015 カノータス子爵家の悲劇 その2


「てめぇが子爵だな。何もわかってなさそうな馬鹿ヅラ見て察してやったから説明するとな、この俺がせっかくてめぇんとこを荒らしてた盗賊団を壊滅して捕まえて連れてきてやったってのに、お前んとこの騎士が俺たちに盗賊退治の賞金も払わずに都市から追い出した挙げ句にクロスボウの矢を射掛けて来やがったんだが、どう落とし前つけてくれんだ。お?」

 こいつだよこいつ、こいつがやったんだ、と死体になった騎士グロスの首を放り投げられる。受け取って、死んだ配下騎士グロスの顔を見ればその顔は驚愕に歪んだままだった。この騎士はおそらく、死の直前まで自分が死ぬことをわかっていなかったに違いない。

 そして、子爵はゆっくりと言われたことを脳内で咀嚼しはじめた。

 少年の姿をした化け物の前に立てば開口一番にそんなことを言われたのだ。

 未だ混乱は残っているが、じっくりと頭に主張をなじませていく。

 少年の背後のメイドたちは、少年の言葉にうんうんと頷いている。

 少年は黙って子爵の出方を見ていた。


 ――情けを、掛けられている。


 傭兵を雇ったとして、報酬を出し渋ったためにそのまま傭兵が敵に寝返る、なんてのは傭兵を雇うときの失敗談としてはよく聞く話である。

 ゆえに、目の前の少年がこのレベルの強者にしては、いささか優しすぎることは理解できた。

 言っていることが事実ならば、問答無用で子爵家が滅ぼされてもおかしくない失態だ。

 ゆえにここで対応に失敗すれば少年から情は消え去り、自分たちは無礼の代償を支払うことになるだろう。

「……少々、待ってくれ。事実確認をする」

 言えば少年は早くしろというように鼻を鳴らした。

 無論、確認せずとも子爵には真実だと理解できる。

 十分で子爵家自慢の騎士団を殲滅した化け物・・・だ。

 虚言で子爵を惑わせて、シエラを手に入れるなんてことをせずとも襲って奪えばいい。そういうレベルの化け物だ。

 それでも言っていることが事実だと確認することで、誠意・・を示す。この少年が何を求めているかはわかった。誠意だ。

 機嫌を損ねないためには順番に物事を解決していく必要がある。

「ああ、待っててやるから都市一番の食料品店の店主と奴隷商人を呼んでこい。買い物がしたくてここに寄ったんだよ俺は」

 ため息を吐きながら出された少年の要求に、子爵は傍に立っていた衛兵に「呼んでこい。至急だ」と命じた。

 ついで別の衛兵を呼びつける。衛兵隊長は都市の防衛で防壁の上にいたらしく、死んでいた。それでも次席でも主計でもそれなりに高位の人物は残っているはずだ。

 盗賊が捕まっているなら自分に報告が来るはずだが、どういうことだと衛兵たちに文句を言いたい感情を抑えて子爵は素早く移動を始める。

 背後を振り返れば、子爵から興味を失ったらしい少年はお茶を飲みながらメイドの胸に顔を埋めていた。


                ◇◆◇◆◇


 子爵は唖然とした。

 盗賊たちは衛兵隊の訓練場に縛られもせずに転がっていた。

 とはいえ出自のわからぬ強力な麻痺薬で痺れ、全員の片足がないために逃げ出した様子はない。改めて指示を出し、ロープで捕獲しなおした。

 また、中には魔法使いもいるので魔力封じの首輪も用意して嵌めていく。

 衛兵たちが信用できないので子爵は再捕獲の様子を監視し続けるしかなかった。

 そうしてからようやく子爵は衛兵隊を詰り始める。

「お前たちは……何をしたかわかっているのか。我が子爵家への背信だぞ。極刑に処されてもおかしくない行為だ」

 申し訳ありません、と大の男たちが膝をついて頭を地面にこすりつけている。

 そうしてから子爵が衛兵たちを尋問すれば、騎士グロスが行った工作がボロボロと出てきた。ずさん・・・すぎる。

 自分が軍事に疎かったとはいえ、甘やかしすぎたか、と子爵は唇を噛み締めた。

 盗賊退治を全く行っていなかったこととか。騎士グロスが見知らぬ人物から金を貰っていたこととか。衛兵たちを脅して子爵に様々な報告がいかないようにしていたことなど、今は重要ではないがあとでよく調べなければならない報告も聞かされる。

