013 転生者、子爵領に喧嘩を売る



 目の前で市壁の大扉が閉められ、エミリーは「ああ! やっぱり!」と叫んだ。

 金をくれてやると言われて、唯々諾々とついていったら、領都を覆う壁の外に連れ出されて、そのまま締め出されたのである。

 素直についていったのは暴れるタイミングがわからなかったからだ。

 何度抗議をしてもルールだから黙ってついてこいと何度も言われてしまえば常識人たる俺としてはなんとなく暴れにくいのである。

 というか、会話してる最中に脈絡なく相手を殴れる奴って頭おかしいよな。

「はー。追い出されちまったよ」

 そして俺たちを市街壁から外へと追い出した騎士グロスは防壁の上にいた。

 クロスボウを構え、傍らに魔法使いを置いて、防壁の上から俺たちを眺めてへッ、という顔で唾を吐いてくる。

「誰が金なんかやるかよ! 魔道具頼りのクソガキがよッ!! 死ね! 今すぐ死ね!! ゴミクズがッ!!」

 騎士グロスが自身と部下が持つクロスボウを俺たちに向けて射出した。当たりそうだったのでそっと下がって矢を躱してから、俺はメイドたちを連れて都市から離れていく。

 背後からは「死ね! 今すぐ死ね!! クソガキがッ!!」という騎士グロスの声が聞こえてくる。なんだよ、なんか悪いことしたのかよ俺。

 メイド二人が騎士どもの悪口を言っているのを聞きつつ、都市が見えなくなるぐらいに距離を取ってから、イリシアとエミリーに問いかける。

「なぁ、なんであのクソ騎士、俺たちに賞金渡さなかったんだ?」

 賞金自体は子爵家から出ているものだろう。あとは冒険者ギルドだろうか? どちらにせよ、あの騎士の懐が痛むようなものでもない。

 衛兵隊長やら俺たちが領都を通る際に見かけた住民たちが俺たちが盗賊を倒した証人にもなるだろうから、騎士グロスは賞金を受け取れない。

 だから俺たちを追い出すにしても、賞金は俺たちに渡して穏便に出ていってもらう方が絶対に良い筈……。

「うーん、盗賊退治の功績を奪うつもりでは?」

 イリシアはそんなことを言ってくる。

「一人二人ならともかく百人近くを生きて連れてきたんだぞ? どうやって奪うんだよ」

 子爵だって、騎士グロスにはそんなこと絶対できないとわかるだろうし、衛兵隊長なんかも証言するだろう。

 証明のしにくい嘘に加担したところで虚偽だとわかったら職責を追われるし、最悪不正に関わったとされて、犯罪奴隷に落とされる。

 いやまぁ実家であるヴィクター男爵家所属の騎士たちのガバガバ脳筋感を思い出せば、そういうことを考える騎士がいてもおかしくはないと思うが……うーむ。

 俺が考えている間にもあれこれとイリシアとエミリーは騎士の文句を言い募る。功績、金、出世、俺たちが倒したと思われなかったなどなど。

「とはいえ、相手の頭が悪い前提で考えるのはよくないな」

 何か企みがあるのかもしれない。

 子供相手だからあの糞騎士は調子に乗っている、と考えるには少し以上に不自然な気配があった。

 衛兵隊長があれだけ萎縮していた俺相手に問答無用であった件。目端が利かない馬鹿だったなどとは思わない。

 盗賊頭を前にして同情的だったスパイ衛兵の件もある。この子爵領は何かおかしい。

 表面的ではなく、深い部分に何かあるのかもしれない。


 ――が、そんなことはどうでもいいのだ。


「ここで引いてもいいが、同じことがあったときにいちいち引いてたらどうにもならんな」

 手間暇かけて盗賊を捕縛して連れて行ったのに、賞金はもらえなかった。救出した人間の引き渡しの身代金もだ。

 加えて食料に奴隷と、最優先の目的たる買いたいものも買えなかった。

 盗賊たちから物資は奪ったが、それだって汚らしい盗賊のものだ。

 なお回収したのは生活用の魔道具や盗賊頭の武具に金や宝石なんかだ。奴らが蓄えていた食料なんかには手をつけていない。

 なんとか回収したのは、せいぜい未開封の酒ぐらいのものだが……俺もメイドも酒はあまり飲まないからな。

「それで、どうするんですか?」

 散々に悪口を言ってもまだ溜飲が下がっていないのか不機嫌なイリシアの言葉に俺は間髪入れずに答える。

「子爵を脅す。あの騎士は殺す・・


                ◇◆◇◆◇


 カノータス子爵家当主であるブリキ・カノータスは騎士グロスが齎した、その報告を聞いて眉を顰めた。

「ゴーレムが大軍で領都に迫っている、というのは?」

「……見たまんまです。どっかの貴族のガキがゴーレム率いて子爵領に迫ってきてるんですよ。子爵、迎撃の許可を!」

「子供ォ? それは話し合いでどうにかならんのか? 盗賊の件もある。騎士の損耗はまずい」

 はぁ、という子爵の深い溜息。領地に居座っている盗賊のために彼は最近よく眠れていない。顔には苦労が刻み込まれている。

 なおその盗賊自体は捕まっているが、子爵にその連絡は来ていなかった。

 子爵の前にいる騎士グロスが連絡を差し止めているのだが、その騎士グロスも表情に焦燥を滲ませていた。まずいな、あのガキ、都市を攻めるなんて、そこまで考えなしだとは、なんて考えている。

