003 転生者、魔法を使う


「レオンハルトを追い出しました」

 ヴィクター男爵領、その当主が住む屋敷で、当主たるノーマン・ヴィクターと、その妻であるアレクシア・ヴィクターは夕食を摂っていた。

 テーブルに並んだ料理は当主であるノーマンが魔物を狩ってくるために肉類こそ多いが、王都の法衣貴族出身のアレクシアからすれば量はともかく質は物足りないものだった。

 アレクシアの基準でマシだと言えるのは、アレクシアが実家から送らせているワインぐらいのものである。

 そんなアレクシアの食は細い。薄切りのハムにソースを掛けたものや緑色の多いサラダなどの、アレクシアの舌でもなんとか口にできるものを少量口にするぐらいである。

 相変わらず不機嫌な顔で食事を摂るアレクシアに向かって、夫たるノーマンは怪訝な顔を向けた。

「はぁ? なんと言った? アレクシア」

「レオンハルトからの提案で、魔の森の開拓を許可しました。メイドも好きなだけ連れて行くように申し付けましたので何も支援しないというわけではありませんのよ?」

「馬鹿な。まだ十二歳だぞ。レオンハルトは」

 くすくすとアレクシアは笑う。貴族の食卓。和やかな家族の団らんである。

 もっとも嫡男にして長男たるシヴィルは王都の学園寮にいるし、次男のレオンハルトは契約が終わった時点で、兵に命じてメイドとともに魔物の森に追い立ててやった。

 だからこの場にいる家族は、ノーマンアレクシアの二人きり。

 なおレオンハルトはせめて出発は明日にしろとかごちゃごちゃうるさく言っていたが、契約した以上、館に置いておく必要はない。即座に追い出してやった。

 アレクシアとしては兵に命じ、追いかけて殺してもよかったがやめた。

 暗殺に失敗し、散り散りに逃げられた場合を考えるとメイドもレオンハルトも、全員魔物の森に押し込んで、そのまま魔物の餌にした方が手軽に思えたからだ。

 メイドが逃げる危険は薄いだろう。レオンハルトを伴わずに領内で見かけたら殺すと宣言していることはメイドたちには伝えてある。

 レオンハルトの傍がメイドたちにとっては一番安全な場所なのだ。

 たとえ、それが魔物が蔓延り、人類がけして生存することのできないと言われている魔の森であろうとも。

(まさか五人も孕ませているとは思ってもいなかったけれどね)

 妾腹のガキに相応しい猿っぷりだ、と思いながらアレクシアはワインで唇を湿らせて、夫の困惑を聞き流していく。

「どちらにせよもう司祭様に契約魔法をしていただきましたので、一年の半分は魔の森で暮らさなければなりませんのよ。レオンハルトは」

 その言葉に、ノーマンは絶句し「アレクシアに唆されたか、愚かな。男爵家の血を引くとはいえ、所詮、子供よな」と嘆くようにして手のひらで顔を抑えた。

 肩が震えている。流石に悲しんでいるのか、とアレクシアは疑問に思えば、くく、くくく、とノーマンがゆらゆらと身体を揺らしている。


 ――嗤っていた。ノーマンは。


「くく、くひゃひゃひゃ。こ、子供が、魔物の驚異を知らずに、イキがって自ら餌になりに行くだと――……それも我が館のメイドを五人も連れて、無駄死にしに行くだと」

 ああ、見てみたかったわい。と素手で牛や魔物を殺し、配下や領民に振る舞うことで強い貴族だと認識させて、領民からの尊敬を得ている当主は、幼い息子と美しいメイドたちが魔物に食われながら死んでいく場面を見れないことに、残念そうなため息を吐いた。

