014 カノータス子爵家の悲劇 その1


 カノータス子爵家騎士団とゴーレムの戦いは十分で終わった。

 騎士団が行ったのは都市の防壁の上から魔法やバリスタでゴーレムを攻撃するというもの。

 ゴーレムが行ったのは、土魔法で即席で作り出した、伸びるゴーレムアームを使って、騎士や衛兵を壁上から全員引きずり下ろして死体にすることだった。


                ◇◆◇◆◇


「あ……あぁ……あぁぁ」

 シエラ・カノ―タスの幼なじみである若き騎士アレックスは、自分が恐怖で動けなくなるなんてことがあるのかと内心の驚愕を他所に、呆然とそれを見上げた。

 目の前には死体が積み上がっている。同僚の騎士や、防衛のために騎士団に一時的に組み込まれていた衛兵たちの死体だ。

 彼らは一瞬前までは高い市街壁の上で戦っていた。だが今は地面の上で死んでいる。


 ――全ては、一瞬のことだった。


 壁上にいた防衛要員を長い腕で引きずり下ろしたゴーレムたちは、騎士や衛兵の首を引っこ抜いて殺し、地面に死体を山積みにしたのだ。

 そんな死体の山の中にアレックスがいないのは運がよかっただけに過ぎない。

 とはいえ、アレックスも無事ではなかった。

 防壁から引きずり降ろされた際に、なんとか生き残ろうとゴーレムに掴まれた腕を自分で斬り飛ばしたせいで利き手は根本からなくなっており、また落下の衝撃で足は螺子曲がってしまっている。

 肉体の欠損は王都の高名な大司祭に大金貨を積んでようやく癒やしてもらえるような、安月給の若手の騎士ではどうにもならない致命傷だ。

 二度と騎士は名乗れないかもしれない。

 いや、同僚がみんな死んだから繰り上がって出世するかもしれないか?

(こんなことで出世しても意味はないだろうがッ!!)

 馬鹿な考えに苦鳴を漏らすアレックス。これまでの努力が脳裏をよぎった。

 子爵家当主であるブリキ・カノ―タスに、幼馴染であるシエラ・カノ―タスと想い合っていることを伝えるためには出世が必要だった。

 ただの騎士では子爵令嬢のシエラとの結婚はできない。せめて子爵家内でも発言力が高い、筆頭騎士にならなければならなかった。

 アレックスとシエラは幼馴染だった。

 幼い頃の約束があった。結婚して子爵領を豊かにしよう。民を守り、領地を富ませようという約束を幼い頃に交わした。

 自分は剣で、シエラは知恵と魔法で。

 だけれど、シエラは美しすぎた。いつしかその美しさは王国中に知れ渡るようになった。

 ただの騎士である自分では釣り合いがとれなくなった。

 時の経過とともに王国でも有数の美少女として有名になったシエラには高位貴族からの求婚が大量に来ていた。

 子爵は喜んだが、派閥の兼ね合いもあって婚約者を決めかねていて、それでも学園を卒業までには選ぼうとして、そこにあの盗賊騒動だ。

 子爵家の武力では排除できない難敵、いや、子爵は気づかなかったが上役の騎士は排除しようともしなかった。

 ゆえにシエラは盗賊をどうにかするために高位貴族の子息相手の交渉を行うようになったのだ。

 身売りする相手を探す交渉。アレックスはシエラがそれをしていると領都で聞かされ、気が狂いそうだった。

 アレックスが結婚したいと願っていた女が、高値で己を売ろうとしている。

 アレックスが結婚できなくても、シエラが幸福になれば祝福するぐらいはできた。

 だがシエラは結婚どころか妾にされてしまいそうだった。

 それを防ぐためにもさっさと盗賊を倒さなければと焦るしかなかった。ゆえにアレックスは身体を鍛えた。寝る間も惜しんで魔物との戦闘を何度も繰り返してレベルを上げて、剣技を鍛えて、魔力を練って、だけれどそれでできたのは、こんな、こんな理不尽な、戦闘とも言えない虐殺で一人生き残ることのみ。

