005 転生者、転生者であることがバレる
蜘蛛タイプの大型ゴーレムに乗って移動する魔の森の旅は快適なものだった。
その中で少しだけ疑問が湧いてくる。
(魔力の回復が早すぎるな。皆が言うレベルアップってのが、これなのか?)
基礎教養をほとんど学んでいない俺にとって、この世界で体験することの多くは初見の出来事だ。
――レベルアップに伴って増大する俺の魔力によって、ゴーレムは次々と生産されていく。
俺は理論的には、土さえあれば無限にゴーレムを作れるが、無限にゴーレムを維持できるわけではない。
イメージ魔法の多くは、維持に魔力を多く使う。ゴーレム内部の光魔法、燻製を作るための火魔法や風魔法。ゴーレムを作っている土魔法もそうだし、そのゴーレムを動かすためにも魔力を使う。親父の魔力は知っているが、親父であればゴーレム一体を維持するのがせいぜいだろうか。
俺も、人外の魔力はあったが、それだってせいぜいが親父が百人とかそのぐらいのものだ。
しかし魔物を倒し、レベルアップし続けることで俺の時間単位の魔力回復量は増え続け、動かし続けることができるゴーレムの数は増えていく。
ぎゃーす、がーす、と獣の声が聞こえ、どかんばかんとゴーレムがそいつらをぶっ殺す音が俺たちの周囲には響いている。
燻製ゴーレムが発する匂いに誘われ、やってくる獣型モンスターや亜人型モンスターを重機型の巨大ゴーレムたちが狩っていく。
死体が生まれれば、自走する解体テーブルゴーレムが死体を自分の上に乗せて、その解体テーブルゴーレムに大量の解体ゴーレムがやってきて大型石包丁やハンマーで骨や皮や肉に分けていく。
素材に分けられたら解体テーブルゴーレムはそのまま内部に棚を作って、素材を種類別に収めてこの軍団の後についてくることになる。
どんどん素材が貯まっていく。ゴブリンやコボルドはともかく、獣型魔物には捨てるとこなしだった。
毛、皮はもちろん、肉は食料、目玉や脳、内臓は錬金術の材料に、魔石は魔道具の燃料や魔法研究の素材、骨は武具や家具に、糞ですら魔法的な処理を施すことで肥料や火薬に加工できるのだ。
まぁ錬金術とか俺使えないけど、適当に煮たり焼いたり混ぜたりすればなんとかなるだろう。
そんなことを考えつつ、併走する解体ゴーレムを蜘蛛型ゴーレムの中から見れば、ゴーレムに撲殺された大型の豹のような怪物である風豹が解体テーブルの上で解体されているところだった。
(うーむ、ゴーレムの数が足りないな)
蜘蛛型ゴーレムの内部から外を見ていた俺は魔力を練って更にゴーレムを作成する。
解体テーブルゴーレムが更に生成されていく。二百体を越えるゴーレムの大所帯。既に部隊ではなく、軍といった様相のゴーレム軍団の中心に俺たちはいる。
「レオンハルト様。あーん」
赤髪巨乳美少女メイドのアシュリーにあーん、と剥かれて一口サイズに切られたフルーツを差し出されたので大口を開けて食べれば、水々しい果汁と甘みを含んだ果肉が舌の上で味を主張する。
「レオンハルト様、お味はどうですか?」
「うーん……おいちい!」
「そうですよね。私も食べましたけど、ほんと美味しいです」
本当に美味しい。この果実が生っていた木は根から掘り起こされて、今は後方のゴーレムが担いでいる。
拠点ができたら植樹するのである。
蜘蛛型ゴーレムに設置された窓から外を眺めているイリシアが「こんなすごい魔法使いのレオンハルト様を追い出したヴィクター家はきっと後悔する」なんて言っているが、俺としてはどうでもいい。
「イリシア、あんまり気にするな。あの家は、まぁそんな長く保たないよ」
当主であるノーマンは、なんだかんだと蛮族の族長的な性質もあって、部下から慕われているが、息子で長兄のヴィクターは母親であるアレクシアの影響を受けすぎている。
俺が見る限り、当主たるノーマン自身は剣術スキルを誇り、その継承こそが当主に必要だと言っているが、その実、統治に際して剣術スキルをほとんど使用していない。
あの男の本質は、その身に纏う
あの男は獣を殺すのに剣を用いない。素手で獣を殺し、自らの残虐性を部下に示すのだ。
その本質をシヴィルは受け継げていない。シヴィルは意地悪で、暴力的だが、それだけだ。それだけなのだ。俺はシヴィルを見てイラつくが、ノーマンに覚えていたような恐怖は感じない。
