第18話 保健室はイケナイ場所。 その1
「今泉くん、今日こそキスして?」
朝1人で校門を抜けると、そこには西野が唇を奪うまでは俺を通すまいとして、体をしならせて立っていた。目が合うと、白々しくも恥ずかしそうに顔を赤らめる。
……朝ごはんにカツカレーみたいな気分になる。
今の俺に、そのこってりしたコミュニケーションは重い。
「男を操ろうと遠回しにアピるあざと女子なんて、もう時代遅れですよ。これからは真っ向から攻める時代です」
中性的なかすれ気味の声が肩口に聞こえる。
驚いて振り抜くと、男子生徒を四つん這いにしてその上に乗り、俺の耳元に口を近づけている相原がいた。今日も男子生徒と同じ制服でキメている。
朝ごはんにカツカレー+牛ヒレステーキみたいな気分になる。俺はマーガリン付きのトースト1枚くらいで十分なんだよ。
揃いも揃ってツッコミどころしかない。
相原は男子生徒の背中の上でつま先立ちをすると、俺の顔をペシっと両手で挟み込む。
「いいですか? 心の準備は?」
冷ややかな瞳とは裏腹に情熱的なアピールだった。俺はそのギャップにぐっと心を掴まれてしまい……
「……へい」
と、間の抜けた返事をした。前回の未遂に終わったときもそうだったが、”この子とならいいかな”と思わせる魅力が相原にはあった。
ゆうみのことはいいのかって?
本命とうまくいかずに傷ついた男は、身近で好意を寄せてくれる女子に癒されるっていうのが昔からの習わしだろう?
「では」
相原の合図で目を閉じかけたとき、校門の向こうにいるゆうみの姿を見つけてしまう。
てっきり先に登校したんだと思っていた。
ゆうみんちのおばさんが階段下から呼びかけても返事は聞こえなかった。居留守使ってたってこと? 連日避けられ続けてのこの状況に、ずきんと胸が痛む。
ゆうみも俺に気付いた。
あ、と口を開けるも、たちまちプイッと顔を逸らす。
相原の唇はもうすぐそこだ。
俺がその気になって顔を近づければ事が済む。
さよなら、ゆうみ-……!
「ちょっと、朝っぱらから何? 通り道でイチャつかれるとものすっっっっっごい邪魔!」
感傷に浸って悲劇のヒロインぶっていると、野原の声が校庭中に響き渡る。
その剣幕に、相原の下に敷かれていた男子生徒が崩れ落ちた。
さっきから相原の体が小刻みに震えていると思ったら、俺とのキスに緊張していたのではなく、この男子生徒の腕が限界を迎えていただけだった。
「あ、おい……!」
俺は地面に転がりそうになる相原の腕を掴んで助ける。
その勢いで相原は俺に抱きついてきた。
「あなたも大したことないわね、あざと女子。危うく目の前でまた今泉の唇が奪われるところだったわよ」
俺たちの横を素通りした野原は、その先に立っていた西野に容赦なく言い放った。
「うるさい! あたしは男から行動してもらいたいの!」
そうなんやー……。
棒読みでそう思った俺とは真逆に、周りにいた男子生徒たちは我先にと西野の元へ走った。そこからは、見るに耐えないアピール合戦が始まった。
男子に囲まれ、すっかり見えなくなってしまった西野はさておき、俺は抱きついたままの相原をとりあえず立たせた。
そうして、ゆうみの姿をもう一度確認する。
……え、誰だあいつ。
ゆうみの隣には絵に描いたような爽やかイケメンがいた。
何か話しているようで、互いに笑い合っている。
悔しいが、この上なくお似合いだった。
現実は厳しいし、世の中はやっぱり甘くない。
そして幼馴染なんていう関係は、ものすごく脆かった。
「ねえ、今度は邪魔が入らないところでゆっくりしませんか?」
たぶん、相原は俺の目に映っていた光景に気付いて、そんなことを言ったんだと思う。ヤキモチなのか、はたまた慰めようとしてくれたのか-。
「何をするの?」
こんな際どい質問をした俺は、確信犯ではない。ゆうみのことで頭がいっぱいで、本当に何の話をしているのかわからなかった。
「今の、続きです」
(え何だそれ!!!!!)
体に衝撃が走ったのち、後頭部が痺れるのを感じた。
相原はそれほど大きな声で言ったわけではなかったけど、ずんずん前進していたはずの野原が振り返った。
俺はその視線には気付かず、餌を欲しがる鯉のように口をパクパクさせていた。
「放課後、保健室で待ってますね」
「うう……」
足元からは、さっきまで相原の台にされていた男性生徒のうめき声が聞こえる。
催眠術でもかけられたようにぼーっとしていた俺は、その声にはっとした。
「……おい、大丈夫か」
しゃがみ込んで男子生徒の肩をさすった。
「いいですか、約束ですよ」
見上げると、拒否する隙もないほどに気高く無慈悲な瞳が、こちらを見下ろしていた。
「わ、わかった」
相原に比べれば、西野のあざとアピールなんてかわいいもんだった。
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