 ガキが連れてきていたゴーレムへの警戒と、市壁の下に放置すればクロスボウで遠距離から殺せると思ったから都市内のあの取調室で殺さずに追い出したのだが……これならあの場で襲いかかればよかった。

 剣なら確実に殺せたはずだ、そんな後悔をしながら子爵に、攻めてきたゴーレムを撃退する許可を得るべくもう一度騎士グロスは進言した。

「まぁまぁ子爵、世の中のルールもわかってないクソガキ相手に話し合いは不要です。ゴーレムに街道を封鎖されたらただでさえ盗賊騒ぎで減っている商人が本当にいなくなっちまいますよ。騎馬でひと当てして大人のやり方って奴を教えてやりますんで、どうか出撃の許可を」

「待て待て、まずは話し合いだ。どんな要求か聞かなければ。だいたい貴族の子供がゴーレムを操るというが、どんなゴーレムなんだ? 数は? 大きさは? 強さは?」

 子爵が詰め寄ってくるが騎士グロスからすればあんなことをした以上、話し合いもクソもない。

 現在進行系でゴーレムの軍団は領都へ向かって歩いてきているのだ。迎撃しなければならない。

 なお、攻めてくるゴーレムは巨漢の男と同じぐらいの身長のものが百体ほどだ。強さは戦ってみないとわからないが、魔道具であるなら性能はそこまで高くないはずだった。

(鎧袖一触だろ。生意気なクソガキめ)

 数は多いが、騎士の自分たちにとって敵ではないと騎士グロスは考えている。

 騎士グロスはあの貴族のガキレオンハルトがゴーレムを生み出したなんて考えない。ゴーレム軍団を生み出して運用する。そんなことができるのはおとぎ話に出てくるような伝説の魔法使いぐらいのものだからだ。だから自分の想像できる現実に、脅威の規模を落とし込んでいく。

 まぁ自分でも苦戦するかもと思われる盗賊たち。あれらをどうやって倒したのかはわからないが……金持ちのガキっぽかったので大量のゴーレム軍団で倒したんだろう。たぶん。

 確証のない、つまらない妄想でしかない判断だった。

 戦う前からの油断と敵への過小評価。騎士グロスの思考は、王都に近いために、領内の魔物討伐しか経験してない地元の世襲騎士のものだった。

 騎士グロスは国家間戦争に使われる本格的な魔法使いの部隊を見たことがない。

 見たことがあれば、情報を知っていれば、一台でも高価な魔道具ゴーレムを、軍隊規模で操ることの異常さがわかっただろう。

 騎士グロスの頭には、追い出した貴族のクソガキが元騎士が率いる百人規模の盗賊団を倒したとかの評価はあまりない。

 強敵で、難敵だが所詮盗賊だろう、という甘い予測が騎士グロスの中にある。

 元騎士というだけで騎士グロスは王国騎士団に所属していた盗賊頭の強さを低く見ていた。もちろん戦えば何もできずにグロスが一蹴されるぐらいに盗賊頭とグロスの間には強さの隔たりがあるのだが、そんなことは彼には想像もつかない話だった。


 ――そもそもグロスはまともに盗賊と戦っていない。


 それはグロスが子爵家を裏切っていたからだった。

 だから子爵家の騎士団を温存するだのなんだのと理由をつけて戦闘を避けていた。

 そして戦闘を避けたことで、とある人物の使者より賄賂を得ていた。

 そこにはこの子爵領の至宝にして、アクロード王国十四美女の一人である超絶人外美少女シエラ・カノータスを得るべく王都より放たれた陰謀が関係していたのだが――……ずんずん・・・・、という重量感のある巨大な音が聞こえてくる。それは百体規模のゴーレムが整然と歩くことで生み出される音だ。

 内心のみで舌打ちをする騎士グロス。とにかくさっさと出撃して、あの小僧の口を永遠に黙らせなければならない。

(くそッ、面倒事ばっかりだぜ。盗賊をほっときゃ金がもらえるって話だったのによぉ)

 捕まえた盗賊団はとりあえず子飼いの衛兵に監視させている。

 子爵にバレて話が大きくなる前に王都の使者とやり取りをしなければならない。

 治療して再び活動させるのか、新しい盗賊を連れてくるのかわからないが、黒幕は子爵領に、子爵領の軍事力ではどうにもならない脅威が居続けることが重要らしいからだ。

(あのクソガキめ。マジで取調室で殺せばよかったぜ。ゴーレムに暴れられたら面倒だったから防壁からクロスボウを撃ってやったのに、避けやがったし)

