第22話 男装の麗人の正体
ベランダの地面は、言うまでもなく保健室の高反発なベッドより硬かった。背中により強力な衝撃を食らって息が詰まる。
「ぐっ」
さらに、上から相原が倒れてきた。
「ぐえっ」
ちょうどみぞおちに肘が食い込む。ひょっとするとこの子はガチのなかでもモノホンのガチで、俺の息の根を止めに来たのかもしれない。それならどうぞ、お好きなように-と、目を閉じかけたときだった。
「僕、國清會の幹部なんです。キスはただの罠。なんの意味もありません」
と、相原お得意のウィスパーボイスが耳元をくすぐった。
……國清會。
あのとき、屋上で襲ってきたバカみたいにでかい男が口にしていた名だ。
北大路が言うには-”今泉アンチ集団”-そう、それだ!
思い出せたことでスッキリし、一時的にテンションが上がる。
いやいや、ただ思い出しただけで、問題が解決したわけじゃないだろ。しかも思い出したところで、嬉しさの欠けらもない内容だ。あー、カルピス飲みてええ。
「おい、今泉、何やってんだ」
「あんた、こんなことしたら余計に騒ぎが大きくなるわよっ」
その声は、北大路、と野原。
逃避しかけていた俺は今一度、目の前の現実に舞い戻る。
2人が駆けつけると、相原はすっくと立ち上がった。
「相原さん、大丈夫?」
「今泉くん、見損なったわ」
数人の女子が、俺から守るように相原を取り囲んだ。その隙間から、ザマァと言った具合に綺麗な顔を歪めて笑う相原が俺には見えた。
「くっ」
とんだ女だった。それに騙される俺も小者だ。もういっそここから飛び降りて、スライムに転生したいくらいだ。
北大路と野原に回収され、1-D組を出ると、今度は教師の軍団が待ち受けていた。
そこに唯一の味方である中川の姿はない。
「中川先生は今日、研修で出張中だ」
俺の泳ぐ目線から察したのか、軍団の1人がご丁寧に教えてくれた。
「今泉アキトの新入生人気ナンバーワンの継続について、これから緊急集会を開く。それに当たって、私たちと一緒に来てもらう」
言って、にじり寄って来る教師を前にしても、俺を支えている北大路と、前に立って行き先を支持していた野原は一歩も引かない。
「だから、俺、やってないから!」
教師軍団に衝撃が走る。
「やったとか、やってないとか、そういうワードを校内で軽々しく口にするな!」
この間、俺を散々待たせた生活指導係の教師が、こちらをビシッと指差して言い放った。どの”やった”だと思ったのかは知らない。
セリフこそごもっともなことを言ってはいるが、指先と声は震えに震えていた。
え、もうしかして未経験ないの? もしかしてドウテ……
「逃げるわよ!!!」
間延びした俺の思考を吹き飛ばすように、野原は教師軍団とは逆方向に走り出した。
北大路に引きずられて方向転換する際、廊下に出てきたゆうみと目が合った。随分と遠い存在になってしまった気がする。懐かしささえ感じるくらいだ。
何か言いかけたゆうみを残し、俺たちは近くにあった階段から逃亡した。
***
一時避難場所は、駅前のファミレス。散々はしゃぎながらいちごパフェを頼んでおいて、ぶちまけて帰った前科がある。入りづらいことこの上なかったが、そんなちっさいこと言っている暇も権利もなく、北大路と野原に連れ込まれるままに入店した。
体力のない教師軍団は途中であっさり撒いた。生活指導係の教師は頑張っていたが、最後、赤信号に捕まっていなくなるという、一番地味な終わり方だった。
「で、実際どうなんだ?」
コーヒーの湯気の向こうで、北大路がエロ親父みたいなテンションで聞いてきた。
「は? おま、俺のこと信じてたから助けてくれたんじゃねえのかよ」
俺は口を付けようとしていたカップをガシャンと受け皿に戻す。
「うるさいわね、事実とかどうでもいいから、これからどうするかよ」
「どうでもよくはねえだろ」
もう一度持ち上げようと少し浮かせたカップをまた戻し、目的達成に特化しすぎている野原にツッコミを入れた。
根掘り葉掘り聞かれるのは勘弁だが、事実がどうでもいいっていうのは犯罪者が犯罪を犯したかどうかなんてどうでもいいっていうのと同じだぜ? これからもそうやって生きていくのかと思うと、おじさんは心配だ。まあ俺は確実に冤罪だけど。
「2人ともさあ、もっと素直になれよ。本当は俺のこと信じてるから、助け出してくれたんだろ?」
「「いや、別に」」
即答。
「っんっだよっそれっっ!!」
こんなときばかり息がぴったりかよ。ちくしょうめが。
「ていうか、ナンバーツー止まりの北大路はともかく、野原はなんで俺にここまでしてくれるわけ?」
俺は今度こそコーヒーをすすった。北大路の反論は粋にスルー。
「言いたくないけど、この際教えてあげるわ」
「回りくどい女だな」
「回りくどいのが女よ。あざとバカな西野さん見てれば分かるでしょ? それ以外の女は何か企んでると思ったほうがいいわ」
「……肝に命じておきます」
まだ熱いコーヒーが喉元を通過していくのを感じながら、俺は俯き気味に言った。ついでに、向かいに座って反論を続けている北大路はスルー。
「しょうがないから教えてあげるとね、わたしの兄は元新入生人気ナンバーワンよ」
「「え?」」
反論をストップした北大路と一緒にアホヅラを晒す。
「え、それで、誹謗中傷かゴシップにやられて、その命を絶ったとか? それで俺のことを兄に重ねて、今度こそダメにならないようにって健気に支えてくれてるってこと?」
俺は、自分に都合よくでっち上げた話をもって、野原に語りかける。
「ええ、少しも合ってないわ」
男組は思わずテーブル上にずっこける。懐かしのコントを繰り広げてしまった。
「兄は、確かに誹謗中傷に晒されたしゴシップでも騒がれたわ。それに退学にも追い込まれたけど、今はその当時付き合ってた彼女と結婚して、5人の子を持つ父として幸せに暮らしてるわ」
「すげーな、兄。サクセスストーリーのど真ん中突っ走ってるよ」
「まあね。兄は実際やんちゃだったから、自業自得といえばそうだけど。そんな兄でもちゃんと幸せになれたから、あなたにも諦めないで向き合って欲しいって話よ」
ジーンと来ている俺に構わず、野原は自分の手元にあった紅茶を一口飲んだ。その姿はいつにも増して神々しく見えた。
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