 グロスが死んでいるのが痛い。浄化される前に、死霊術師を呼んでグロスの死霊を捕獲しておくべきだろう。改めて不正を確認しなければならない。

 一通り衛兵たちから情報を聞き出してから子爵は再び行動を始める。

「あの魔法使いに支払う金は用意できているか?」

「それは、はい。流石に金庫番までは買収されておりませんでしたので。賞金は残っております」

「当たり前だ!! それで冒険者ギルドと傭兵ギルドの鑑定人の報告は?」

「盗賊たちは、手配にあった人物であると証明できました」

 証明書です、と渡されたものを見る。死んだ衛兵隊長がリストを作っていたのか、あの魔法使いが連れてきた盗賊に捕まっていた生存者のリストも渡される。

 金を計算して、金庫番にリストを手渡す。金を用意しておくようにと遅れてやってきた家令に命じる。

 そうして、ようやく考える時間ができる。


 ――どうする・・・・べきか・・・


 この対応は、当たり前の対応を当たり前にやっただけだ。

 大盗賊団を退治した勇者を称え、偉業に対して報酬を支払う。世の中の当たり前のルール。騎士グロスが有耶無耶にしたそれを、子爵が正しくおこなうだけのこと。

 賞金を払う相手がどこの誰かとかは関係がない。

 冒険者ギルドなどの組織の人物であるとかないとか、そういったことは関係がない。

 設定されている賞金を、討伐した人物に払うのは当たり前のことだ。

 相手は子爵家の騎士団全滅の大罪人であるが、今回は子爵側に非があった。

 本気を出さずとも子爵領の騎士団を潰せる強者である。これで払わないなどと渋ったなら子爵家を滅ぼされてもおかしくない。

 それに犯罪者が、他の賞金首を討伐した場合、その犯罪者に賞金を払うことは禁止されていることではない。

 その犯罪者が生きて賞金を受け取れるほどの強者であるなら、この世界では当たり前に行われていることだからだ。

 もちろん犯罪者ゆえに都市の防壁で止められる。防壁を無理やり突破したなら改めて別の罪に問われるだろうが、犯罪者だからといって賞金の受け取りなどが禁止されるようなことはない。

 それは都市防壁を突破して賞金を受け取れるような強者の賞金受け取りを禁止した場合、賞金以上の損害が出るからだ。

 加えて、他国で賞金首指定を受けているが、別の国ではその国と敵対関係のために関係がないみたいな人物もいる。

(あの魔法使いを騎士殺しとして手配することは難しいだろうな。私が殺されかねない)

 盗賊団を退治したとはいえ、騎士団規模のゴーレムを使役できる魔法使いだ。

 手配した瞬間に子爵家に再び攻めてきてもおかしくない。

 賞金の受け渡しを渋った騎士グロスが、騎士団ごと殺された事実を忘れてはならない。あれ相手に子爵家の戦力では抵抗するなど不可能だった。

 それにだ。開き直られて、賊と化す危険を考えれば不問に処すしかなかった。

 少しの会話で子爵には理解できたが、あの魔法使いにはあの魔法使いなりに現世のルールを守ろうと努力している形跡がある。

 それを無視してこちらの感情を押し付けると、馬鹿らしいと思ってめちゃくちゃをやりかねない。

 今はまだ会話ができるのだ。いずれ誰かがあれ・・に賞金を掛けるとしても、子爵があれを会話ができない化け物にしてしまう危険は避けねばならなかった。

 ああ、畜生。なぜあんな魔法使いが子爵領にやってくるのか。盗賊もそうだが、なぜこんな目にあうのか。

 子爵は胃の痛みが増し、苦痛を覚え、ぐぬぬと唸った。

(あの盗賊団を差し向けてきたのが第二王子かもしれなかったというのに)

 シエラに第二王子から接触があったことは傍付きメイドであるレイラからの報告で子爵は知っていた。

 そこで子爵は悟った、証拠はないが盗賊を差し向けてきたのは第二王子だろうと。

 軍閥貴族たちの旗頭である第二王子が子爵家程度の問題にわざわざ首を突っ込んでくるのはおかしいからだ。

 黒幕がわかった以上、面倒だが第二王子と交渉を行って、盗賊を退けてもらうか倒して貰って終わりだと思っていたのに。

 王子の要求を断るつもりはなかった。

 シエラの求婚者に王子ほどの大物が出てくれば、大した理由もなく断ることは取り潰されてもおかしくないぐらいの無礼となるからだ。

 王子が素直に側室にしたいと申し出がなかったのは、文官派閥を蔑んでいる軍閥系貴族に担がれている第二王子だからだ。あくまで子爵家から頼まれて側室にしてやったという背景を王子は欲しがっていた。

