011 転生者、盗賊を売り払う
「
頭の悪い報告に、カノータス子爵領、領都付近を根城にして、百名強の盗賊集団を纏めている男は嫌そうな顔をした。
「変なやつってのはなんだ? てめぇは、もっとまともに報告をしろ」
報告した部下が申し訳無さそうな顔をする。そんな部下の隣には、地道にテイム技能を鍛えさせ、レベルアップでスキル『テイム』を獲得させた別の部下がいる。
その部下が慌てたように口を開いた。
「その、変な奴が急に、痕跡もなく俺らが拠点にしてる街道の方に現れたんスよ。主要街道じゃなくて、寂れたの街道です。俺らに近い方。それも途中の鳥や獣の目を逃れて」
痕跡もなく現れた? 転移魔法か? と元貴族の盗賊頭は頭に浮かんだ考えを即座に否定した。
転移魔法は高等魔法だ。そんなものが使えるのは王宮に使える賢者や大魔法使いぐらいのものだろう。
億が一の幸運でスキル授与で固有スキルとして転移魔法を得た人間の可能性もあるが、そんな奴がふらふらと出歩くわけがない。そういう奴は王家か大貴族のお抱えになる。
(じゃあ、王家が子爵領に来たのか?)
王家には転移魔法が使える貴重な魔導具があるとも聞く。それを使ったのか?
考えてから、わからないな、と呟く。王家なら王家でなぜ直接子爵家に転移しないのか。
主要街道筋でないのもおかしい。なんでこんな寂れた街道を使う。盗賊たちだってアジトがなければ利用しないような位置だ。
じゃあ、裏組織の人間か? 子爵領を荒らしている自分たちを勧誘に来たとか? そこまで考えたところでテイマーの男が顔を顰めた。
「ああッ!? 監視用の鳥と鼠が殺されました。襲ってきたのは……これは、犬? いや、違う。犬じゃない。ゴーレム……?」
そこでいきなり頭を抱える部下。「待て待て待てやめろやめろやめろ殺すな!! 殺すな!! 殺すなよ!!!!」察するに、テイム済みの魔物や動物が次々と殺されていっているらしい。
テイムには配下の獣との信頼関係が重要だ。使い捨てる鳥だの鼠だのにも毎日話しかけている姿を知っている頭としては同情するしかないが……それよりも問題は、信頼する部下の警戒網が次々と破壊されていることだ。
(――違う、殺されるのが早すぎないか? やばい相手じゃないのか?)
この盗賊団は散々に子爵領を荒らしてきた。本当はもっと別のところに行く予定だったが、信頼する部下が、ここらは強い騎士もいないし、休暇代わりに居座って少しの間、休もうと言ってきたために、この土地を選んだのだ。
休暇は必要だった。盗賊頭は自分の盗賊団を大きくするために休まずに働いてきた。多少は休んでもいいかもしれない、と思ってしまった。
だからここ半年で、ほどほどに周囲の村や街道から人を攫ったり、女を奪ったりしてきた。酒で酔っ払ったときは勢いで村を二つほどまるごと潰したこともある。男は殺して、女は犯して、子供は売り払った。あんまりにも酷いことをしすぎている自覚はある。地獄があるのなら落ちるのはわかっている。
だが相手は平民だ。どうでもよかった。良心も疼かなかった。
盗賊頭は、もともと貴族だった。王都で騎士をしていた。同僚の嫉妬から冤罪で騎士身分を剥奪されるまでは、優秀な騎士として隣国や獣人部族相手の戦争でも活躍した。
だから子爵領程度の騎士団ならば余裕で相手ができた。なるほど? あの弱腰騎士団が到頭本腰を上げてやってきたのか? だがこんなに強いはずは――。
盗賊頭が敵戦力の考察のためにそこまで考えたところで悲鳴が近くから聞こえてくる。ありえん、もうアジトの前に来たのか。
幹部の盗賊が頭の部屋に向かって走ってくる。「襲撃! 襲撃です!!」報告が即座に来る。
頭は壁に立てかけていた剣を手に取った。テイマーの男は頭を抱えて蹲って泣いている。
「侵入者か!? 防壁はどうした!? もう破られたのか!?」
「い、犬です! 犬型のゴーレムが、防壁の隙間から穴を掘って!!」
「犬型だァ!? まずいじゃねぇか!!」
伐採した木材で作った壁や柵はあるが、そもそもが人の軍隊を想定したアジトである。犬型ゴーレムのようなものは想定していない。