 それを見て、アレクシアは内心のみで夫を改めて侮蔑した。

 この獣のような田舎領主に嫁ぐことはアレクシアの本位ではなかった。

 しかし法衣貴族であるアレクシアの実家が、土地持ち領主の力を欲したのだ。ヴィクター領は貧しいが、土地持ちであることは兵を養えるということ。もちろんヴィクター領に王都に兵を派遣するほどの余裕はない。しかし実態は伴わなくとも言葉でその価値を大きくすることはできる。

 だが、アレクシアにとっては、家のために自分の幸福をドブに捨ててしまったのと同じことだ。

 ゆえにアレクシアは、残虐な予感に身体を震わせる夫をつまらなそうに見ながら、王都にいる愛人へと想いを馳せた。


                ◇◆◇◆◇


「それで、レオンハルト様。これからどうするのですか?」

 小さな旅行鞄を手にした、赤髪メイドのアシュリーが俺に問いかけてくる。

 目の前には魔の森の入り口がある。兵や地元の冒険者が魔の森の様子を見るために作られた小さな道だ。

 もっとも道と言ってもほとんど獣道だ。普段誰かが出入りしているような痕跡もない。

 俺のような幼い子どもや、メイドたちのような可憐な少女たちが踏み入れるような道ではなかった。

「そうだな。ふーむ」

 そんな場所に俺ことレオンハルトと、俺が孕ませた美少女メイド五人組は放置されている。

 俺たちを馬車に押し込んだ兵たちは用事は終わりとばかりに帰ってしまったし、というかもう夕方じゃねーかよ。せめて途中の村で一泊させろよ、という文句を口の中でもごもごとさせてから俺は地面に魔力を流した。

「あー、とりあえず。今日はここ・・に泊まる」

「泊まる、ですか?」

 俺の子を孕んだらしい美少女メイドのイリシアが自分の青色の短髪を指で摘みながら熱のない口調で問いかけてくる。

「ああ。土魔法でドーム作るから、ちょっと離れてろ」

 幼い頃から魔力訓練と魔法の訓練をしている俺は、この世界で正式に使われている魔法は使えないが、なんとなく魔法っぽい自然現象を操ったりなんかはできるようになっている。なので地面に魔力を流して土魔法らしきものを使う。

 もこもこもこと地面が隆起し、土が盛り上がる。耐久性を増させるために圧縮と形成を繰り返す。そうしてメイド五人と俺が休める程度の大きさのドームを作り出した。一瞬前まで不安そうだったメイドたちが土のドームを見てわぁわぁきゃあきゃあと喜びの声を上げ、すごーいと口々に俺を褒め称える。

「あとは外壁だな。ついでに護衛用にゴーレムも作っておくか」

 そんなことを言う俺だが、まともな魔法教育は一切受けていない。

 屋敷にあった魔法習得用の本を読んだこともあるが、書いてあることはよくわからなくて学習を放棄している。

 だからマジでこの世界の魔法は知らない。

 だけど転生特典か何かは知らないが、前世で読んでいたウェブ小説に出てくるような、イメージで使う魔法を俺は使うことができる。

 そう、土魔法と言ってもその本質はもっと複雑な何か。兵士がよく使う土や石の塊を飛ばすような奴だけではなく、土で分厚い壁とか作ったり、畑を耕したり、あとはゴーレムを作ったりする魔法が使えるわけである。

 俺が魔の森で生きていけると思ったのもこのあたりが原因だった。

「じゃあ、この辺囲っちまうから」

 作ったドームと、ちょっとした広場を囲うように、俺は周囲四方と上空を土の壁で囲う。

 とはいえ完全密閉ではない。小さな空気穴を作り、風魔法を土壁内で循環させた。あとは光魔法を天井付近に浮かべつつ、闇魔法で空気穴から光がもれないような工夫もしておく。

 こういった光魔法や風魔法は設置してしまえば、あとは魔力が尽きるまでそのままで固定される――ようにイメージしてる。

 明日の朝までは維持されるようにセットしたので問題ないだろう。

 なお、土魔法や水魔法で作り出した物質は魔力が切れてもそのままである。水魔法で作り出した水が体内で消滅して乾き死ぬとかそういうことはないし、このドームも破壊しなければずっと残る。

