第16話 触覚の生えた王子と屋上で。
ゆうみとはほとんど生まれてからずっと一緒に過ごしてきたけれど、ケンカらしいケンカはしたことがなかった。
というのも、ゆうみは頑固者ではあるが、気性は穏やかなタイプだ。
……まあ、よく泣きはするが。
あの小さい体でもって意外と包容力があり、俺の至らない部分を受け止めてくれる。
俺が第二次反抗期を迎えた中学生の頃(第一次は3歳らしい。覚えてなさすぎて草)も、親とは包丁で刺し違えそうなほど荒れていたのに、ただ笑って隣にいてくれるゆうみとの関係性は至ってこれまで通りだった。
それが今にきて、ケンカとは少し違うかもしれないが、ことごとく空気が悪い。
今朝の出来事を例に挙げると……
俺、昨日のことを謝りたくてベランダからゆうみを呼ぶ。
ゆうみ、応答なし。窓にはカーテンがきっちり閉められていた。
俺、聞こえなかったのかと思って、ゆうみの家の玄関まで迎えに行く。
ゆうみ、すでに不在。ゆうみんちのおばさんが出てきて、もう出かけたと伝えられる。
ここまでなら、細かいことを気にしなければ、ああ何か用事があって早く出かけたのかなあとも思えなくない。
が、問題は学校で遭遇したときだ。
俺、隣の席にいたゆうみにややぎこちなく挨拶する。
ゆうみ、聞こえなかったのか席を立って廊下へ。真正面から声をかけたのに、だ。
俺、何かがおかしいと感じ始める。
ゆうみ、廊下で会った野原と楽しそうに話している。
俺、2人の会話に北大路がフツーに混ざってきたのを見てイラッ。
あと、こんなこともあった。
俺、「次の授業一緒に行こうぜ!」とやたら明るめに誘う。
ゆうみ、じっと俺を見る。
俺、ちょっと期待。
ゆうみ、「1人で行きたいの」ときっぱり断ってくる。
俺、180cmの身長を170cmくらいまで縮めて猫背で退散。
……これでも避けられていないと思えるヤツがいるなら、その鬼強いメンタルの切れっ端でもいいから分けて欲しい。
午前中からその調子で抜け殻になった俺は、屋上で1人、味のしない焼きそばパンをかじっていた。空腹感はまったくといってないものの、昼休みという名目上、とりあえず何か食べているといった感じだった。
「ようよう、ナンバーワン、元気ないなあ」
能天気な声が背後から聞こえた。
それが誰のものなのか、まるで頭が回らなくても分かったので、俺はあえて無視する。
「おい、誰か分かってもとりあえず振り向け! 背後から声がしたらそうするのが物語の筋ってもんだろうが!」
そいつ-北大路は、俺の後ろで予想通りうっとうしいリアクションを繰り広げている。
「おい、幼馴染の声以外耳に入りませんてか?」
「何」
幼馴染という単語にまんまと反応した俺は、眉を限界まで寄せて北大路を睨んだ。
もう全然話したくなかったが、一刻も早く黙らせたかった。
「今日、どうした? 朝からずっとゆーみんと別行動じゃん」
「別に関係ないだろ」
「ケンカでもした?」
北大路は俺の大好きなカルピスを飲みながら、隣に座り込んできた。
サラサラの金髪の前髪を結んで、アホみたいにデコを出している。
ちょろっと生えた触覚みたいなその毛束は「引っこ抜いてくれ!」と言っているよう気がした。思わず伸びかけた手を、反対の手で押さえ込む。
「……くっ」
「? どうした?」
「なんでもない」
言って、俺は何事もなかったように、食べかけだった焼きそばパンをぼそっとかじった。
「ゆーみん、かわいいよね」
一瞬、俺が気を抜いていると、北大路はおもむろにそんなことを言う。
「はぁぁあ?」
声のトーンがどこまでも低くなるのを感じた。
これでは、あからさまに機嫌が悪いのが伝わってしまう。
一度、落ち着こう。
北大路は俺の反応を見たあとすぐに、反対側に顔を向け、影で笑っているようだった。
くそっ ことごとく気に入らんっ
「健気な子、ボク、好きなんだよなあ」
白々しくそんなことを言ってくる。
チラッと俺の反応を伺っているのは分かってんだよ。
「はは、ゆうみは貧乳だぞ。色気とかも皆無だぞ?」
「知ってる。この前、誰かさんがファーストキス済ませてないとかで騒ぎになったとき、背負って密着したから」
ふいに北大路がこの間の件をぶっ込んできたものだから、俺たちは思い出したくもない記憶を呼び起こしてしまう。唇が触れ合ったあの感触を。
ずーーーーーーん
途端にお互い反対方向を向き、地面に這いつくばって落ち込む。
いろいろ突っ込みたいことはあったが、とりあえずメンタルを整えてからでないと戦えなかった。
「……そういや、『すゝめ』的なもの読んだ?」
先に立ち直った北大路は、カルピスをちびっと飲んだ。
「あ? 『新入生人気ナンバーワンのすゝめ』?」
「あ……今泉アキトくんはナンバーワンだもんね。ナンバーツーのボクのはもっとタイトル短いんだよ? あれ絶対手抜きだよ?」
北大路は自分で話を振ってきたくせに勝手に皮肉になっている。めんどくせえ。
「で、それが何?」
「いや、どうせさ、内容もナンバーワンとツーじゃ違うだろうけどさ、恋愛禁止の項目とかで悩んでんだろって話」
(そんなまともな話もできるのか、こいつ……っ)
あまりの驚きに、俺は口の端から焼きそばをたらーんと垂らしたまま北大路を見つめた。
「図星か」
「うっ」
「まあ形にこだわらなくても、君がいちばんだ!っていうのは伝わると思うけどなあ」
「は? 俺は別にそんなんじゃ」
「はあ、素直じゃないねえ。まあいいけど、ボクがナンバーワンの座から引きずり降ろす前に退学になったりすんなよな」
「うるせ、わかってるよ」
あぐらをかいた足に肘を乗せ、頬杖を付きながら北大路はふっと笑った。
今日はなんだかこいつに負けている気がしてならない。
「くそ」
やけになって残りの焼きそばパンを口に詰め込んだ。
「今泉-……っ!」
すると、北大路が突然俺の名前を叫んだ。
「は? まだ何かあんのかよ」
「違う、後ろ!!」
突如、強力な風圧が全身を圧迫した。
背後を振り向くと、全身黒づくめの不気味な男が俺に向かって飛びかかって来ようとしていた。その手には刃物のようなものが握られている。
「我が
男は黒いマスク越しに低く太い声ではっきりとそう言った。
(……またワケの分からないヤツが出てきた)
目の前のありえない事態を眺めている俺の頭のなかは、北大路がゆーみんを連発するせいで、すっかり『ルージュの伝言』一色だった。不相応にもほどがある。
清宮に入ってからというもの、1日に起こる出来事の落差がエグすぎた。
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