 へたり込んだ身体が震える、手には剣も握っていない。火の魔法で傷口を焼いたが失血で死にそうになっている。

「なんで、なんでこんなあっけなく……」

 シエラとの未来を守るには、このゴーレム軍団の他にも、領内に居座る盗賊をどうにかしなければ意味がないのに。

 だけれど自分以外の全員が死んだ。

 騎士も衛兵も、盗賊と関係のない、なんだかよくわからない災害みたいなゴーレム相手に全滅した。

 こんなことで自分ひとりが出世できたところでどうにもならない。

 盗賊は百人近くいるのだから。自分ひとりで百人は殺せない。泣きたくなってくる。

 アレックスは血まみれで、土まみれになりながら呻き声を上げることしかできなかった。

「あぁ……あぁぁぁ」

 そもそもがこうやって一人生き残ったが、自分が生きて帰れるのかも不明だった。

 今も地面に横たわるアレックスの近くで仲間の死体を積み上げているゴーレムが、自分を狙わないとも限らないのだ。

 それに、不安は他にもある。この恐ろしいゴーレム軍団によって、子爵領そのものが消失するかもしれない恐怖。

 だがゴーレム軍団は進軍を停止していた。わからない。なんで急に攻撃をやめたのか。騎士が全滅したのだ。都市を潰す好機ではないのか。

 そんなことを考えるアレックスの前に変化があった。ゴーレム軍団の後方から一人の少年と二人のメイドが巨大なゴーレムに乗って、アレックスの傍の死体の山に近づいてくる。

 自分より遥かに年下の少年と、シエラには劣るものの、十分に美しい少女が二人。あれが敵対者だったのか。

 少年が乗ったゴーレムが、死体の山に近づいてくると、周りで死体を積み上げていたゴーレムたちが死体の山に群がり、何かを捜索しはじめる。そして死体の山から騎士の死体を取り出した。

 それは騎士グロスの死体だった。首がないが、ゴーレムは首も探し出す。

 筆頭騎士グロス。いけ好かない男だった。だが死んでいる。複雑な気持ちだった。あれだけ邪悪で、自分の出世の壁だった男が、今やただの死体だった。

「おーおー、死んでるぜ。エミリー、イリシア、あのクソ騎士をぶっ殺してやったぜ」

「レオンハルト様、やったじゃないの!」

「やっぱり侮辱には死ですよ! 死! 最高です、レオンハルト様!」

 ゴーレムの上にいる少年とメイドがきゃっきゃと死体を前に喜んでいる。クソが、畜生、マジかよ。騎士グロスが呼び込んだ災厄だとアレックスはここで知る。クソ、あのクソ野郎のせいかよ。俺たちがこんな目にあっているのは。あってしまったのは。

 そんな少年がアレックスをゴーレムの上から見下ろして、にやりと笑った。

「生き残りだな。おい、子爵領を滅ぼされたくなかったら、子爵を呼んでこい」

 言いながら少年が「あ、子爵、この中にいないよな?」と不安そうな表情を一瞬だけ浮かべて死体の山を見た。


                ◇◆◇◆◇


 カノータス子爵であるブリキ・カノータスは騎士が全滅したという報告を衛兵の一人から受けて、都市防壁の門へと馬で急行した。

 武人ではないが、流石に貴族の嗜みとして馬ぐらいには乗れるのだ。

 そのブリキは馬に乗って隣を併走する衛兵から報告を聞き、落馬しそうになった。

 防壁の上にいた衛兵二百名、騎士十九名は死亡。ゴーレムは一体も倒せていない。その事実に肝が冷える。

 ゴーレム軍団の脅威の程が子爵には完璧に理解できずとも、絶対に勝てないことだけは理解できたからだ。

 それに、あまりにも被害が多すぎて、子爵家の今後が心配になる。

 盗賊だのゴーレムだのがいなくとも、領内の魔物被害を防ぐためにも騎士は必要だ。

 頭の中に領内警備で出払っている部隊はあっただろうかと思考が巡る。

 全滅は流石にまずい。自分が武人でない以上、領内警備のノウハウは騎士たちだけが持っていた技術だった。

 途絶えると冗談ではなく魔物被害が防げずに、子爵領取り上げの危険になる。

 騎士の補充のために妻や息子の嫁の実家に泣きつく必要が今でもあるが、あまりにも相手側の持ち出しが多すぎると子爵家が借金漬けになって潰れてしまうだろう。

 いや、そもそも今の脅威をどうにかすることが先決なのだが、どうにもならなくて脳みそが現実逃避してしまっていた。

「常駐騎士は二十名いたな? い、生き残りは一名か?」

「はい! 騎士アレックスが生存。ただしゴーレムからの脱出のために自ら利き腕を切り落としており、戦闘継続は困難かと」

 唯一娘の幼馴染だった若手騎士のみが生き延びているようだが、その騎士も利き腕を失っていた。

 子爵家はそこそこの資産を持っていたが、若い騎士の腕を快く治してやるほどの金はない。

 死んだ騎士の家族に見舞い金を渡すなどの出費も必要だし、死んだ騎士の代わりを補充するための出費もあるからだ。

 ゆえに、その若手騎士も騎士としては廃業だ。

(せめて次代の騎士を育てる教官として雇ってやるしかない、が。まずは交渉だ)