 だから今度こそ黙らせてやる。盗賊に関しては、なんだ、衛兵どもの集団幻覚ってことにすればいいだろ。ずさん・・・なことは自分でもわかっているが、露見すバレる前に盗賊は開放して追い出しちまえばいいんだよ、と騎士グロスは考える。

 自分より上役は子爵しかいない。その子爵には領内の武闘派である自分が強く言えば、盗賊に関しては虚報であると信じさせることができる。

 子爵が自分の目で見てない以上は抗弁すればなんとでもなる。地元出身の、平民の衛兵隊長がうるさいだろうが、所詮平民だ。他の衛兵のように金をくれてやったり、家族と出世を人質にとればなんとでもなる。

 まずは、あのクソガキを殺さなければ。

「な、なんだかすごい音がしているのだが」

 巨大な音にビビっている子爵。ビビリのクソ雑魚が、とグロスは思った。

 モンスター退治してれば大きな音を出すモンスターぐらいたくさんいる。たいていはビビらせることを目的とした、大きな音を出すだけのモンスターだ。あのガキがゴーレムの足音を増幅させているのだろうとグロスは当たりをつけている。

 とはいえ、バカ正直に言う必要はない。子爵がビビったなら決断を迫るだけだ。

「ゴーレムどもが迫ってきてます。子爵、ご決断を」

 正直ここでこんな話し合いをしているのが無駄だった。あれこれ聞いてくるなら、防壁の上に行けばいい。上から見れば何が迫ってくるかなど、ひと目でわかるので話が早いだろうよ。

 だが、子爵は館から動こうとはしない。

 これでも内政に関しては上等な部類なのだが、軍事になると子爵はからっきしだった。

(ちッ、面倒だぜ。早く決断しろよ)

 慌てた様子で窓の外をちらちらと見る文官肌の子爵は、苦手な軍事面を筆頭騎士のグロスに丸投げしていたために、軍事に関してはグロスのフリーハンドだった。

 王都と辺境の中間の立地のために、強力な盗賊団などはやってこないため、今まではそれでよかったのだ。

 普段の業務を遂行する分にはこの制度は都合がよかったものの……そのせいで簡単に軍を率いる経験すら子爵は積んでいないため、こうして危機的状況でも動きが鈍くてグロスは嫌な気分になる。

 なおグロスが勝手に出撃しないのは、子爵に責任を押し付ける必要があるからだ。

 あれだけのゴーレム相手の戦闘でもグロス自身は魔力持ちの騎士ゆえに負けない確信はあるが、戦闘の規模が大きくなれば流石に死人を出さざるを得ない。

 その責任を、子爵から出撃許可を正式にとることでグロスは子爵に押し付けたいのだ。

 騎士グロスは子爵の信任を背景に騎士団を掌握しているものの、だからといって全ての騎士が完全に従っているわけではない。

 子爵家騎士団の騎士は子爵家が代々地元の名士の娘に産ませた魔力持ちで構成されている。

 ただ、最近は、その中の一人であり、子爵令嬢シエラの幼馴染であるアレックスという若手の騎士が噛み付いてきてうるさかったのだ。

 やれ盗賊を放置するな、やれ真面目にやれ、やれ子爵に忠誠はないのか、などなど。

(そうだな。あいつを突っ込ませて殺しちまうかぁ?)

 グロスは組織を掌握しているが、戦士としての強さはアレックスの方が上だ。なんのかんのと年の功でいなしているが、グロスを越える戦闘の才能と、若さから来る向こう見ずのなさは脅威に思えてならない。だからこの機会に始末すべきと考えてしまう。

(いや……下手に殺すとまずいか)

 殺したら殺したでアレックスの実家がグロスの実家に文句を言うだろう。

 ただでさえ盗賊を放置していて地元連中からは文句を言われているのだ。これ以上評価を悪くすると筆頭騎士の座が危うい。

(ようやく小遣い稼ぎも終わりに近くなってきたってのによぉ)

 王都の使者からはようやく依頼主が腰を上げ、シエラとの交渉を始めるという話が来ていたので、もうすぐ盗賊はいらなくなるという話だったのに。なんともタイミングが悪い。

 そのあともなんのかんのと不安そうな子爵とグロスの話し合いは続いたが、本格的に都市防壁にゴーレムがたどり着いて、がつんがつんと都市防壁を削り始めると震え上がった子爵はグロスに出撃を命じるのだった。

(決断がおせぇんだよ!! 騎馬での機動戦で仕留められなくなっちまったじゃねぇか!!)

 内心の不満を隠しながら、騎士グロスは都市防壁を使っての防衛戦を行うべく、配下を率いて出撃した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る