第25話 ヒーローは困ったときに必ず駆け付ける
午後の集会は、「これ、俺いなくてもよくね?」と突っ込みたくなるくらい一方的な会だった。
魔女裁判のごとく、俺が黒だと決めてかかってくる。弁明を挟む余地もなく、そもそもそんな気力も削がれるような空気のなか、話は進んだ。
北大路と野原は俺の友人代表として(友人になった覚えはないが引き受けてやると言われた)、保健室での一件は何かの手違いだ、というか相原要の自作自演だと、全生徒の前で証言してくれた。
野原に至っては、独自のルート(?)で手に入れた音声データまで提出をしてくれたが、相原の「脅されてそう言わされた」との証言で呆気なく却下された。
体育館で行われていたそれは、1年から3年まで、全生徒が集う大掛かりな集会だった。
俺はなぜか後ろ手に縛られ、ステージ上で椅子に座らされていた。完全に罪人扱いだ。額には『変態』と書かれたハチマキまで巻かれている。く、なんたる仕打ち……。
事件を起こしてしばらく画面上から消えた芸能人が、それをネタに復活することが多々あるが、あの鬼強いメンタルは俺にはない。いろいろな意味で、芸能界にいる人間のすごさをこんなときに実感したりした。
「異論はないですね? では、今泉アキトを新入生人気ナンバーワンからの解雇、および退学に処することを決定します」
そう校長が判決を下したときだった。
「ちょっと待ってください! 今泉くんは私のためにナンバーワンを続けると言ってくれたんです! プレッシャーで押し潰されそうなはずなのに、他人のために頑張れる人なんですっ」
集会が始まってからずっと、唇を噛み締めて不安そうな顔をしていた麻生が、突然声を上げた。
ここまで滞りなく進んでいた会が、想定外の存在によって阻まれる。今日転校してきた麻生が、まさか俺のために立ち上がるとは、誰も思っていなかっただろう。
「そ、そうよ! 前にわたしのスカートがめくれ上がっていたときだって、さり気なく教えてくれたわっ もし今泉アキトが本物の変態なら、そのままわたしを泳がせて盗撮してたはずよ!!」
麻生の声に一瞬の隙が生まれ、野原も続けて証言した。
てか、俺たちにそんなエピソードあったか?
……いんや、ない。正真正銘、血統書付きの、本物の作り話。
今度から野原のことを、アドリブの女王か、嘘つきの魔女と呼ぼうと思った。
「あたしがキスしたいと思った男の人に、悪い人は1人もいないです!」
西野も、いまひとつピンとこない証言を付け加えてくれた。
「今泉くんは、地味なファンにも優しい人です……っ」
ファーストキスの争奪戦みたくなったあの騒動で出会った、メガネの少女-今井も懸命に声を張り上げてくれる。
そして、北大路も、
「・・・・・・」
って、なんもないんかい!!!! んでアホヅラすな!
「あなた方の気持ちがよく分かります。けれど、これだけ生徒から不信感を持たれてしまったからには、本人のためにもこの判決が妥当だと思いますよ」
俺の隣に立っている校長はそう言いながら、カーネルサンダース並みのボリューミーな髭をふさあっと撫でた。巷での校長のあだ名は、カーネル派とサンタ派の2つに分かれている。俺は断然、カーネル派だった。
本人のためと言われ、麻生たちはみんな言葉に詰まってしまった。
「こうちょおおおおおのおおおおおおアホおおおおおおおお!!! 今泉くんは、生徒にちゃんと慕われてるもん!!!!」
すると、ステージよりも上のほうから、懐かしい声が聞こえた。
俺も含め、全生徒の視線が、体育館の2階に当たる細い通路に集中する。
瞬間、複数枚の白いコピー用紙が、あの屋上での桜吹雪のように一斉に舞った。
スローモーションがかかったような視界。降り注ぐ紙たちの隙間から、極小の少女の姿が見えた。
「……ゆうみ」
俺はほとんど無意識にその名前を呟いた。
「これが、その証明です!!!! なかにはよく知らねえって人もいたけど、ほとんどの人が今泉くんを支持してくれていますっ」
足元に降ってきた一枚の紙。それは、俺の新入生人気ナンバーワン継続を支持する署名だった。
今朝、ゆうみが俺に見られたくなさそうにしてたのって、これだったのか。
ゆうみは急いで体育館脇の通路からステージの向かいにある広くなったスペースまで走り、階段を降りてきた。整列して座っている生徒たちの向こうで、背中を丸めて肩で息をしているゆうみが見える。
俺は、喘息の症状が出てしまうかもしれないと思って、ハラハラしていた。手を縛っているロープをどうにか解けないものかともがく。
ゆうみは駆け寄ってきた教師を手で制し、顔を上げた。大きく深呼吸をし、息を整える。
そうして、2年生の列のほうへ向かって親指を立てた。その先には、ゆうみの隣をあるていたあの爽やかイケメン。同じく親指を立て、よく通るイケボで言う。
「特訓の成果だね! よく頑張ったよ!!」
と。
俺にはさっぱりだったが、ゆうみの卒業説はたぶん勘違いだったんだとは思えた。
「この結果を見てもう一度、ちゃんと判断してください! わたしの今泉くんは、絶対に人を傷つけるようなことはしません!」
体育館の後ろで仁王立ちしているゆうみの声は、ステージ上まではっきりと届いた。
その勇ましい立ち姿は、まるでヒーローだった。
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