シヴィルを殺すことは可能だったし、奴ならば何もできずに死んだだろうが、ノーマンはそうじゃない。ノーマン・ヴィクターであれば俺が奴を殺そうとすれば、刺し違えてでも俺を殺しただろう。
――
今の当主であるノーマンを始め、歴代の当主が内政能力をどうにかするために妻たちを王都から迎え続けてきたせいで、性質が文官に寄りすぎているのかもしれない。
もちろんそれを抑えるためにノーマンは兄の婚約者を近接する領地から迎えるようにしたらしいが、アレクシアの影響が大きすぎるために、兄の婚約者ではどうにもならないだろう。
だからヴィクター領は終わる。魔力のある貴族とない平民では虎とネズミ程度には戦力が違うが、貴族の数は少ない。
ヴィクター領の幹部には平民も多い。重要な手足である平民が上を侮るようになれば、領地の荒廃は避けられなくなるだろう。
領地が荒廃すれば、貴族の戦力を維持するだけの力がなくなっていく。力が落ちれば盗賊だの魔物だのに領地は食われていく。最後には王都から官吏が来て、ヴィクター領の没収になるだろうか。
「それよりイリシアこっち来い」
青髪美少女メイドであるイリシアの胸は平坦だが、腰回りの感触は最高である。俺はイリシアの腰を横抱きにしながら、アシュリーが差し出してくるフルーツをもぐもぐと食べて、そうしてからイリシアにもフルーツを食べるように命じる。
「なぁ、去った場所がどうなるのかよりもこれからのことを考えようぜ」
何がしたい? と問いかければ、もぐもぐとフルーツを咀嚼して飲み込んだイリシアは自分のお腹に手を当てて「赤ちゃん……ちゃんと育てたい」と呟いた。
「そうだな。じゃあ、場所を決めたら館を建てて、あとは産婆の奴隷とか仕入れてくるか」
俺は回復魔法が使えるから最悪、鎮痛魔法を使いつつ、腹を裂いて治療しながら出産補助すりゃいいのだが、回復魔法とて万能ではない。最悪を想定するなら、ちゃんとした方法の方がいいだろう。
ただ産婆は土地の顔役だからなぁ。普通に考えたら売っているわけがない。どっかと戦争やってる地域にまで転移用のゴーレムを出張させるべきだろうか、と考えたところでアシュリーが「服も欲しいです」と俺に言ってくる。
衣服の材料となる大量の毛皮や皮を手に入れたが、服にするためには処理をしないと使えない。切って縫って終わりではないのだ。
錬金術は知らないが錬金術の本を
「金がほしいなぁ。魔石って売れるんだよな?」
「魔道具の燃料もそうですが、高純度の魔石は魔道具の素材になるらしいですよ?」
「へぇ、じゃあこれは、どの程度なんだろう?」
先程殺した風豹の魔物の魔石を日の光に当ててみる。風属性を含んでいるのか、緑色の美しい宝石にも見えるそれを眺めていればエミリーが物欲しそうに魔石を眺めていることに気づく。
「あー、ちょっと待ってろ」
俺は今まで取得した魔石の中で、豪華そうな奴を並べて見る。
火熊の火属性の魔石、青長蛇の水属性の魔石、土猿の土属性の魔石、風豹の風属性の魔石、影猫の闇属性の魔石。
赤、青、黄、緑、黒だ。
これらの魔石を、それぞれの魔物の骨をつるつるのリング状に加工して作った指輪に、砕いて削って嵌め込んでやる。
「ほら、みんな。これをやる」
魔導回路を刻んでいないから魔道具としては成立していないただの指輪だが、わぁ、とメイドたちが喜びの声を上げて、俺に「ありがとうございます。レオンハルト様!」と礼を言ってくる。
(装飾品は買うより自作した方が安いよな)
ぎゅうぎゅうと押し付けられる胸の感触に頷きながら俺は魔道具回路の専門書でも探すか、魔道具職人の奴隷でも買ってみるかと考えるのだった。
◇◆◇◆◇
ヴィクター男爵家のメイドであったアシュリーにとって、レオンハルト・ヴィクターという少年は、少年であって、少年ではない。
子供のように見えるが魔力を持った人間であるというだけで、彼女たちとは生物として根底から違うからだ。
ゆえに、アシュリーの認識としてはレオンハルトは年齢相応の人間ではない。
十二歳児ではないのだ。
人格や年齢、姿かたちを超越した、人の形をした超越者、
それはアシュリーだけではなく、イリシアやウルスラ、エミリー、オーレリアも同じ認識だとアシュリーは思っている。
