016 転生者、貴族令嬢をもらう


「賠償として、我が子爵家の至宝たる、愛娘を差し出します」

 頭を地にこすりつけた子爵からそんなことを言われ、ふーん、としか俺は返せなかった。

 まぁ俺が勝ったからな。これが友人相手なら騎士皆殺しで代償を払ったと判断して勘弁してやるけど、俺と子爵は初対面。

 子爵側は俺がどこまで・・・・やるかわからない以上、最大限差し出せるものを差し出さなければ殺されると思い込んでいる。

 そんな俺の背後ではメイドのイリシアが子爵から受け取った盗賊の賞金を数えて、間違いないですと言ってきていた。

 イリシアに手を振って、賞金をしまわせる。

 なお子爵が盗賊の確認などの諸々を片付ける間に奴隷商が来ている。奴隷商からは産婆の奴隷はいないと言われており、じゃあ女奴隷を見せてくれと言えばいくつか奴隷を見せられたので、ふーん、いいじゃんいいじゃんと獣人奴隷を二名ほど買っている。どちらも美少女のせいか、やたらと高い奴隷だったが、レベルも高く、奴隷たちも俺を見た瞬間に耳を伏せて、従順そうな仕草を見せたので購入した。

 なお奴隷たちは王国が獣人国家に攻め込んだ際に捕まえた、戦士階級の獣人女たちだそうだ。

 俺からすれば優良物件だがそんな獣人女たちが売れ残っていたのは、獣人の戦士階級は反抗的なので、一般的な客層には売れないかららしい。

「で、子爵。その娘はどこなんだ?」

 さて、子爵が娘をくれるというなら貰うしかないが、娘の姿は見えない。

 聞けば王都の学園だという。

 すぐに呼び戻すのでそれまで子爵領に滞在するか、半月ぐらいで戻ってくるのでその時期にまた来てくれと言われたので、そんなことはしなくていいと言ってやった。

「転移魔法で呼び出してやる。娘の顔を知ってる奴はいるか? 呼び出しにそいつを王都に送ってやるよ」

 問えば「て、転移魔法?」と子爵は恐る恐る治療を受けていた騎士の一人を指差した。

 片腕の美形イケメン騎士だ。男だ。聞けば子爵の娘の幼馴染だと言う。

 美形騎士くんの顔色が悪いので回復魔法を掛けてやって、感染症対策に病気治療魔法も使ってやればその騎士は「無詠唱だと……と」呆然として俺を見た。

 なお腕は治してやらない。そこまでしてやる義理はない。

「ほら、子爵。呼び出すための手紙でもなんでも書けよ。目的だった奴隷も食料も買っちまったからな。俺も予定が詰まってるんであまり待たないぞ」

 そう、子爵が賞金を用意するまでに掛かった時間で俺は奴隷の他にも食料を買っている。

 とはいえ本来はメイドたちとショッピングをしながらきゃっきゃうふふと遊ぶ予定だったのだ。

(泊まりも考えていたのに。はぁぁぁ。つまんね)

 とんだケチがついたものだと気分が悪くなるぜ。ちなみに子爵領から森の拠点に早く帰るのはこんなことになってギスギスした都市で遊んでもつまらないからと、奴隷を買ったから拠点に送り届けておきたいからだ。

 そんな俺の気分がわかったのかエミリーが元気だしてよしよしと頭を撫でてくる。

「なーにがよしよしだ」

 エミリーに反抗しつつ、つんつんつくつくと普乳をつついてやればエミリーはきゃーきゃー言って俺を楽しませる。

 そうして気分を持ち直した俺は、時間つぶしのためにまた商人を呼ぶことにする。

「はー。じゃあ子爵、本屋呼んでこいよ。本全部買うから」

 屋敷の図書室を作るつもりだったことを思い出したので、本を買うことにする。

 全部? と、子爵がびっくりした顔をするので、ミスリル貨をじゃらじゃらと見せびらかして全部と返す。

 この世界では本は高いのだ。何しろ紙は羊皮紙だし、複製も手書きだからな。

「み、ミスリル貨をそんなに……は、はい、今すぐに呼び出します」

 子爵がそう言って指示を出す。深い溜息を吐きたくなる気分を抑え込む。

(つまんねー)