 それに、そういう事情であればカノータス子爵家が文官筆頭である宰相から睨まれることも少なく、シエラには不自由をさせるが強い権力に流されることこそ弱者が生き延びる政治での処世術であると子爵は考えていたのだが……この件ですべてがご破産になった。


 ――もう、シエラを差し出すしか子爵には生き延びる道がない。


 賞金を渡すのは当たり前のこと。

 礼金を出すのも当たり前のこと。

 そして、それらはあの魔法使いに対する賠償にはならない。

 これらはまず精算しなければならないことだったからだ。賠償は別の話だ。

 衛兵から聞き出したところ、騎士グロスはあの魔法使いを散々に罵倒してクロスボウで矢を射掛けている。これが問題だった。

 敵対宣言としては最悪の部類だ。宣戦布告と同じである。あのレベルの強者にやったならば、本来なら領都に攻め込まれて子爵の首が館の前に掲げられるような行為だ。

 ああやって防壁に入り込まずに交渉をしてくれる時点で、相手は相当なお人好しだった。

 都市機能の中枢である子爵家を滅ぼしてから食料品店と奴隷商を探し出すのが面倒臭がったのかもしれないが、それでもまだ会話ができるのだ。

 子爵側には、それに対する誠意が必要だった。これに失敗すればあの魔法使いは面倒だが自分の名誉を守るために子爵家を滅ぼすだろう。

 軍閥系貴族には舐められたら殺すみたいな人種は多いし、子爵自身が貴族としての感覚で理解している。

 あのゴーレム使いは、子爵家に宣戦布告をされた。そして勝ったのだ。

 安い賠償で許すなんてありえない。勝ったなら尻の毛までむしり取って、力関係を思い知らせなければ負かした相手ではなく、他の敵対者に舐められる。

 許されるための賠償が必要だった。当たり前だが騎士団を全滅させられたなんてのは賠償にはならない。間抜けが死んだだけだからだ。

 子爵側から魔法使いにすべてを差し出す誠意・・が必要だった。

 それでも子爵は人の親として、シエラを差し出さずに済む道を考えてみる。

(食料品と奴隷商の買い物を肩代わりは、ダメだな)

 命を狙った行為との釣り合いはとれないし、効果は薄そうだった。

 あの魔法使いは金に困っている印象はなかった。あの服の素材、子爵の見立てでは王族の服と同じレベルの質感だ。それをあの魔法使いは自分のメイドにも与えている。それにメイドの指に光っていた大粒の魔石。色の濃さからしても感じられる魔力からしても強力な魔物の魔石だ。

 メイドの指に指輪など下品だな、とは子爵は思わない。

 一目見ればわかる。あのメイドたちはあの魔法使いの情婦だ。指輪は贈り物で、男避けのためだろう。

(シエラでなくとも……他の女奴隷などは、無理か)

 金で買える女奴隷ではダメだ。奴隷ぐらい自分で買うと言われれば終わる・・・。誠意を疑われる。それに親の欲目を除いても子爵領の奴隷商にシエラに匹敵するほどの美人がいるとは思えない。

 金もダメだ。金を払えば許されると思われるのは困ると言われれば終わりだ。滅ぼされる。

 差し出すならば、子爵の視点から金額に換算できない身内を出すしか謝罪にはならない。

(鉱山や資源ダンジョンが領内にあればそれで済んだのに。なぜ我が領内にはないのだ)

 せめて王族の側室ならば、と先日妻と一緒に泣いて過ごした記憶が蘇る。

 それがよくわからない魔法使いに差し出すことになる。生きて再び会うことは難しいだろう。

 シエラは愛娘だ。あれが幼い頃に自分の指を握って「おとうさん大好き」と言ってくれた記憶が蘇り、子爵の心が締め付けられる。

 子爵領は、農地しかない平凡な領地だ。

 それに土地は陛下からの預かりもの。鉱山の採掘権やダンジョンの探索権利などとはまた違う。素性のわからない相手に切り売りできるようなものではない。

 子爵家の宝と言えば、シエラしか差し出すものはない。

 きっと妻は子爵を非難するだろう。息子であるシエラの兄もだ。

(ああ、シエラになんと言えばいいのか)

 だが、子爵に取りうる手段は他になかった。

 子爵は無礼の代償に娘を差し出すのではないのだ。

 子爵の配下騎士のグロスが、正体不明の魔法使いに、下劣な宣戦布告した結果、敗北した。


 ――敗北したのだ。


 だから全面降伏を認めてもらうために、もっとも価値のある宝を差し出すのだ。


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