第15話 幼馴染間での「だって、幼馴染だから」は禁句な件

学校の門から敷地外へ出てすぐ、ゆうみは俺の手を握ってきた。


これまで、転んだゆうみを起こしたり、歩くのが遅いゆうみを引っ張ったりで手を繋いだことはあるけれど、純粋にだけを目的に触れたことはなかった。


(……あれ、なんだか拒否しづらい空気がいつの間にかできあがってる)


告白を拒否された側より、拒否した側のほうが弱い説。


一度断った後ろめたさからなるべく傷つけたくないと感じて、優しく接しようとする心理が働くらしい。メンタリスト的な心理作戦に俺はまんまとハマり、仲良く手を繋いで歩いた。ゆうみのことだから、そこまで考えてはいないだろうけど。


「あのさ、ゆうみも俺が恋愛禁止なの、知ってるだろ?」


ゆうみは、どんぐりをチラつかせたときのリスのごとく、俊敏に俺のほうを振り向く。ピンク味の長い髪がその動きに沿ってしゅんとなびいた。


「知ってるよ! だからね、作戦を考えようと思って。今泉くんのこと大好きだから」


「ぐっ」


さらっと告白すんな!

んで、そんな無防備な笑顔でこっち見るなあっ


気持ちを伝えたあとのゆうみはもはや無双状態で、俺にはどうにもできない。


不毛なやり取りののち、俺たちは手を繋いだままファミレスへ到着した。

密着している手の内は汗がものすごいことになっている。どちらの汗なのかはっきりとは分からないが、たぶん俺のだ。手を繋いだあたりから変な緊張が止まらなかった。


昼時をすぎた平日のファミレスはがらんとしていた。


窓際のソファ席に「わーい」と飛び込むゆうみを見て、俺は無条件で和む。


……いやいや、違う違う。何をホワホワした気分で眺めてるんだ。

告白してきた幼馴染が、俺のこと大好きだとかいう理由で学校のルールに逆らおうとしているんだぞ。俺のほうでも何か作戦を立てなければ。


とりあえずドリアといちごパフェを頼んでから、ズボンの尻ポケットに丸めて突っ込んであった『新入生人気ナンバーワンのすゝめ(最新版)』を開いた。


ドリンクバーをセットで頼んでいたゆうみは、注いできたばかりのオレンジジュースを目の前でちゅーちゅー吸っている。


ストローをくわえた口元は上唇の山がツンととんがって、そこから両端に向かって緩やかに下り、口角に近付くにつれてまた緩やかに上昇する。要するに、いつ如何なるときもリスに似ていた。


「あ、野原さんが見せてくれたのと同じっ」


ルールに変更点がないかチェックしていると、ゆうみが俺の手元の資料に反応した。


「それの最新版な。どこかに抜け穴がないかなあと思ってさ」


「恋愛禁止ってとこ、変わってないかな?」


「……変わってないな。でも注釈が足されてる」


「え!」


「ー”恋愛は禁止とする。ただし、情報の流出が激化した場合は、身を守るために仮の恋人を確保すること(真剣な交際は除く)”。……は?」


(ふざけてんのか……?)


ゆうみはテーブルの上に上半身だけ這わせて近づいてくると、おでこ同士をくっ付けて一緒に資料を覗き込んでくる。


「ほんとだあ、そう書いてある」


言って、ゆうみは顔を上げる。俺もつられて顔を上げる。

らんらんと瞳を輝かせているゆうみと至近距離で目が合った。


嫌な予感がする……。


「身を守る、仮の恋人。ヒーローに、ぴったり!!」


もうなんなの、このルールっ!

ゆうみを盛り上げて俺を盛り下げるためだけの無駄すぎるルールなの!?!?


思わず汚いハイトーンボイスが心の内から漏れそうになる。


「でも、ほら、って書いてあるぞ」


「……え?」


予期せず、ゆうみの頬が赤く染まる。


「え?」


俺も同じ調子でとぼけた声を出した。

甘い空気が漂う。それは、たった今しれっと届いた、いちごパフェのせいじゃない。


「今泉くんも、わたしのこと好きなの?」


白目を剥いて泡を吹き出しそうになる質問が額を直撃した。

俺としたことが、墓穴を掘った……!


「なんでそうなるっ?」


俺はなんとか正気を保ち、額にめり込んでいたゆうみの問いを打ち返す。


「えぇっ、だって、真剣交際になっちゃうってことは両思いなのかなあって……」


そう話す声はどんどん小さくなっていく。


両思いなのかって?

ああ、たぶんそうだよ。まだ少し曖昧だけど。きっと。

でもそれを言ったところで、俺は他に仮の恋人を作るんだーー。


ソファの真ん中にちょこんと座っているゆうみの左右には、まだ充分にスペースが空いていた。こんなに小さくて華奢な体のゆうみを、俺はまた傷つけようとしている。


悩んだ挙句-ゆうみとは両思いじゃないけど、ゆうみを仮の恋人にするつもりはない-という、なんとも歯切れの悪い結論に至った。


「だからさ、ゆうみとは仮でも仮じゃなくても、恋愛が絡む関係にはなれないから」


「……なんで?」


「だって俺たち、幼馴染じゃん。でも、困ったことがあったときは、これまで通り……」


「……うん、わかった。でも、無理……かな。わたし、今泉くんのこと好きな時間が長すぎた」


「いや、ごめっ ほんとは俺……っ」


ゆうみは中腰で立ち上がると、ソファの淵まで移動しようとして、いちごパフェに手をぶつけた。高さのあるグラスはバランスを崩し、テーブルに倒れる。


「ゆうみっ」


スカートをはためかせ、ゆうみはファミレスを出て行った。


絶賛売り出し中の国宝級イケメン俳優だったら、こんな危機もクールな決めゼリフで乗り越えるのだろう。が、残念ながら俺は、意図せず有名になってしまった”なんちゃって人気ナンバーワン”だった。


いちごパフェで復活しかけたヒーローは、また俺のせいで大きなケガを負ってしまった。


テーブルの上には、いちごと、生クリームと、溶け始めたアイスなんかが散らかっていた。

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