012 転生者、馬鹿にされる


「ごきげんよう、シエラ様」

「ごきげんよう、ミリシア様」

 王都にある貴族学園の廊下を、カノータス子爵家の一人娘、シエラ・カノータスが歩いていた。

 シエラ・カノータスは金髪碧眼の美少女であった。それもとびきりの。大陸一といっても良いぐらいの。

 学園にいる多くの令嬢よりも明らかに美しい少女の姿に、同じく廊下を歩いていた男子生徒たちは目を奪われる。


 ――学園の日常であった。


(全く、困ったものね……こうも注目されると居心地が悪いわ)

 子爵家の娘であるシエラとしては高位の貴族男子にまで注目されるのはあまり嬉しくはない。家の力はそう強くないために何かを要求されても断る文句を考えるのが面倒だからだ。

 そんな、自分が他よりも特別に美しいことを自覚しているシエラは、もう少し地味目の美人に生まれたかったと、持つもの特有の傲慢さを内心で懐きながら、姿勢良くすたすたと廊下を歩いていく。幸いにも今日は誰からも何かを要求されることはなかった。

(はぁ、家は無事かしら?)

 完璧な美貌を持って生まれてきたシエラには最近特別に大きい悩み事があった。

 カノータス子爵領の領都カノータス近辺に自家の騎士団では対処不可能な、強大な盗賊団がやってきたのだ。

(父は……領民は……どうしているのかしらね)

 カノータス子爵領は、けして豊かとは言えない子爵領だった。

 そんなところに元騎士が率いている、百人規模の盗賊団がやってくるなどけして有り得てはならない事態だった。

 しかもその大盗賊団はずっと居座っているのである。

 村をいくつか潰して、そのまま盗賊団は次の獲物を見つけるべく子爵領より消えるかと思えば、居座って山を拠点化してしまったのだ。

 これにはカノータス子爵も悲鳴を上げるしかなかった。

 なんら特産品も、強みもないカノータス領。所属騎士団の仕事と言えば領内に発生したそこまで強くない魔物退治ぐらいだ。

 もちろん、そんな騎士団が強くなるわけもなく、強大な盗賊団を討伐することなど不可能だった。

(どうすれば……解決できるのか。いえ、わかっているのだけれど)

 今まで強くも豊かでもない領地を差配する父たる子爵の自慢にして悩みと言えば一人娘のシエラぐらいのものだった。

 美しく、賢く育ちすぎたシエラの嫁ぎ先。それをどうしようかと悩むのが父たるカノータス子爵だったはずなのに、巨大な災厄が自領に居座ってしまって、子爵は毎日胃を痛めるしかない。

 シエラはそんな父のことを、学園生活を送りながら心配することしかできていなかった。

 しかし状況は切迫している。これ以上盗賊が居座れば子爵領は財政難で滅ぶというところまで来ている。

 シエラは身体を張らなければならなかった。

(私とて貴族の娘なのだから家のために身体を差し出すぐらいは別にいいのだけれど)

 それでも困難な仕事を押し付けられた、とシエラは唇を噛み締める。

 子爵家当主よりシエラが命じられているのは、半年前から子爵領を荒らすようになった大盗賊団をどうにかすべく、学園で高位貴族の子弟から援助を引き出すことだ。

 とはいえ、素直に助けてくれと泣きつくのは難しい。

 カノータス子爵家の領地は王都寄りにある、文官系貴族だ。

 当主は自領で内政を行っているものの、叔父や兄などの親族が王都で文官をやっている。

 そんなカノータス子爵家がバカ正直にも、強い騎士団を持つ軍閥系貴族にすがってしまえば、王都での子爵家の立場が悪くなる。

 自家の立ち位置、そのあたりの兼ね合いをシエラは考えなければならない。

 いや、討伐してくれるならそれでいい。

 最悪なのは約束を履行してくれない場合だ。


 ――約束を、守らせる実行力をカノ―タス子爵は持たない。


 そもそもが軍閥系貴族は文官系貴族を柔弱だと嫌悪している。

 シエラがそんな軍閥系貴族に身体を差し出したとして、散々に楽しまれた挙げ句にそんなことは知らないと言われてしまえば終わりであった。

 ゆえに、身体を差し出すにしてもまずは盗賊団を討伐してもらうことが先だ。

 それに差し出し方も考えなければならない。

 貴族令嬢として結婚まで純潔は守らなければならないものだが、シエラもそれは諦めていた。

 ただ、誰も手を出したことのない美しいシエラというブランドを守らなければ、交渉に失敗した場合の、次の交渉の機会が失われてしまうのだ。

(自分を売るなら……高く売るのは当然)

