第14話 ヒーローはいちごパフェで回復する
ネット上は荒れていた。
俺は芸能人でもないのに、ふと思い立ってエゴサをしてみた。
…ら、どこで撮られたのか、無防備な自分の姿がさまざまな角度からすっぱ抜かれ、その写真の下の欄には賛否両論のコメントがずらっと並んでいた。
う、わぁ〜おっ
思わず洋画の外国人俳優のようなオーバーなリアクションが漏れてしまう。
写真の中には、屋上で撮られた記憶のある、俺の制服のボタンに絡まったゆうみの髪を解こうとしていたときのものもあった。
撮られた角度から見ると、まるでキスしているように見える……。これを撮ったヤツはここまで計算している、絶対。
写真の出所は、新聞部で確定だ。
担任の中川から、ついこのあいだ聞いた話によれば、新入生人気ナンバーワンと新聞部は敵対する仲にあるという。
まあそうだろう。俺の身の回りで起こる騒ぎの元凶は、すべて新聞部のヤツらのせいだと言い切れる。
現に今も、そいつらのせいで俺は進路相談室に呼び出されていた。
生活指導係の教師が席を外したところで暇を持て余したばっかりに、普段ならしないようなエゴサにまで手を出してしまった。
「俺の公式アカウントまでできてるし……はあ」
俺の知らないところで作られたアカウントなら、それはもう非公式だ。ファンのアカウントだ。なんで勝手に公式って名乗ってんだよ。というかそんなこと可能なのかよ。
「やあ、待たせてごめん。今泉くん、写真投稿サイトで公式アカウントできちゃうなんて人気者だね」
そう言って入ってきたのは、小脇に資料を抱えた中川だった。
で、そのネタ知ってんのかーい。
「はあ、全然嬉しくねえすけど」
俺は、向かいの席に腰掛ける中川の動きを、開ききらない目で眺めながら言う。
それから、気持ちを切り替えるようにスマホをズボンのポケットに押し込んだ。
「はは、本人はそうだよね。けど職員室でも話題だよ。今年のナンバーワンはとくに注目されてるって。この前の朝の騒ぎも想定外すぎちゃって、こっちの対応が追いつかなかったくらい」
「そうなんすか?」
だからあんなグダグダだったのか。助けてくれるわけでもないし。
そしてその結果がアレだ。
男とのキスはノーカンだよな?
うん、絶対そう。全米が泣いて否定しても絶対そう。いまそう決めた。
ただ、それだけ注目度が高いと言われると嫌な気はしない。むしろ気分がいい。
誹謗中傷が増えるってことは、それだけ有名だってことでもある。
なんか、変なアドレナリンが出てきて、感覚が麻痺しそうだ。そのうちワケが分からなくなって、最悪の事態に陥りそうな怖さもすぐ近くに感じた。
「なんで俺なんかがそんなに注目されてんすかね?」
俺はいたって普通に生活しているだけだし、勉強や運動は平均以上にできはするが、魅力と言えるのはそれくらいなものだ。
俺という人間を過大評価して、周りが大袈裟に騒いでいるような気がしてならない。素直に喜べないのはそういうことでもあった。
「まあ、”これがいま人気です”って言われれば良く見えてしまうのが人間ていうのもあるけど、それだけじゃないと思うな。今泉くんは、自分で思ってるよりもずっと魅力的だよ」
「うーん、自分じゃわかんないすね」
「例えばー背が高い、切れ長の目がミステリアス、勉強できるし教えるのも上手、運動神経もよくて、運動が苦手な子をさり気なくフォローできる、バランスをうまく取りながら生きられるし、病気持ちの幼馴染のことをずっと大切にしてる……とかとか、まだいっぱいあるけど」
「充分です……! なんか言わせたみたいですみません」
面と向かってベタ褒めされたのは初めてだ。2つ目くらいで早くもお腹いっぱいだった。
「いやいや、伝えておきたかったからさ。なかでも、南波さんの存在は大きいよね」
それは俺も思った。
勉強を教えるのも、運動が苦手な生徒をフォローするのも、全部ゆうみにしてきたことだ。俺がそういう視点を持てているんだとすれば、ゆうみのおかげだった。
ゆうみが作り上げてくれたんだ、今の俺を。
まあ、ただただ世話のかかる幼馴染といえばそうなのだけど。
-今泉くん、いつもありがとうっ
ふにゃっとした笑顔でそう言われると、人助けも悪くないなと思えるのだ。
「その南波さんの体調のこともあるし、今後は騒ぎが大きくなる前にすぐに報告しくれると助かりますーっていう話をしたかっただけなんだけど、こんな仰々しい形になっちゃってごめんね」
「……ああ、そうなんすね。ナンバーワンとしての自覚が足りないとかって、説教されるのかと思ってました」
「いろいろな先生の考えがあるみたいだけど、僕は今泉くんを叱るのは違うと思ってて。だって、学校側の意向でナンバーワンを担ってもらってるようなもんだからね」
話の分かる担任で本当によかったと思う。
「俺も、なるべく貢献できるように努力します」
中川は穏やかに微笑み、ゆっくりと頷いた。
俺の思いをしっかりと受け止めてくれたようだった。
「あ、そうそう、遅くなっちゃったけど、最新版の”新入生人気ナンバーワンのすゝめ”渡しとくね」
そう言って、中川は机に伏せてあった資料を差し出してきた。
ちょうど昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。教師という生き物はなんだか慌ただしく、常に何か案件を抱えているようで、呼び出しの大半は待ち時間で消費される。
「午後の授業の先生には伝えておくから、ゆっくりご飯食べておいでよ。外で待ってる南波さんと一緒に」
「え……?」
この場所へは1人で来たから、ゆうみが待っているなんて知らなかった。
ここで少し作業する-そう言った中川を残して俺は進路相談室を出る。中川の言う通り、廊下には壁に背中を預けて待っているゆうみがいた。朝イチで見ても思ったが、今日も安定の小ささだ。
「あ」
ゆうみは俺を見上げて控えめに声を漏らした。
キスは未遂に終わったものの、どうしても気まずさが止まらない。
今朝も何かと理由をつけて別々に登校してきた。
とはいっても、ゆうみの体調が心配だった俺は、尾行する形でその小さな後ろ姿を追いかけて学校までたどり着いたのだった。
「ごはん、一緒に食べたいなあって、思って、それで……」
ゆうみは左右の人差し指をちょんちょんくっ付けたり離したりしながら、ごにょごにょ話す。身長の低いゆうみは普通にしていても目線は下のほうなのに、今はいつもの倍は下を向いていた。
-南波さんの存在は大きいよね
中川との話のなかで、ゆうみの大切さを再確認した。
安易に避けるだけでは、ただゆうみを傷つけるだけだ。
「……昼飯、何食べたい?」
俺が話しかけると、ゆうみは顔を上げてぱあっと満面の笑みを浮かべる。どれだけ嬉しいのか、大きな瞳はうるんでいた。
「いちごパフェ食べたい!!」
「よし、駅前のファミレス行くかっ」
駅前は、学校の近所とは到底言えない。したがって、午後の授業1コマ分では行って帰って来るのは無理だ。
俺はもうサボる気満々で、なんならそのまま帰っちゃおうぜ!とか思いながら、ゆうみとるんるんで学校を出た。
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