買い物

 センセイと別れた後、僕らは”リヴァイユ”から歩いて10分ほど離れた場所にある大型スーパーに立ち寄っていた。母は商品を手に取ると、真っ先にパッケージ裏面にある栄養成分表示ラベルに目を通す癖があった。発がん性の可能性が大きいと言われている添加物が含まれていないかどうか確認しているのだ。


 センセイから生活面でのアドバイスがあったとは言え、昨日まで冷凍食品やインスタント中心の食生活を続けてきた人間がこんなにも早く宗旨替えできるものなのか、と僕は思う。


 母の厳しい審査をパスした優秀な食材だけが買い物カゴの中に次々と放り込まれていった。どこの誰がつくっているのか明らかになってない野菜などに母は決して手を伸ばそうとはしない。ああいう生産者表示のない野菜はだいたい人体に有害な農薬がたっぷり塗りたくられているのよ、と母は言った。一瞬、暗に自分のことを言っているのだろうかと疑ってしまった。私にとってお前は有害なのだと。私に不幸をもたらす存在のお前をこれから浄化してやるのだと。本当のところ母がどう思っているのかは分からない。分からないものは分からないままでいい。全部知ることが必ずしも正しいとは限らない。知らなくていいことも世の中には間違いなく存在している。


「少しだけならお菓子も買ってもいいわよ」


 母は上機嫌に目を細めながら話を続ける。口元には張り付いたような笑みが浮かんでいた。心なしか瞳の奥も活き活きと輝いているように見えた。こんなにも機嫌の良い母を目にしたのは初めてのことかもしれない。


「でも変なモノが入ってないかどうかだけはチェックさせて。いい? 分かった?」


 

 

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