 シエラは交渉相手の顔をいくつか浮かべながら考える。

 それに危険なことは他にもある。

 賊を討伐した騎士団がそのまま子爵領に居座る危険性についてだ。

 下手な相手に縋ってしまえば、治安維持を名目に、そのまま自領を乗っ取られる危険性が増大する。

 ゆえに、シエラは相手を慎重に見定めて交渉しなければならない――のだが。

 ここ最近の交渉は散々だった。カノータス子爵領に盗賊団が居座っていることはすでに多くの貴族子弟が知っており、軍閥系の高位貴族の嫡男などがシエラが妾になるなら子爵領に騎士団を出してやってもいいと居丈高に宣ってくる始末である。

 いや、本当に倒してくれるなら側室でも妾でもいいのだ。

(だけど……あの連中の目)

 シエラは男たちを思い出して憂鬱になる。

 嫡男たちにとりあえずお前を味見・・させてみろと衆人環視の状況で直接言われたときは全身に鳥肌が立ってしまい、断るのに苦労した。

(あれは、私の身体を弄ぶだけ弄んだあとに大したことなかったと言って約束を反故にする目だった)

 それでも、ああいう連中となんとか書面で契約を交わし、討伐のための騎士団を出させなければならないのだ。

(ええ、そうよ。頑張っているのは私だけではないのだから)

 城内で働く叔父や兄もなんとか王都騎士団を出せないか要路に働きかけていると聞く。

(それに、今回の交渉相手は、今までとは違う)

 今から向かう先で待つ人物を思い出し、シエラは期待に胸を踊らせる。

(将来は王太子殿下を軍事面で支えることになる第二王子殿下、か)

 嫌な目で自分を見ていたことのある人物だが、その立場ゆえに第二王子は約束事を破れない。

 勢力を持たない、ただ高位貴族であるだけの相手ならばシエラの身体を楽しんだ挙げ句に、そんなことは知らないと言うこともできる。

 だが第二王子は違う。

 貴族をまとめる王家の王子。それも政治的に王太子の下である第二王子がそんなことを言い出せば、配下の離反を招きかねないだろう。

 そう、ゆえに第二王子を動かせれば、高い確率で家は助かる……かもしれない。

(今日の交渉ですべてが決まるとは思えないけれど、なんとか次の交渉に繋がる――)

 そこまでシエラが考えたとき、背後から素早く駆け寄ってくるメイドに、シエラの足は止まる。

「あら、レイラ? どうしたの?」

 側付きメイドのレイラだ。シエラに負けず劣らず・・・・・・の美しい容姿をした美少女メイドである。

「お嬢様……ご実家から至急中身を確認するようにと」

「お父様から?」

 幼馴染の傍付きメイドの言葉にシエラは差し出された手紙を受け取り、悩む。

「あの、今から交渉があるから後でで――」

「今すぐ開封するようにとのことです」

 有無を言わさぬ口調にシエラの表情が固まる。レイラ? と問いかければ焦ったようなメイドのレイラが言葉を重ねる。

「手紙を持ってきたのは、子爵領にいるはずの騎士なのです。子爵領で問題が起きているのかもしれません」

 そこまで言われれば、シエラとて確認するしかない。

「――わかったわ」

 領地の変事が起きたとして、それを知らずに交渉を行い、王子側がその情報を知っていれば交渉は困難になるかもしれない。

 そんなことを考えたシエラは空き教室を見つけるとそこに入る。

 メイドのレイラが扉の前に立ち、誰も入ってこないように扉を守る中、シエラは手紙を開いた。そうしてその内容を読んで、驚愕を表情に貼り付けた。

「うそ……盗賊が討伐された?」

 散々悩んだ問題があっけなく解決したことに驚き、そのあとに書かれた内容に、更に驚愕するのだった。


                ◇◆◇◆◇


「騎士グロス! こちらの方が盗賊団を捕獲してきた魔法使い様です」

 衛兵隊長が詰め所に戻ってきた俺の前に連れてきた騎士は、取り巻き数名を背後に連れた巨漢だった。

「ほう、こいつ・・・がか?」

 いきなりの言葉に衛兵隊長が顔色を悪くする。

 衛兵隊長は俺が大量のゴーレムを率いていることを知っているからだ。俺が気分を害して暴れた場合を考え、顔色を悪くした。

 だが、巨漢の騎士は知らないようで、いきなりのこいつ・・・扱いだ。

 無論、クソを煮詰めたような実家生活がある。こいつ扱いは慣れてるが、初対面の相手に言われるとは思わなかった。

 あまりの失礼さに言葉を失い、黙り込んだ俺を見てビビってるのかと思ったのか、騎士グロスはにやにや笑い出す。

「おいおい、冗談言うなよ衛兵隊長。こんなガキにそんな大それたことができるわけないだろう。ったく、衛兵隊長は盗賊が怖すぎて幻覚でも見ちまったかぁ?」

 衛兵隊長の肩をバンバンと力強く叩きながら、騎士グロスが馬鹿にしたように衛兵隊長をからかう。そうして俺を見て「こいつにゃ無理だろ」と鼻を鳴らして馬鹿にする。

「ああー。なんだ? で、お前が外のゴーレムを操ってるなら、拘束してる盗賊どもを解放してほしいんだがな?」

 しかも馬鹿にした相手に要求する始末。って、俺がゴーレム操ってるの知ってるってことじゃねぇかよ。

「ちッ……先に賞金を渡せよ」

 俺のゴーレムを見てこの扱いなのか?