 根が小市民だからか。必要だからやってるけど、こういう交渉はあまり楽しくないんだよな。

 だが、必要・・なんだよ。

 舐められるとそれを見たり聞いた奴らが父親や兄貴のようになるから、対応は誤れない。

 正体不明のゴーレム使いは、クロスボウで射掛けた騎士さえ許すなんて噂が広がれば、俺を騙して俺が持っているミスリル貨を奪おうって奴が大量に出てくるだろう。

 命を狙った奴さえ許すのだから騙したところで大丈夫、なんて思われたらワンチャンス狙った詐欺師が外出するたびに出てきて俺を悩ませるようになってしまう。


                ◇◆◇◆◇


「アレックス?」

 ブリキ・カノータス子爵の娘であるシエラは学園の正門にて自分を迎えに来たという騎士を見た。幼なじみだった。だが、その片腕がなくなっている。

 故郷で何が起こったのだろうか。

 シエラはアレックスに詰め寄りたくなる気持ちを抑えて、まずアレックスを労る言葉を掛ける。

「貴方が生きていてくれてよかった」

 うつむいたアレックスは「何もできなかった」とだけ返してくる。落ち込んでいるのだろう。利き腕を失ったのだから当然だろう。抱きしめ、慰めてあげたかった。だけれど、聞かなければならないことがあった。

 シエラは気持ちを切り替え、本題に入った。

「それで……領地にいるはずのアレックスがどうやって、どうしてここに来たの? 私に領地に帰るようにって父から命令があったけど、時間の猶予は?」

 シエラとて忙しいのだ。

 王子との交渉を纏めなければならない。アレックスに会ったことで、もうだいぶ遅刻している。

 無礼を謝る必要がある。だが、アレックスは必要ないと言った。

「それどころじゃない事態が起きている。そして第二王子にはこの手紙を渡すように貴女のお父上であるブリキ様から命令を受けている」

 アレックスは言ってから、だが、とシエラを見て言う。

「シエラ、俺と、俺と一緒に逃げてくれと言ったら、君は一緒に逃げてくれるか?」

 傍付きメイドにして、アレックスの義妹でもあるレイラが「アレックス兄様!? 何をッ」と叫ぶ。シエラは片腕を上げてレイラを黙らせてから「いいえ」とゆっくりと首を横に振って意思を示した。

「何が起きているかわからないけれど、父には私が必要なのでしょう? 領地に戻るわ」

 幼馴染で、昔から、そして今も好意を持っているアレックスの申し出は涙が出るほど嬉しいことだった。

 だが民の税で生かされて、民の税で育てられた貴族令嬢としてのプライドが逃走という選択肢をシエラから奪っていた。

(そもそも、逃げたところで……何の意味もない)

 そんな恥知らずなことをして、家は滅んだと後から聞かされたら一生を後悔とともに生きることになるだろう。だから逃げる意味などないのだ。

 少しだけの沈黙が三人の中に訪れる。

 そうして、全てを諦めたような顔をしたアレックスは言った。

「そうか。誇り高い、君らしい意見だ」


                ◇◆◇◆◇


「その、手紙に出てきた騎士グロスというのは?」

 アクロード王国第二王子フィリップはカノータス子爵令嬢が来ないことに苛つきながら待っていたが、ようやく訪れた子爵令嬢付きのメイドが持ってきた手紙を側近の貴族令息に読ませてから、そんな疑問を発した。

「子爵家の筆頭騎士で、賄賂で懐かせていた犬ですな」

「そいつが正体不明の強力な魔法使いに攻撃を仕掛けて子爵家騎士団は壊滅。その賠償のためにシエラを差し出す、と?」

「我らが差し向けた盗賊団をその魔法使いが捕縛した、と手紙にはありました。おそらく騎士グロスが我らと盗賊団のつながりがバレないように魔法使いに攻撃を仕掛けたのでしょう」

