好きな人に振り向いて欲しいだけ

藤井

好きな人に振り向いて欲しいだけ

彼は、モテる人だ。


ルックスも良いし、誰とでも打ち解けられるし、普段から「俺モテるからな」と自分で言ったりしている。


もちろん冗談なのは分かっているけれど、他の女の子と仲良さそうに話しているのを見ると、どうしても嫉妬してしまう。


現に、こうして彼が他の女の子に笑顔を向けている姿を目の当たりにすると、心がざわつく。


腹の底から黒いモヤモヤが湧き起こってくるような感覚。


あぁ、嫌だ。こんな感情になってしまう自分。


彼氏の翔流かけるは、男女問わず人気で誰とでも仲が良い。


だから私にも優しく接してくれるし、そんな彼だからこそ好きになったのだけれど、段々と独占欲が強くなっていく。


なんで私の前で、わざわざ他の女の子と喋るの?


彼の神経が理解できなかった。


……いや、本当は分かっている。


単純に可愛い女の子が好きだから。


ただ、それだけだ。


見ていれば分かる。


理由なんてシンプルで、彼は本能に従って生きているだけ。


やめて欲しいと言ったところで、必要以上に彼の交友関係にまで口出しする筋合いもなければ、翔流の自由を奪う権利もない。


それに例え私の前だけ女の子と関わらないようにしていても、きっと見えないところで浮気するだろう。


男とは、そういう生き物だ。


モテる人が彼氏というのは、こういうところがツラい。


私の方だけ、向いてくれる人だったらいいのに。


私だって、彼がいなくたって生きていける。


そう思いたかった。


翔流が他の女の子と話している傍ら、私も同じようにあてつけるように彼の前でわざと別の男の人と親しげに話を交わした。


これでちょっとは私のことも気に掛けてくれたら良いのに。なんて、期待を込めながら。


٭ ٭ ٭ 


翔流と久しぶりに外でデートをすることになった日曜日。


約束の時間よりも早く着いてしまって、待ち合わせ場所の駅の近くで彼のことを待っていた。


いい女だと思われたくて、いつもよりお洒落して、自然と気合が入っている自分がいた。


改札口を出た場所で翔流のことを待っていると、知らない男性に声を掛けられる。


「一人?」と尋ねられて、「待ち合わせしてるんです」と答えると、「その相手が来るまでで良いから俺の話相手になってくんない?」と言われた。


警戒しながらも、私が他の男の人と話していると翔流が少しは気に掛けてくれるかもしれないと思い、彼が来るまでの間、適当に話を合わせた。


「綾乃!」


名前を呼ばれて、声がした方に視線をやると駆けつけてきてくれた翔流。見慣れた彼の姿を見つけて、安心する。


「お待たせ」と言う翔流と落ち合うと、知らない男はすぐに去って行った。


「知り合い?」


「ううん、さっき知り合った人」


「お前さあ、見ず知らずの男とあんま気軽に話すなよ」


「翔流が遅いからじゃん」


「はあ?時間通りだろ。お前が早過ぎんだよ」


……確かにそうだけど。


なんでそんな風に言われなきゃいけないの?


「翔流だって、いつも他の女の子と話してんじゃん」


「……もしかして妬いてんの?」


確認するように翔流に尋ねられた。


「妬いてないよ」


照れ隠しで否定したのに、彼は右手で私の頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃにした。


「可愛いな」


あぁ、もう。やっぱり好きなんだ、バカ。


「ちょっと!やめてよ、髪ぐしゃぐしゃじゃん」


はははと笑って、ごめんごめんと付け足した。


「もう、やだ。私ばっかり翔流のこと考えてる」


「ん?」


俯くと、顔を覗き込むように彼の顔が近くにあって、ドキっとした。


「翔流、モテるから、不安になる……」


「よく言うよ。お前だって他の男と話してるし、さっきも声掛けられてたじゃん」


「……あれは、たまたまだよ」


「たまたまじゃねーだろ。綾乃だって男から見たら可愛いんだからさ。もっと自覚持てよ」


「翔流が目離すとどっか行っちゃうかもね」


冗談混じりにそう言った。


「それは困る」


すると、人目もはばからずに密着して抱き締められた。


「ちょっと……!」


「なに恥ずかしがってんの」


「もう……話逸らさないでよ」


「なんの話?」


「あんまり他の女の子と話さないで欲しい」


消え入りそうな声で、普段から思っていたことを告げた。


「俺だって綾乃が他の男と話してるの嫌だよ。綾乃は可愛いんだからさ、俺以外の男について行くなよ」


「行かないよ」


そんなの、当たり前じゃん。


「翔流しか好きじゃないもん」


「その言葉聞けただけで充分だわ」


ボソッと耳元で言った。


「俺が綾乃の前で他の女の子と話すのは、お前の気を引きたかったからだよ」


「……わざとやってたの?」


「信じられない」と言うと、「だって綾乃、俺の方を振り向いてくれないんだもん」


「とっくに振り向いてるじゃん」


……なに言ってるの?


「俺から告白したけど、なんか俺ばっか好きな気がして」


……なんだよ、その可愛い言い訳。


「俺が他の子と話してたら、ちょっとは俺のこと気に掛けてくれるかなって思ったのに。


そしたら綾乃、他の男と仲良さそうに話してるからさ。


俺じゃなくてもいいのかよ。って思っちゃったじゃんかよ」


いつもは自信気に堂々としている翔流が拗ねているのがなんだか可愛く思えてきて仕方なかった。


「でも翔流、全然構ってくれないじゃん。私だって翔流じゃなきゃ無理だよ」


本音だった。誰からも人気の彼は、いつも誰かに囲まれていて、私なんて放っておかれている気がしていた。


「ちゃんと構うよ、これからは」


「本当?」


「当たり前だろ。だから他の男と接触するの、禁止ね」


「接触って……」


「俺、綾乃のこと束縛してる?」


「そんなことないよ。嬉しい」


「綾乃のこと離さねーから。覚悟しとけよ」


付き合っていても、相手が何を考えているのか分からない。


気持ちを確かめるためには、きちんと話さないと、分からないことばかりだなと思った。


独りで抱えていた不安も、なんだかこうして直接彼の顔を見たら、すべてが吹き飛ぶような気がした。

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好きな人に振り向いて欲しいだけ 藤井 @koiai

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