 力の差がわからないのか?

 魔法使い=貴族みたいなもんじゃないのか?

 まいったな、この世界での人生経験の少なさに俺は自分がどう扱われているのかよくわからない。

(あー、わからん。わからんが、なんか敵意を持たれてることはわかるんだがな)

 直感が騎士グロスがなんらかの意図を持って俺を傷つけようとしていることはわかる。いや、いいんだよ別に。この程度の扱いはな。強者扱いとか貴族扱いされたいわけじゃないからな。

 俺はな。金がもらえて、食料品が買えて、奴隷商人と取引できればいいんだよ。

(ぶっ殺してぇ……けど、我慢我慢)

 強い力を得て、物事の本質を見失ってはいけない。あんまり暴力的に過ごしているとメイドたちもビビッてしまうだろう。家庭内がそんな調子だと困るよな。嫌われたり、恐れられたいわけじゃないんだ。

 そんなことを考えつつ、我慢して賞金を待ってやっていれば騎士グロスはいいや・・・、と俺を睨みつけた。

「盗賊どもの解放が先だぜ。金渡すんなら全員の顔を確かめてからだよ。これがこの領地のルールだ」

「……衛兵隊長、それで賞金はもらえるのか?」

 話にならない。衛兵隊長に話しかければ騎士グロスが「おらぁッ!!」と大声を上げる。

「衛兵隊長、じゃねーんだよガキが。さっさとしろ。金持ちのガキが魔道具か何かでゴーレムを操って調子に乗ってるようだがな。室内で騎士と対面してるってことに気づけよ。俺ァ剣でてめぇの首を落とせる距離にいんだぞオラ」

 言われて気づく。騎士グロスは剣の柄に手を掛けていた。彼が連れてきていた背後の騎士たちも同じく俺に敵意を向け、武器を構えている。

「レオンハルト様。なんか空気悪いですね」

「盗賊退治はいいことのはずなんだけど?」

 イリシアとエミリーが怪訝そうな顔で騎士たちを見る。

 俺もそうだがレベル100の二人は騎士たちを脅威に思っていない。

 もちろん彼女たちの外はともかく中身は村娘のままだ。戦闘経験のない彼女たちが騎士に剣を向けられたなら、怯えるのが普通。

 だがレベルは暴力そのものだった。メイドたちはレベルが上がり、身体能力に加えて精神も強化されたのと、ミスリル鋏でなければ糸も断ち切れない素材で作られたメイド服を着ているために、騎士たちを脅威に思うことが難しかったのだ。

 ゆえに俺たちは全く平気そうな顔をすることしかできなかった。

 そう、装備も特別なのだ。イリシアたちに着せてるメイド服は子爵家の騎士が持つ剣で斬れるようなものはない。斬られてびっくりはするだろうがな。

 ちなみに、彼女たちに着せているメイド服は、長袖、ロングスカート、手袋、森に出現する首斬り兎対策に首も防刃能力を持つ布で覆われているので、髪と顔ぐらいしか露出していなかった。なお顔は無防備なのは、傷つけられる前に俺がなんとかできるからである。

 それに、美少女の顔眺めて暮らした方が健全だろ?

「面倒だが……まぁ、騎士様がそこまで言うなら解放するよ」

 っていうか奴隷商人いつ来るんだよ、と思いながら俺は指を鳴らす。

 これで外の拘束ゴーレムから盗賊が解放されるだろう。ついでそのゴーレムたちはゴーレムインベントリに収納しておく。

 ざわめきが聞こえてくるものの俺はさぁ早く金寄越せ、というように騎士を見る。

 にやにや笑った騎士グロスは「んじゃ、渡してやるからついてこいよ」と俺に立ち上がるように命令してきた。

 絶対こいつ渡すつもりないだろ、と俺は内心のみで嘆息しながらついていく。

 実力行使に出ないのは、ここで脅して賞金を奪ったら、強盗になるんじゃないかという倫理的問題について考えているからだ。

「ねぇ、レオンハルト様。あいつ絶対に賞金渡すつもりないわよ」

 エミリーがふざけんじゃないわよ、というような表情でこそこそと言ってくる。

 それに対して「まぁ、成り行きを確かめてみようぜ」と俺は言葉を返す。

 あーあ、騎士グロスが俺に攻撃してくれれば反撃で殺し返すとか、そういうのが成立するのになぁ。


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