慌てて指示を出そうとするも、聞こえるのは悲鳴ばかりだ。
(獣型ゴーレムはまずいぞ)
周囲の木々は伐採し、草も引き抜いて、周辺の見晴らしは良くしていた。だが、獣の速度で駆け寄られて、そのまま壁に取りつかれ、ガシガシと穴を掘られ、狭い隙間から犬型ゴーレムの細い身体で入ってきたならば――(いや、やはり早すぎる! 王都の国軍の魔術師部隊の援護付きか!?)――盗賊頭はそう推測するが、実際は土魔法を付与された犬型ゴーレムが魔法を使って即座に穴を空けたためにノータイムで侵入されている。敵は頭の予想の数段上の難敵だった。
盗賊頭は鎧を従者に手伝わせて着ながら、部屋から出ようとする。
本当は鎧を着る手間が惜しかったが、国軍の魔術師がいた場合、平服で出たら魔法で何もできずに殺される。
ゆえに魔法耐性のある家宝の鎧を着ての遅めの出撃だった。
――そうして、顔を引きつらせた。
アジトの入り口広間に、足の千切れた配下たちが転がっている。全員息があるが、背後から現れた筒みたいなゴーレムに次々と取り込まれて拘束されていく。
ありえないと呟く。こんなあっけなく、時間もかからずに、自分たちが全滅するだと。
出払っている数名を除いても、百名はいる大盗賊団だぞ。自分を含めて、幹部には金貨での賞金だってかかっている。
そんな自分たちが何もできずに、倒されている。ありえない。幹部の多くはレベル20オーバーの猛者たちだ。神授の儀を受けてない、魔力のない人間でもレベル20で獲得できる固有スキル持ちだっているのだ。それがゴーレムごときにだと。
頭は知らない。
自分たちを襲った魔法使いが、レベル200オーバーの超越者であることを。
そんな魔法使いが片手間に作り出すゴーレムの一体一体がレベル100相当の戦力を持つことを。
剛力スキルを持った豪腕の盗賊や、魔法が使える元従者の盗賊たちが必死に抵抗するが、どんな攻撃をしても、鉄並の硬度を持つ土製ゴーレムたちは攻撃を弾き返し、盗賊たちの片足を次々と斬り飛ばしていく。
「ふ、ふ、ふ、うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ゆえに、ありえない悪夢を否定すべく、大剣を手にした、元騎士であるレベル40の盗賊頭は、叫び声を上げながら犬型ゴーレムへと斬りかかるのだった。
◇◆◇◆◇
街に到着した俺たちは即座に詰め所へと案内された。
「あの、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしくないな。ちょっと急ぎなんで……あー、待ってる間にこの都市でも一番の奴隷商人とか食料品の店主呼んでもらっていいか?」
は、はい、と都市の衛兵隊長が部下を走りに行かせる。
どうにも捕まえて街まで引きずってきた盗賊が大物だったのと、それらを拘束している、俺が操っているゴーレム百五十体が警戒を呼んでいるらしい。
出されたお茶に鑑定を掛けて、毒物が入ってないことを確かめてから俺はそれに口をつけた。
「で、賞金はすぐに出せない?」
「い、いえ、出せます。ただその、先に子爵様に連絡を、ええと――」
困った顔の衛兵隊長にイリシアが「この方はレオンハルト様です。家名は明かせませんが、
察しくださいがどのような意味かはわからないものの、絹糸よりも艷やかな紳士服を着た、偉そうな十二歳児というだけでどこぞのお貴族様にでも見えるのか、衛兵隊長は貴族相手にするようなへつらい顔で俺を見る。
なお俺が着ている紳士服はここに来る前に拠点で作成した魔物の蜘蛛糸で作った服だ。素材の質こそ一流以上だが、デザインが地味めの衣装。それでもたぶん金持ち貴族に見えていると思う。
「ふぅん、まぁいいや。とりあえず俺が連れてきた、盗賊に捕まってた人間で礼金が出せる奴は解放して、残りは子爵殿におまかせしようかな」
「は、はい。人数分の礼金は子爵様から出ます。不明な人間も奴隷商で値段がつきます」
なお領民は財産だから、こうやって捕まった人間を連れてくれば子爵様が金を出してくれるのである。
ちなみに、この子爵様から俺に出る礼金は捕まっていた領民にとっては無料ではない。借金になる。
