだ。世界中の冒険者が集まる街を作ろう。そうすればその冒険者を相手にするために、商人や鍛冶屋もやってくる。奴隷商もだ。そして、そんな彼らのための生活用品や娯楽品などを用意し――ああ、アイデアは次々と浮かんでくる。
「シエラ? シエラ? 大丈夫か?」
娘が黙り込んでしまったことに子爵は困惑するも、シエラが子爵に目を合わせたことで「おお、大丈夫か? 疲れているのか? 休んでいくか?」と安心した様子で問いかける。
そんな子爵にシエラは言う。
「お父様、文官を増やしましょう」
「へ?」
「増やしましょう。最初は奴隷でいいです。仕事を覚えて、一人前になったら奴隷から解放してこの領地で雇うようにしましょう。私も学園で優秀な生徒に声を掛けてみます。なるべくなら旦那様のお眼鏡に適うような美少女がいいでしょうね」
「は? お前、夫に奴隷女以外を宛てがうのか?」
「夫ではありませんが?」
「……愛妾、なのか?」
「私は
機嫌の良さそうな娘に子爵は困惑する。
だがシエラは楽しげに笑ってレイラに向かって言った。
「レイラ! 子爵領が最強の領地になる構想ができたわ!!」
シエラの夢は、自分の生まれ故郷を富ませることだった。レオンハルトの協力があれば、如何様にもその道筋を、頭の中に描くことができた。
レイラは、長じる間におとなしくなっていったシエラが昔のお転婆な様子を見せたことに驚きながらも、微笑みと言葉を返した。
「そうですか。それで、その構想はどの程度現実に落とし込めそうですか?」
「今なら5%。いろいろ頑張って30%ってとこかな」
シエラは考える。自分の想像の根幹、転移拠点と転移の技術が奪われたら終わりだ。
騎士のいない子爵領にそんなものを置いたところですぐに上の爵位の人間に奪われるのがオチだろう。
無論、
あの少年は自分が無敵や不死だと考えていない。自分がいなくなった場合の代替プランを常に考えている。
だが、シエラはそれでいいと考えている。旦那様が手を引けば崩壊するような、か弱い商売に子爵領の命運を託してはならないのだ。
だからシエラはレイラに言うのだ。
「学友を呼び込んで、奴隷を買って、たくさんの味方を作りましょう。それがきっと、子爵領だけじゃない、旦那様のためにもなるわ」
シエラはそう言って笑う。レイラはシエラが明確に旦那様のため、と言ったことに少しだけ驚き、だけれど了解しました、と頭を下げた。
シエラには大前提があった。この商売は子爵領のためだが、それでもレオンハルトの利益にする、という大前提だ。
それはシエラがレオンハルトから見捨てられないためでもあるが、シエラ自身がなんのかんのとレオンハルトのことを気に入ってもいたのだ。
あのスケベで、不思議なことばかりを言う少年。だけれど、彼はとんでもなく気前が良かった。
王家の妾になるよりもよっぽどだ。
そしてシエラを
そういう部分をシエラはとてつもなく気に入っていた。
無論、シエラはまだレオンハルトのことを愛していない。
だけれど純潔を捧げ、気絶するまで睦み合ったのだ。
(旦那様、私はね。安くないわよ)
シエラは、自分を絶世の美少女だと思っている。そういう自信がある。
その美貌とてレオンハルトの才能と比すれば霞むような価値のものだが、それでもシエラは自分に自信があるのだ。
ゆえに、シエラは幸福になることを諦めていない。
シエラの夢の一つである、素敵なお嫁さんになるという夢は叶わなかったが、愛する男と愛し合って結ばれるという夢はまだ叶えられるのだ。
――シエラは何もしなければただの絶世の美少女で終わるだろう。
ゆえに、シエラは自分の価値を釣り上げて、レオンハルトに愛される存在になろうと画策していた。
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