 そうした作業を終え、俺はふぅ、と息を吐いた。結構働いたなぁ。

「よし、これで大丈夫だろ」

「す、すごいッス。レオンハルト様」

 黄色の、向日葵のような明るい髪の美少女であるウルスラが天井の光の玉を見ながら呟く、また、壁際に立っている土人形に近寄って、ぽんぽんと叩いて硬さなどを確認し、はー、と感心したような顔をした。

 人間大の大きさの土が凝縮されて作られた人形が、石の槍を片手に壁際に立っている。

 作ったゴーレムを壁内部に設置したのは、メイドも含めて、誰も接近戦できないからだ。壁が破壊されるとは思わないが、何があるかわからない以上、警備は必要だった。

 ウルスラは頼もしそうにゴーレムを見てから、背負っていたリュックに結わえ付けていた絨毯を地面に敷いていく。

「えへへ、私物だって言って倉庫にあった高そうな絨毯をパクって来ましたッスよ」

「でかしたわ! ウルスラ!」

 手癖の悪いウルスラを褒めた緑髪の美少女エミリーがにこにこと笑って「レオンハルト様。食事を用意するのでかまどを作ってください。火種もよろしく!」と俺に注文を出してくる。

 りょーかい、と言われた通りのものを用意すべく、地面に魔力を流して俺は壁際に竈を作った。

 ついでに煙突を工夫して、ここから離れた場所の地面から炊飯の匂いが出るようにしておく。壁から直接煙が出ると、ここが襲われかねないからな。

 分厚く固い土の壁で囲まれているとはいえ、魔物がどの程度の攻撃力を持っているか俺はわからない。慎重さは重要だった。

 エミリーはつくられた竈に大鍋を置くと「ここに水入れてください」と俺に言ってくるので、俺は水魔法で作り出した水を光魔法で浄化してから鍋に注いでやる。もちろん綺麗な水であることはわかっているし、浄化が必要だとは思わないが、飲む以上、警戒は必要だ。

「あ、薪を集めてこないと」

「いや、危険だからやめとけって」

 竈の中で魔力を燃料に燃えている火を見ていた黒髪の美少女オーレリアがそんな馬鹿げたことを言い出したので、俺は「待ってろ」と言いながら壁の外にゴーレムを三体ほど作り出して森の中に解き放った。

 薪と食えるものを拾ってこいと命令したからなんか拾ってくるだろうたぶん。

「なんだか……その、レオンハルト様じゃないみたいですね」

 アシュリーが働いている俺を見ながら呟けば、こくこくと四人のメイドたちも頷いている。

「いや、館じゃやることなかっただけだからな?」

 傍で手持ち無沙汰に突っ立っていたオーレリアの腰を引っ掴んで無理やり絨毯に座らせると俺は周囲で食事の準備をしているメイドたちを尻目に、オーレリアの膝に頭を預ける。

 食事の準備をしたがっていた真面目なオーレリアが困った顔をするもののアシュリーが「レオンハルト様のお世話をよろしくね。オーレリア」とオーレリアに命じてくれる。

 新人メイドのまとめ役だったアシュリーからの命令が出た以上、オーレリアは俺を甘やかすしかすることがない。仕方なく、俺の頭を撫でながらオーレリアは「おっぱい吸いますか?」と問いかけてくるので、うん、吸うと頷きながら俺は美少女メイドに甘やかされるのであった。

 アシュリー、イリシア、ウルスラ、エミリー、オーレリア。

 このメイド全員が美少女なのは男爵領にある各村の一番の器量良しが奉公に出されたからである。全員シヴィルのクソ兄貴の幼馴染で、なんだかんだと兄貴がお手つきにしたがっていたが全員先に俺が手を出してやったぜ。

 僕が先に好きだったのにだ。ざまぁねぇな! シヴィル!!

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