 これだけの蛮行を行ったゴーレム使いに対して、子爵は実のところ、命の危険は感じていない。

 無論、怖いがそこまで怯えてはいない。

 相手が攻撃をやめて、交渉をしようとしてくれるということは何か要求があるのだろうと思っていたからだ。

 ならばそれを満たしてやればいい。

 よほどの無理でも武力が背景にある以上、言いなりになって飲み込む必要があるが、交渉してくれるということは問答無用で皆殺しにするわけではないということだ。

 その要求を知るために戦闘前の交渉が必要だったのだが……。

 騎士の取りまとめを任せていた騎士グロスは田舎騎士らしい世間知らずさで抗うことから始めて、一瞬で全滅してしまった。

 百体を越えるゴーレム軍団相手など、王国軍の元騎士が取りまとめ役だったなら、まずは交渉から始めただろう。

 子爵はビビって出撃許可を出してしまったこともそうだが、地元に気を使いすぎて地元出身騎士を重用していた己の浅慮さを恥じた。

(いや、最近がおかしいのだ)

 シエラの美貌が知れ渡ることで、高位貴族たちから脅しを含めた様々な付け届けが届くようになった。それ自体は文官肌の子爵は交渉でどうにでもなった。武力はないが口に自信があったからだ。それで切り抜けてきた。

 あの盗賊団にしても、村が潰されたり、商人が襲われたりしたが、そこまで脅威には思っていなかった。

 それは、規模に戦力と、盗賊団の存在があまりにも不自然すぎたからだ。

 だから盗賊団の裏にはシエラを欲する裏事情があるのだと思っていた。

 それを探るためにシエラには王都学園で支援を行ってくれる貴族を探すよう、裏の事情を教えずに命じた。

 騎士の取りまとめ役だった騎士グロスは少々以上に不審だったが、大盗賊団相手に下手に突っ込んで皆殺しに合わずに、騎士を温存してくれるのは助かっていたから不問にしていた。

(それが今度はゴーレム使いか。十中八九狙いはシエラだろう。盗賊が片付いていない状況で我が領の騎士を皆殺しにする考えなしがシエラを欲するとはな)

 子爵領の今後を考えていない馬鹿相手の交渉と思えば絶望と不幸しかないが、超人と魔物が跋扈する世界で生きる貴族としての矜持が子爵を冷静にさせる。

 どうにかして、領地が滅ぼされることだけは避けなくてはならない。

(盗賊団をゴーレム使いにぶつけて、お互い消耗させられないか?)

 そんな出来もしない夢物語も考えてしまう。

「ご当主様、付きました」

 衛兵に言われ、防壁門の前に立つ。

 門は空いていた。

 衛兵が降参して開けたのかと思えば門の残骸が防壁の外に打ち捨てられており、子爵はそこで全ての抵抗を諦めた。

 せいぜいが、交渉でうまく立ち回れることを祈るのみである。

(あれが、ゴーレム使いか……)

 門の外には貴族らしき格好をした少年がいた。

 彼はテーブルと椅子を出し、野外でお茶を楽しんでいる。

 その少年の背後にはメイドが二人。きゃいきゃいと少年を甘やかしている。死体の山が近くにあることを思えば、異様な光景だった。

(貴族、ではないか。在野の強力な魔法使いか)

 少年の仕草に貴族らしさは見えない。

 だが年齢以上の何かがある。認識した途端に子爵は相手を子供だと思わなくなった。

 無論、騎士を皆殺しにされた時点でそう思っていなかったが、こうして目で見た瞬間に、相手を力を持った貴族の子供から、得体の知れない魔法使いにカテゴリを識別し直したのだ。

(子供に見えるが……若返ったか、老化を防止している魔法使いだろうな。厄介な相手だ)

 騎士グロスに、カノータス子爵のような学識と目端の良さがあればこの悲劇は起きなかっただろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る