第23話 人気アイドルと目が合ったと感じるのはファン特有の錯覚か?

「てかさ、リコールって、解職請求的な意味だろ?」


 紅茶は相当熱かったようだ。野原はほんの一瞬、肩をビクッと動かすも、ぐっと堪えて平然を装い話を続ける。


「……そうよ。昔はアンチがよく使う言葉だったけど、今はそれが公式の呼び方みたくなってる。兄もノイローゼになったときずっと呟いてたわ。リコールコワイ、リコールコワイって」


「なんか、ゲシュタルト崩壊しそうだな。てか、紅茶熱かっただろ」


「実際崩壊してたわよ、頭がね。熱くないわ、このくらい」


「俺もそうなんのかな? あ、そ」


 野原の隣に座ってアイスなんか食べ始めた北大路は、反対に冷たさが脳に突き刺さっていた。眉間をつまんで「くわああああああ」とか言っている。


「とりあえず、本人を交えて集会を行わない限りリコールできない決まりだから、明日は休みなさい」


「でも、それで問題解決するのか?」


「あの女の自作自演だっていう証拠を、その間に見つけるわ」


「あー、なるほど」


 野原は今度は恐る恐る紅茶に口を付ける。かなり熱かったのだろう。ちびっと飲んでからほっとした表情を浮かべたところを見ると、適温になっていたんだと思う。


 *


『休みなさい』


 ……そうは言われたものの、俺は朝、いつも通りの時間に校門の前にいた。


 逃げるみたいで嫌だったのと、野原と北大路ばかりに迷惑かけていられないなと思ったのと、ゆうみが心配だった。


 何かしら噂されながら、しれっと教室へ入ろうとすると、なんだか疲労感漂う教師軍団(昨日の俺たちの逃亡により、体力を使い果たしたんだろう)が目の前にやって来た。中川は引き続き不在だった。

 俺を罠にはめるために、あそこまでする相原のことだ。あえて中川の出張期間中を狙って騒ぎを起こした可能性も十分にある。


 生活指導の教師はまた、俺をビシッと指差して言う。


「今日の午後、緊急集会を行う。逃げるなよ!!」


「逃げねえよ。そのために来たんだ」


 それだけ言って、俺は教室へ入った。途端に静まり返る室内。背後で何か教師軍団が叫んでいたが、どれもこれも気が付かないふりをした。


 隣のゆうみは、俺が席に近付くなり、机に広げていた書類をガサッと集めて机の中に急いでしまう。どうやら俺に見られたくないようだ。

 他のヤツは今更どうでもいいけど、ゆうみにそれをやられるとやっぱり悲しい。なんだろう、この疎外感は。


 世間の世知辛さを全身に浴びながら、俺は席に着いた。


「はい、みんなおはよう」


 中川の代わりに女の教師がやって来て、ホームルームを仕切り始める。


「朝の連絡の前に、今日は転校生を紹介します」


 はは。なんてベタな流れ。というか俺、リコールの危機なんだけど。このタイミングで転校生受け入れちゃうのかよ。

 反応の薄い俺とは違い、クラスの生徒たちは期待にざわつき始めた。


 教師が「入って」と声をかけると、開いたままになっていた教室の前のドアから、見覚えのある人物が入って来た。


 想定外すぎる大物の登場に、クラス中の生徒が思わず固まった。

 その人物は教卓の隣にふわりと立つ。


「お……」


 1人の生徒が声を漏らす。それを皮切りに、全生徒が雄叫びにも似た声を上げた。

 俺も叫び声こそ上げなかったが、息をするのを忘れて、目の前の人物を凝視した。


「じゃあ、自己紹介してくれるかな」


 教師に促され、誰もが知っているその声で話し始めた。


「初めまして。麻生真衣です。……今日から、よろしくお願いします」


 ん? なんか今、目が合った?

 名前を言ったあと少し間を開けて、俺のほうを見ながら「よろしくお願いします」と言った気がした。いや、アイドルのコンサートでよく勘違いかもしれない。


 麻生真衣のSNSをこまめにチェックしていた俺は、突然気恥ずかしくなって視線を逸らした。俺のその横顔を、麻生が再び見ていることなんて気付かずに。


 *


 唯一の憩いの場所。それが屋上だった。誰の視線も気にせず、だらっとできる。屋上への出入りが禁止されている学校が多いなか、清宮はその辺りは自由だ。近頃の俺は、学校に対して不満しかなかったが、ここだけは利点。


 ここへ来る前、野原に遭遇し、登校して来たことを怒られた。怒りが完全に鎮まったかは知れないが、とりあえず解放されたので、今は屋上で伸び伸びと過ごしていた。


 それにしても、同じ学校に現役人気アイドルが転校してくるって、ラブコメかよ(そうだよ)。


「あの……」


 さらに、ラブコメかよ(だからそうだよ)的な展開が俺を襲う。

 大の字で寝転がっていた俺の顔を覗き込んできたのは、あの麻生真衣だった。

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