第26話 大切なことはヒーローがすべて教えてくれた
「……ふむ」
カーネル校長は署名に目を通して頷く。
体育館中に散らばった紙はまだすべてを拾い切れておらず、教師たちが駆け回って集めてはカーネル校長の元へ運んでいた。
生徒たちも自分の足元にあった署名を拾って前の生徒へ回し、ステージ前に立っている教師に手渡したりと、回収に貢献した。
俺はその光景をステージ上から見下ろしていた。
ゆうみはそのあいだに、生徒たちの間を縫って前までやって来くると、スカートにも関わらずステージをよじ登った。その体勢で中身が見えないわけがない。俺はさりげなく視線を逸らした。
「よいしょっ」
ステージに上がってきたゆうみは、人間にはどうってことない段差を必死で乗り越えた小動物のようだった。
「今泉くん! もう大丈夫だよ!」
駆け寄って来ると、『変態』のハチマキをした俺をぎゅっと抱きしめた。こんな恥ずかしい姿の俺を、何の躊躇いもなく、公衆の面前で、だ。ヒーローに絶対的に必要な、愛と勇気しかないではないか。
「ゆうみ、ありがとう……っ」
手が自由に動かせない俺は、ゆうみのカーディガンの肩に顔を埋めた。柔らかくてふ、あたたかい。ゆうみのにおいがする。
「俺、ゆうみを傷つけてばっかりなのに……ホント、ごめん」
「ぜんぜん。今泉くんがわたしを傷つけないようにしてくれてたこと、今ならわかるもん。わたしもごめんね」
「ゆうみは悪くない。俺が優柔不断だったんだ」
「ふふ。ちょっとは大人になったかな? わたしたち」
俺から体を離し、ゆうみは太陽みたいに笑った。
ステージ下にいる生徒たちは、これまで黙っていた自分の意見なんかを言い合ってざわついていた。
「……では、改めて判決を下します」
と言って、カーネル校長が咳払いをした。
「リコールは却下。引き続き、今泉アキトを新入生人気ナンバーワンとすることといたします」
「やったー!!!!!!」
飛び跳ねた勢いで、ゆうみはまた抱きついてきた。
ステージ下では、麻生は涙目で微笑み、野原は腕組みをして不敵に笑った。西野は嬉しさのあまりに隣の男子に無造作に抱きつき、今井はほっとした顔でこちらを見ていた。
ついでに北大路は、自分がナンバーワンにでもなったかのように踏ん反り返っている。
相原はといえば、逃亡しようとしたところを、体育館の扉付近にいた教師に捕らえられ、どこかへ連行されていった。
そのほかの生徒は拍手喝采。沸き立つ体育館。
そんなとき、カーネル校長が再び髭を撫でると、ズルッと何かの影が床に落下した。
決定的な瞬間を目撃した生徒を中心に沈黙が広がっていく。
床に落ちた物に視線がグサグサ刺さる。
「……髭だ」
3年生の列からそんな声がした。
カーネル校長を見ると、そこにはカーネルでもサンタでもなく、ごく平凡なジジイが立っていた。
ゆうみも俺も開いた口が塞がらないまま、危機一髪だった集会は幕を下ろした。
*
「約束だからな」
俺は、新聞部の代表に誓約書へのサインを要求した。
「く、実に惜しい限りだが、約束は約束だ」
サインへ抵抗を示す自分の手を自分で押さえ、葛藤しながら代表は誓約書へ名前を記入した。
俺はすかさず書類を奪い取り、サインを確認する。
「よし、これで麻生の撮影は全面的に禁止だ」
無事ナンバーワンを継続できた俺は、新聞部との約束-俺がナンバーワン続けられたら、麻生のことはそっとしておくこと-をきっちりと取り付けた。
新聞部のヤツらが麻生の写真撮りたさゆえに、アンチと手を組んで俺をリコールし、約束が無効にならないよう、今後俺がナンバーワンでなくなってもこれは有効とする、という内容も抜かりなく含めておいた。
俺は俺である覚悟を決めたこともあって、もしかするとまた、ナンバーワンの称号を剥奪されることになるかもしれない。その可能性も加味してのことだった。
「今泉くん、本当にありがとうっ」
放課後。教室で待っていた麻生のところへ誓約書を持っていくと、涙を流して喜んでくれた。
「ゆうみさんて、今泉くんにとってヒーローみたいな人だね」
そして、目尻の涙を指先で可憐に拭って笑った。
「ホント、そうなんだよ」
「なかなかいないよ、あそこまで捨て身で守ってくれる人。ああいう人は、大事にしないとね」
「うん。俺も、そろそろ覚悟を決めようと思う」
麻生は深くは聞かず、すべて分かったようにコクンと頷いた。綺麗な髪を耳にかける仕草が夕日に照らされ、なんていうか、とてつもなくエモかった。
「私は、今泉くんが決めたことなら応援するよ」
俺も麻生のそれを聞いて、黙ったまま頷いた。
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