第12話 ぬるっと始まったファーストキス争奪戦 その4
1人になった俺は体育館裏から職員用の駐車場へと向かった。職員室に最も近い玄関に行くには、この駐車場を横断するしかない。
それだけならたいして難しくはないが、この場所は校舎の廊下を歩いている全生徒から丸見えだ。もしもタイミング悪く廊下を通過する者に出くわしてしまったら、たちまち密告されるだろう。
俺は駐車場を取り囲む植木の影に隠れながら慎重に様子を伺った。赤いオープンカーにもたれながら教師が1人こっそりと喫煙しているだけで、生徒の姿はない。校舎の窓にも、今のところ人の影は見当たらなかった。
が、手近な石ころを試しに車と車の隙間の地面めがけて投げてみる。
途端に車の影から数名の生徒が飛び出してきて、石ころが落下した場所に集まってきた。
生憎、北大路と書いて”おとり”と読むあいつも不在ときている。ここは、小学校の頃から一目置かれているこの脚力の出番だ。120%自慢だ。
相手は大半が女子なため、ケガをさせないことを優先する。
それだけを死守すれば、あとは全力で逃げろ、俺……!!
もう一度、今度は自分からより遠いところへ小石を投げる。
車の影からどこからともなく出現する生徒。玄関とは反対方向に意識が向いている隙に、俺は植木から出て、車の影から影へと瞬時に移動する。
ちょうど隠れた先に、日本人形のような髪型をした女子生徒がいた。声を上げるすんでのところでその女子の口を手で塞ぐ。
「わり、後でなんでも奢るから、静かにしてて」
その女子は銀縁の眼鏡をかけていた。俯くと縁の上ギリギリで切りそろえられていた前髪で目が隠れてしまう。が、顔を赤らめていることはなんとなく分かった。
新入生人気ナンバーワンの恩恵やべええええええっ
俺は改めて心の内で叫んだ。
地面に落ちたのが石ころだと気付いた生徒たちがゾンビのように徘徊し始める。
見えなくなったと思ったらまた車の影から現れてを繰り返す、厄介な生徒の動きを観察し、次の車の背後に移るタイミングを見計らう。
生徒たちの視線が分散し、死角が生まれた瞬間、俺は動いた。
職員室へ続く玄関まであと車3台。前方を確認し終え、俺はさっきまで匿っていてくれた眼鏡女子を振り返った。
「幸運を祈りますっ」
あわあわしながら小声でそう言ってくれた。
調子に乗った俺は親指と人差し指でハートを作って投げた。
きもっ
野原と北大路の声が聞こえてきそうだった。
そして、柄にもないことをしてせいで直後に鳥肌が止まらなくなった。
(おえええ)
自己嫌悪という名の巨大な津波が押し寄せる。
女子へのサービスとやらがイマイチ分かっていない俺に、眼鏡女子は俺よりも慣れない手つきで両手でハートを作ってくれる。おかげで少しだけ気持ちが楽になった。
「ちょっと
その女子ー今井は、ゾンビと化している他の女子生徒に呼ばれ、肩を大きく跳ねあげる。
俺を匿っていたことがバレたら今井はどうなってしまうのだろう。
動けずにいる俺に向かって、今井は引き続き小声で、けれどはっきりと言うのだ。
「私のことはいいので、早く言ってください!」と。
おっとりとした雰囲気からは想像できない真の強さが伝わってくる。
(く……っ)
俺は歯を食いしばり、目に進むことにした。
小石のおとり効果が無効になってしまっても、今井に注意が向いている今なら誰にも気付かれずに校舎内に潜り込める。
(今井、マジでなんでも奢るからな……!!)
意を決して残り3台の車から車へと移動し、玄関へたどり着いた。
駐車場よりも少し高くなっているこの位置からは、車の影にいるであろう今井の姿はもう見えなかった。
(……それにしても柔らかかったなあ)
今まで押さえていた口元の温もりと感触が、まで手のひらに残っているのを感じた。
その手をぎゅっと握りしめ、開け放たれていた玄関をくぐる。
どーーーーーーん。
すっかり油断していると、正面に仁王立ちしている生徒と鉢合わせた。
俺は固まる。”ダルマさんが転んだ”をしていたとしても間違いなくアウトなタイミングで固まる。完全に動いているところを見られた。…じゃなくて、完全に見つかってしまった。
俺は今まで以上にその生徒に脅威を感じていた。
なぜかって? それはー。
「あの、握手してもらえますか」
声変わりの途中みたくかすれた声で言いながら、手を差し出してくる。かつ、三白眼が俺をまっすぐに見つめている。
確かに同じブレザーを着ているが、相手のもののほうが遥かにサイズが小さいため別物に思えた。ゆうみとまではいかないものの、165cmはありそうな野原と変わらないくらいの背丈だった。一瞬、中学生でも迷い込んだのかと思う。
俺が感じた脅威の理由。それはー仁王立ちして待ち構えていたそいつは男だったのだ。
入学してから今日までほとんど女子生徒しか見ていなかった俺は、予想外の生徒の出現に咄嗟に反応できなかった。
ゆるくクセのある髪が、窓から吹き込んだ風にふわっと揺れた。
「えと、俺に言ってる?」
俺は自分を指差してアホみたいに問い返した。
女子からの黄色い声にはようやく慣れてきたが、男子からのこういった申し出は初めてすぎた。
「そうです」
遭遇してからこの瞬間まで、そいつはずっと無情表だった。整った顔立ちと相まって、冷たい印象を受ける。
俺はそろっと手を出すも、すぐに引っ込めた。
北大路との一件がフラッシュバックする。手首を掴んで軽く人を持ち上げるあの腕力。手を差し出そうものなら、同じことをされるかもしれない。
北大路よりも得体の知れない雰囲気に、俺は注意深くそいつを観察した。
「何もしませんよ。僕はただ、あなたに憧れてるだけです」
「余計怪しいわっ!!」
そいつは、むむっと考え込む。初めて表情が現れた。
「あ、自己紹介がまだでしたね。それは怪しまれて当然です。僕は
「……え」
「ちなみに、性別はメスです」
「え゛ー!?」
意外と”え”だけでもニュアンスにバリエーションをつければ会話は成り立つものだ。……いや、そんなことは今はどうでもよくて。
新入生人気ナンバースリーまでいることは野原から聞いて知っていた。てっきり男だけで構成されていると思っていたが、ここにメスーいや、女子がいた。
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