 ははは、と第二王子は笑いながらも口角を歪に歪めた。欲しかった玩具が、手に入ると思ったところで横から掻っ攫われたのだ。

「クソがッ! 半年以上の工作が無駄になったわ!!」

 木製テーブルを蹴りつけてバラバラに砕く。そうしてから剣を引き抜いて癇癪を起こしたように暴れると残骸を切り刻み、怒りのままに叫んだ。

「その魔法使いとやらに地獄を見せてやれ! 探し出して、必ず殺せ!!」


                ◇◆◇◆◇


 転移魔法で王都に迎えに行かせた騎士が、王都から転移で連れ帰ってきたカノータス子爵の娘、シエラ。カノータスはたしかに美しかった。

 いや、美しすぎた。

 子爵が賠償に差し出すのも納得できるレベルの美貌を持った金髪碧眼の美少女だった。

「ひぇぇ、美少女よ。レオンハルト様」

 エミリーがそんなことを呟く。お前も美少女だろ、と突っ込みながら俺は近づいてくるシエラを見つめた。

「さて、シエラと言ったか……どこまで聞いてる?」

「貴方が、都市を攻撃して、その結果として私が差し出されると」

 目には恨みの視線が少しだけ含まれている。

 少しこちらの認識を正した方がいいか? どうでもいいと放置して嫌な気分にお互いなるのは避けた方がいいだろう。

 どうしても生理的にダメなわけではないなら、友好的に過ごした方がお互いに楽だろうしな。

「俺の名はレオンハルトだ。姓はない。今後はまぁ好きに呼んでくれや。さて、ご不満みたいだから、いろいろとこっち側の事情を語らせてもらうぜ? いいか、先に宣戦布告してきたのはそちらの方。グロスとかいう騎士が盗賊討伐の賞金を渋って、俺たちを散々に罵倒したあげくに防壁の上からクロスボウで射掛けてきたのが発端」

 目に動揺を浮かべたシエラが振り返って子爵である父親を見ると「衛兵に問いただしたら事実だった、と」と口惜しそうに肯定する。

 何もなかったら賞金を払って終わりだったのだ。盗賊は倒され子爵領はバンザイ、金を貰って俺はバンザイ。そういうことだった。

 だから、すべてをダメにしたのは騎士グロスだ。

 それに、俺が望んでシエラを迎えると思われると困るのでここで付け加えておく。

「本当はな。別にあんたなんか俺はいらねぇんだが、子爵が貰ってくれ、って言ってるし。貰わないと俺が舐められるから貰ってやることにする。どうしても嫌なら今言え」

「……嫌だと言ったらどうするんですか?」

「自分で考えろ。一から十まで言ってやらなきゃわからんか? 俺は舐められる・・・・・から貰ってやるって言ってんだよ。あんた以上の価値のものがあって、あんた以上に子爵が大事にしてるものが子爵領にあるならそっちを貰ってやるよ」

 シエラが自分に自信がない美少女ならここで断っただろう。

 だが、美人は美人の自覚があるから美人なのだ。

 返答は数秒もかからなかった。

「――わかりました。レオンハルト様、シエラ・カノータス。これより貴方にお仕えします」

 諦めたように笑った彼女は、全てを吹っ切った表情を浮かべて、俺に向かって頭を下げた。

 よし、と俺は手を叩いた。

「護衛に男の騎士を連れて行くのは許さないが、女騎士や兵士がいるなら連れて行っていいぞ。傍仕えはいるか? そいつも連れて行っていい。あとババアがいるなら連れてこい」

「ババア……? その、どういう?」

 疑念を浮かべたシエラの手をとって、さっきまで座っていたテーブルと椅子のところまでシエラを連れて行く。肩を組みたいところだが身長が足りない。もっともレベルアップや『ヴィクターの地にて伏して誓う』の効果もあって、たった一日で年齢以上に肉体はがっしりするようになったが。

