第27話 親愛なる幼馴染へ、覚悟を込めて。

俺が麻生に用があると言えば、ゆうみは「一緒に行く!!!!」と強引にでも付いて来ると思ったのだが、そのリアクションはまったく違うものだった。


「じゃあ、先に帰ってるね」


と、手を振りながらあっさり帰って行ってしまった。

別にいいんだけど。いいんだけど、なにか物足りない。


ふつふつとしものを抱えたまま、麻生に誓約書を渡した俺は家までの道を歩いていた。


転がっていた空き缶を、軽く蹴飛ばしてみたりした。

そしたら猫にぶち当たって飼い主みたいなホームレスに睨まれ、少しのあいだ尾行された。


俺はそのバレバレの尾行をチラチラ気にしながら、早歩きで歩き続ける。車がほとんど通らない道の赤信号なんかは、だいたいスルー。

家に着く頃には、猫を抱きかかえていたホームレスの気配はすっかり消えていた。


「ゆうみーっ」


帰宅後、部屋のベランダに出て改めてゆうみを呼ぶ。ついでに青いピカピカの紙に包まれたチョコを窓ガラスに投げつけた。カツン、と音を立てて、向かいのベランダへ落ちた。


ゆうみの部屋には明かりが点いている。白いLED電気の寒々しい俺の部屋とは違って、オレンジ色のあたたかみのある明かり。カーテン越しに漏れて見えるそれは、夢の国に繋がっていそうな雰囲気だった。


そのカーテンに人のシルエットが映り込むと、掃き出し窓の鍵を開けて、ゆうみがベランダへ出てきた。落ちていたチョコもしっかり拾って。


「おかえり、今泉くん!」


手すりに身を乗り出して、満面の笑みで迎えてくれた。


「ただいま。なんで今日先に帰ったの?」


いつもなら、「ヤダヤダヤダ、一緒に帰るのーっ!!!」て、スーパーの床に転がって泣き叫ぶ子どもみたいに駄々をこねるクセに。


「あー」


ゆうみはちょっと考える間を置いてから、


「これからは今泉くんの邪魔をしないように、影から支えようと思って!」


言って、ゆうみはピカピカの紙をくるくるっと開封し、口にポイっとチョコを入れた。


「そんな、邪魔だなんて……」


「これまで困らせてばっかりでごめんね! いまは、今泉くんがしたいことを全力で成し遂げて欲しいなって思ってるよ」


そう言った口元はきっと、チョコの甘いにおいがするんだろうなと思った。


……そういや、さっき投げてチョコ、ビターだったな。


ゆうみは、ついこのあいだまで、チョコのなかでも究極に甘いミルクチョコしか食べられなかったはずなのに。すっかり食べ終えている。


「今泉くんの幸せをいちばんに思ってる」


両手で自分の頬を包み込み、ゆうみは幸せでほっぺが落っこちそうといったふうな表情で俺を見つめた。

それを見ていた俺は、ヒゲダンかバックナンバーかのラブソングを、近所中に響き渡るくらい大声で歌いたくなった。


同時に、決意も固まった。

俺が大事にしたいものは、最初から決まっていたんだと、ようやく気が付いた。


「ゆうみ、明日、学校で話したいことがあるんだ」



桜の時期はとっくに過ぎ去り、ゴールデンウィークを目前に控えた生徒たちは浮き足立っていた。それを戒めるように、全生徒参加の集会が行われた。


ゆうみが昨日ばら撒いた署名がまだ1枚、体育館の隅に落ちていたのを見つけて、教師がすかさず拾い上げる。


異様なテンションと緊張感の元で繰り広げられた緊急集会とは打って変わり、今日の集会は退屈を極めた。

晒し者にされていた俺としては、普通に生徒と混ざってただ話を聞くだけのことがこんなにも幸せなのかと、つかの間の幸福をしみじみ噛み締めていた。


カーネル改め、どこにでもいるジジィにランクダウンした校長の、有難くも長すぎる話が終わりを告げる。


俺は、開いてるのか閉じているのか曖昧だった目を、完全に見開いた。

そう、ずっとこの瞬間を待っていたのだ。


「では、集会を終わりに……」


「ちょっと待った!!!!!」


進行役の教師の言葉を遮り、俺は列から抜け出してステージへ駆け寄った。

ステージに手をかけたとき、昨日の記憶がフラッシュバックして気が引ける。が、すぐに頭を振って悪いイメージを払拭した。


ステージ上へ飛び乗って、校長からマイクを奪い取る。ステージのセンターから追い出された校長は、「なに、今日もなんかあんの?」と進行役の教師に無言で目線を送った。進行役の教師はキョドッていた。


「こんにちは、1-A組の今泉アキトです」


第一声でマイクがキーンと音を立てた。

鈍い音を立てながらマイク先を手のひらに打ち付け、気を取り直して続ける。


「俺は新入生人気ナンバーワンで、本気の恋愛を禁止されているんですが、でも、決めたんです。大事な人に気持ちを伝えようって」


案の定、体育館は途端に生徒たちの声で溢れかえる。「え、大事な人って? もしかして私!?」と、女子の期待が高まっているのも感じた。


「最初は、絶対そばにいて守ってやらないとって思ってたけど、もうそいつ、俺なんかよりたくましくて。だから、少し離れたところから見守ってて、本当に困ったときには本気で助けようって決めました」


「今泉くん!!!」


研修から帰ってきていた中川が、ぴょんぴょん跳ねながら頭の上で両手を振っている。早まらないで話し合って決めよう! ってことだろうと思ったら、


「いいぞ、今泉くん、さすが我が校のナンバーワン!!」


と、止める気はさらさらないらしい。俺は拍子抜けし、なにを言おうとしていたのか一瞬忘れかける。


「……あ、だから、せっかく昨日ナンバーワンを続けられることになったのに本当に本当に申し訳ないんですが、そいつに今日、ここで気持ちを伝えます」


生徒たちは俺の告白を待つように、しんと静まり返った。

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