そんなアシュリーがレオンハルトの下手で奇妙な演技に騙されたふりをして、手篭めにされたのは、兄のシヴィルが成人して子供を作ったあとにシヴィルに襲われる危険を考慮した結果だった。
先にレオンハルトの情婦になっていれば弟の情婦にまで手を出すシヴィルではないとアシュリーは考えたからだ。
メイドの五人は、自分たちがシヴィルに好意を持たれていることに気づいていた。
それが屋敷に同年代の少女が他にいなかったゆえの淡い恋慕だったとしても、魔法使いにして貴族であり、嫡男でもあるシヴィルに好意を持たれていることがアシュリーたちは恐ろしかった。
ゆえに、レオンハルトに抱かれた。
どうせ手篭めにされるなら、暴力的で性格の悪いシヴィルよりも、歳が若くとも性格がまともなレオンハルトの方が
それも、惨たらしく、人の尊厳を限りなく奪う方法で。
レオンハルトの母親は平民出身のメイドで当主ノーマンが妾にしていたが、子供を産んだことでアレクシアは許さずに、とても酷い方法で殺していた。
アレクシアは当主であるノーマンには隠したが、警告の意味で、男爵家のメイドたちの耳に入るようにはした。
そんなアシュリーは今、入った人間が確実に死ぬと言われている現実侵食型ダンジョンである魔の森内部に、レオンハルトの作成した蜘蛛型ゴーレムに乗って入っていた。
(本当に、信じられない)
アシュリーはメイドとして男爵家に仕えていた頃に、シヴィルやノーマン、また配下の騎士爵たちが魔法を使うところを見たことがあるが、彼らが使っていたのは土塊を飛ばす魔法や、火や水を矢にして飛ばす単純な魔法だ。
レオンハルトのように数百体のゴーレムを進軍させて、森を蹂躙するような使い方をした者はいない。
しかもその数は森を進めば進むほどに増えていく。
レオンハルトに森で取れたフルーツを食べさせ、口の端から垂れる果汁をハンカチで拭いながらアシュリーはその凄まじさに感嘆を通り越して呆れ返ってしまう。
隠れて魔法の練習をしていたことは知っていたが、ここまでの力を持っているとは思っていなかった。
アシュリーたちが魔の森についてきたのも、シヴィルの愛人になってから殺されるよりはマシだという、ある種の諦めを伴った心中のような気分ではあったのだが――なんとかなりそうでホッとするよりも、夢でも見ているような気分になる。
(というかこの力を、家で発揮していれば……)
ノーマンはシヴィルを即座に廃嫡し、レオンハルトを次期当主として育てていただろう。
無論、レオンハルトはアレクシアと不仲であるが、ここまでの力を持っているならノーマンはアレクシアの方を排除したはずだ。
――だけれど、レオンハルトはそれらすべてを面倒くさがった。
ある種の逃避にも似た愚行ではあるが、それらの愚かさはこの圧倒的な力が覆すだろうぐらいは簡単に理解できる。
(……あれ、これはなんでしょうか?)
そんなアシュリーの視界に奇妙なものがちらつく。
ごしごしと目をこすっていると、レオンハルトが「どうした? アシュリー」と問いかけてくる。
「妙なものが見えます。レオンハルト様」
アシュリーがレオンハルトを見る。
名前:レオンハルト・ヴィクター
レベル:83
職業:大賢者
称号:《転生者》《追放者》《大賢者》《魔物虐殺者》
スキル:『自然魔法』『錬金魔法』『神聖魔法』『転移魔法』『性魔法』『魔力回復』『魔力増強』『身体強化』
固有スキル:『スキルコネクト』
「レオンハルト・ヴィクター、レベル83、称号……転生者、追放者、大賢者、魔物虐殺者、スキル、自然魔法、錬金魔法……」
「鑑定スキルでも身につけたか? なんでだ? いや、そうか。レベルアップか。アシュリーがパーティー判定されてるのか? 俺にフルーツを食わせている行動が
何を言っているかわからない。ただ転生者や大賢者という単語からアシュリーはレオンハルトが年齢に比して頭が良くて、魔法が強い理由がわかる。
不気味や奇妙には思わない。
魔力持ちとは超越者である。ただの領民だったアシュリーからすれば、魔力持ちという時点で、アシュリーの理解を越えているからだ。
現にレオンハルトは、自身が転生者だということがバレていてもなんら動揺していない。
後ろめたさの欠片もない表情。
言う必要がないから彼は言わなかっただけだった。
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