だから自分で出せる奴は出した方がいい。家族に連絡できる奴はそうしているだろう。
(助かったんだから、借金ぐらい……ってわけにはいかんだろうなぁ)
盗賊は拘束したが、それ以外にも俺は人を連れてきていた。
盗賊のアジトにたくさんの女性や少数の男が捕まっていたのだ。
なので全員回収して、全員引き渡している。
捕まった中にお約束みたいな貴族の令嬢やエルフの女奴隷はいなかった。いたのは行商人の妻や領民の女、体格の良い男性奴隷に美人な女性奴隷だけだ。
ちなみに奴隷を回収しても、すぐに俺のものにはならない。まずは所有者の確認が先だ。
そう、正式な所有者がどこかにいる場合もあるので、勝手に持ち帰ったり、奴隷商人に売り払ってはいけないらしい。
所有者がいて、取り戻したかったら俺に礼金が払われることになる。
奴隷はこの世界では資産だからな。盗品を回収したなら確認が行われるのは当然のことだ。
ここで無視して奴隷商会を敵に回したくないので、俺としては従うしかない。
このときに所有者が名乗り出てこない場合は俺のものにできる。
とは言っても俺が欲しい奴隷は、盗賊たちの所有物の中にはいなかった。
盗賊が散々遊んだ女奴隷や、散々にいじめ抜かれた男性奴隷など精神状態を元に戻すのに時間がかかりすぎるからだ。
連れてきた奴隷は中古というか、故障車みたいな値段で奴隷商人に売り払って、新品奴隷を買う予定である。
物語の主人公みたいに同情して俺がなんとかしなきゃ――みたいなことはしない。
この世界でこの程度の悲劇はありふれているし、鑑定スキルで全員確認したが貴重なスキル持ちとか謎の背景持ちとかいなかったことは確認済みだった。
「あ、あのぅ」
衛兵の一人が俺を見て、「あの、盗賊の拘束を外してほしいのですが」と言ってくる。平民が貴族にお願いするなど殺される場合もあるため、慌てた衛兵隊長が衛兵に「勝手なことをするな!」と怒鳴ってから俺についてくるように言ってくる。
連れてこられたのは衛兵用の訓練場で、そこに俺は盗賊を取り込んで拘束しているゴーレムを並べていた。人相を確認していた衛兵が俺たちに気づいて駆け寄ってくる。
「魔法使いの方ですか?」
子供の姿の俺を見て怪訝な顔をするが、衣服の質で貴族だろうと
「ああ、それで解放するのはどこのどいつだ?」
ちなみに、ゴーレムで拘束した盗賊たちは、薬物試験のために魔の森の薬草で作った中強度麻痺薬を注入してあるから解放しても問題はない。
「こいつと、こいつですね。尋問するのに必要なので」
ふぅん、と俺は盗賊の、頭と思わしき男と俺に解放を要求してきた衛兵を見る。血縁ってことはなさそうだが、どうにも頭を見る顔に心配の色が見える。おやおや、この衛兵、街の中にいただろう盗賊の内通者かな?
「衛兵隊長、解放してもいいのか?」
隊長は貴族っぽい俺と接しているために緊張しているのか、部下の衛兵の様子に気づいた気配はない。
まぁ俺の洞察力はレベルの暴力で人外の域だからな。未来視や読心に近いレベルだ。ただの衛兵隊長じゃあ気づけなくても仕方ないか?
「え、あ、はい。お願いします」
困惑した様子の衛兵隊長は部下に本当に必要なのか問いただしてから俺に向かって頭を下げてくる。
(解放ね。了解)
隊長の返答を聞きながら、俺はゴーレムの内部で頭ともうひとりの幹部格の手足を切断し、傷口を丹念に潰してから回復魔法で塞いでおく。
部位欠損の回復魔法は教会でも手錬れの司祭以上でしかできないし、これでこいつらが謎の理由で逃げ出してもこれで領民の脅威にはならないだろう。
もっとも罪状からすれば、どうせボスと幹部は処刑だ。
そうしてボスを解放すれば、領主館から賞金を渡しに騎士がやってきたという報告を受け、俺たちはまた詰め所に移動するのだった。
――背中に、解放された頭と幹部を見た衛兵から、恨みの視線を向けられつつ。
ちなみに、面倒だからスパイの存在など報告しない。
子爵領の衛兵と、この盗賊の頭の間に何があったかなど俺は興味がない。
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