「俺って、やっぱモテるじゃん? で、メイドたちを孕ませたからメイド連れて家を出たんだけどよ。やっぱ産婆は必要だろってことで産婆の奴隷を探してたんだよ。でも奴隷商が言うには産婆の奴隷なんか奴隷商は扱わないってことでな? あ、理由は年寄りはすぐ寿命で死ぬから売れないし、移送のときにも力尽きてすぐ死ぬってわけでな。そもそも産婆なんて地域でも名士だから奴隷落ちしないとかなんとか。つか、ガキをたくさん育てた経験があって、若いメイドに指導できるババアがほしいんだよ。うちのメイドはマジで若いからな。いや、ババアでなくても経験豊富なメイドなら誰でもいいんだがな」

 まぁこの地域の奴隷商が取り扱ってないだけで他の地域なら取り扱ってる可能性はあると思うから、まだ探す予定だが。前世のローマ時代に産婆の奴隷がいたって記録あったよな。たぶん。

「孕ませ……て?」

「お前にも手を出すぞ。俺の見た目がガキだから安心してたか?」

 ケケケ、と笑ってみせればいいえ、と首を横に振られる。シエラは十七、八ぐらいに見えるが、貴族の結婚適齢期はもうちょっと低いから未婚の令嬢なら十五、六ってところか?

 十五歳で受ける教会のスキル取得の関係もあってこの世界の貴族の結婚年齢は二十前だ。

 あと『不運』とか『愚劣』とか、運が悪くハズレスキルを授かると婚約が解消されることもあるらしい。

 シエラは瞳を一瞬だけ閉じ、背後を振り返る。

「レイラ。貴女、ついてくる? この人、たぶん貴女にも手を出すだろうけど」

 レイラと呼ばれた銀の髪に紅い瞳の美少女メイドはシエラの問いにこくりと頷いた。

「シエラお嬢様をお一人にするわけにもいきませんから」

 レイラから、じとっとした目を向けられるが俺としては飄々と肩を竦めるしかない。

 シエラは俺に貰わなければならない立場にある。むしろ俺に、いらないと言われた方が困るのだ。


 ――どうやらこの子爵領にはシエラ以上のものはないらしいからな。


 シエラに相当する財貨を俺が略奪を始めたら子爵領は潰れるし、都市が荒れたと噂が流れれば、騎士のいない子爵領で再び盗賊の類が跳梁するようになるだろう。

 それにこの申し出自体、よくよく考えれば子爵の側に損はないのだ。

 シエラが俺に気に入られれば俺を子爵領に取り込めるかもしれないのだ。

 そういう期待を子爵はおそらくしている。娘がいらないからじゃない。娘に自信があるから連れて行かせるのである。

「じゃあ、レイラ。ばあや・・・を連れてきてちょうだい。シエラが一緒についてきてと懇願していると言って。それからばあやの指示に従って、支度をして」

 お父様、とシエラが子爵に「レイラとばあやを連れていきます」とだけ言う。

 子爵は頷いてから俺を見る。

「レオンハルト様、シエラたちをどうかよろしくおねがいします」

「嫁入りじゃねーんだよお前。シエラは戦利品みたいなもんだろうが」

 俺に呼び捨てにされたシエラが、シエラ……と呟く。ああ、もう俺のもんだからシエラって呼ぶよ。

 俺は娘を戦利品と呼ばれて悔しげな子爵の様子に呆れながらミスリル貨を袋から取り出す。

 ほら、と子爵に向けて袋に十枚ほど入れて投げつけてやった。

「こんな美人、賠償にしちゃあもらい過ぎかもしれんからやるよ。これで子爵領を立て直せ」

 盗賊の賞金よりも大金であるミスリル貨10枚だ。

 だが、ただで金をくれてやれば子爵は娘を売ったわけではない、と言い出しかねないので俺は先んじて言ってやる。

「これで傭兵でも冒険者でも雇って騎士の代わりに使え。出ていく娘を安心させてやって、俺に娘の機嫌を取らせない程度の甲斐性は見せろ」

 ケッ、と言いながらそっぽを向いてやれば、子爵は「ありがとうございます」と震える声で口にするのだった。


 ――別に俺だって、親子の仲を引き裂きたいわけじゃないのだ。


 シエラを貰えるんなら嬉しいという前置きはあるものの。

 攻めた領地の娘ぐらい奪わないと、周囲から舐められて、この世界で生きづらくなる。


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