第17話 アイドルのSNSへのコメントは災いのもと

「り、リコール…?」


全長2メートルはありそうな男が刃物のようなもの-見たことあるなあと思ったら料理に使う出刃包丁だったーを振るうと、再度ものすごい風が巻き起こった。


「腕力、バカなのかよっ」


「お前はナンバーワンにふさわしくない」


俺の体が風圧で後退した隙を狙って、刃物を振り上げた男が飛びかかってくる。


「おわ……っ」


俺は劣化したコンクリの亀裂につまずいてしまい、ここから体勢を立て直して男の攻撃を避けるには追いつかないーと悟ったとき、滑り込んできた北大路が男の攻撃を受け止めた。


「ぜんぜん状況飲み込めないんだけど! お前、すごいなっ」


受け身を取って地面に転がった俺は、北大路の背中を振り仰いだ。


「人気ナンバーワンになったんだったら、このくらいことは覚悟するでしょ!」


出刃包丁を持った男の手を抑えている、北大路の腕は震えていた。恐怖でーというよりは、お互いの腕力がほぼ釣り合っている状態に見えた。


男の出で立ちは、雰囲気的には忍者のようだが、よく見れば黒いパーカーに黒いカーゴパンツと、意外とよくあるカジュアルな格好だった。ワケのわからなさが若干解消され、わずかに恐怖が和らぐ。


「しないわ、アホ! 当然のことのように言うな!」


「はああ、なんでこんな何の覚悟もできてないヤツ選んじゃったんだろっ」


「お前、今なんつった?」


瞬間、力の均衡が崩れる。

北大路は男の手を上に投げ、攻撃が繰り出されるのをすんでのところで阻止した。


「墓場まで持って行こうと思ってたけど、ボクがナンバーワンに選んだの今泉だったんだよねー」


北大路は余裕の表情を浮かべながらも、内心焦っているようだった。


「おい、またあれ来るぞっ」


男が再度、出刃包丁を振るおうと、刀の鞘に剣を収めるような構えをする。透明な鞘から出刃包丁が抜かれるところで、俺は間合いに走り込んだ。


「じゃあ、文句ばっか言うなっ 俺がナンバーワンになったのはお前の責任でもある!」


今度は俺が男の腕を押さえつけ動きを封じた。思うように攻撃が繰り出せず、男はやけになり、腕にしがみついた俺ごと出刃包丁を振り回した。


「わかってるよ、わかってるけど納得できないけど、こういうときは助ける!」


北大路が男の足に抱きついた。上半身には俺、下半身には北大路と、男にとってうっとうしいことこの上ない状況だった。


2人がかりで男の自由がきかなくなったところで、俺は男の体を逆さに持ち上げ、垂直落下式ブレーンバスターを繰り出した。

北大路は「ふざけんな!」と文句を言いながら、巻き添えを食らう前に男の足元から体を転げながら離れる。


「ぅおりゃああああああああああっ」


「や、やめろ!!!!」


そこで初めて男が焦る声をあげるも、地面に頭突きをする形で技が決まった。

直後、男の体から力が抜ける。手も足もだらりと地面に放り出した状態で伸びている。俺もその隣で仰向けに寝転んでいた。


「おーい、大丈夫?」


北大路が腰を折って覗き込んでくる。

それほど息が切れていない様子を見ると、悔しいけれどさすがだと思う。


「……まあ、無事。てかなんなの、これも新入生人気ナンバーワンの宿命なの?」


「だから言ってるじゃん。そうだよ」


「命がけじゃね?」


「命がけだよ」


「この男、って言ってたけど、仲間がいるってこと?」


「だろうね。だね」


「……過激すぎだろ」


ますますゆうみを巻き込むわけにはいかなくなった。

アンチ集団の出現により、俺たちの関係は余計に複雑になる気がした。


「きっとまた、近いうちに来るだろうね」


北大路は今の乱闘で乱れた、結んでいた前髪を解くと、わしゃわしゃと梳かした。


格好つけている北大路を視界の隅に追いやり、俺はしばらく空を見上げていた。


「あ、俺が選んだの、北大路だったよ」


ついでに、独り言のようにぽつりとつぶやく。


雲の流れが異様に早く感じた。



は、続々と新たな写真を更新している。


例によってまたゆうみに断られた俺は、1人寂しく帰り道を歩いていた。

出刃包丁男に知らぬ間に切りつけられていたらしく、気付いたときにはできていた左頬の切り傷がヒリヒリと痛んだ。


「わ、今日襲われたときのじゃん……」


出刃包丁男との戦闘シーンもばっちり投稿されていた。

かと思えば、間抜けな顔で焼きそばパンをかじっている写真もあった。


俺にプライバシーはないらしい。


ネット社会、誹謗中傷。

中川に聞いたときには、ゆうても学校での出来事っしょ。

……と、舐めている部分もあった。


それが、アンチまで出てきて。

実際よりかは規模は小さいものの、これはもうリアルなネット社会だった。


「はあーあ、意味わかんね」


デジタルなものに触れることに疲れ、スマホの電源を落とそうとする-と、最新のネットニュースを知らせる通知が表示された。


見出しは-『麻生真衣あそうまい、誹謗中傷に堪え兼ね一時休業』-とあった。


麻生真衣は人気アイドルグループの中でもとくに目立つ存在だ。


……俺なんかよりこっちのほうが大変じゃん。


似たような境遇と同い年ということもあって、俺は人ごとと思えなかった。


麻生の上目遣いの写真の下に、本人の写真投稿サイトのアカウント名が記載されていたので、ポチっとする。


すると-最新の投稿に付いたコメントがエゲツない量になっていた。

みんな休業についていろいろなことを書いている。


麻生に負けて欲しくないと思った俺は、自分に言い聞かせる意味もあって、短くコメントを残した。


「……あー、明日学校行きたくねぇっ」


スマホの電源を切ってポケットにしまい込む。

そうして電線のカラスを脅かすように叫んだ。


のちに、そのコメントがさらなる嵐を連れてくるとは、俺は予想もしていなかった。

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