第11話 ぬるっと始まったファーストキス争奪戦 その3

一か八か職員室へ逃げ込んで保護してもらうか、それとも呼び出しを華麗にスルーして後々教師のパシリとして全力でポイントを稼ぐか(後者ならここにいる全員連帯責任でよろ)。俺たちは究極の2択を迫れられていた。


俺以外のヤツなら追っ手を気にせず自由に動き回れるんじゃないかとも考えたが、それは新聞部の投稿によって呆気なく阻止された。


アイラブ清宮新聞部<『【キャンペーン】今泉アキトの取り巻きを人質にしてファーストキスと引き換えよう!!!』


……やり方が汚すぎる。何のキャンペーンだよ。俺は新聞部の商品じゃねえ。

手口は違えど、こんな強引なやり方で私生活をネタにされている有名人たちは、さぞストレスだろうなあと思う。


王子な見た目のわりに戦闘能力の高い北大路はいいとして、野原やゆうみはあの人数でかかってこられたらいくら同性とはいえ一溜まりもない。


「けほっ けほっ」


皆が黙り込んでいるなか、ゆうみが胸を押さえて苦しそうに咳き込み始めるー喘息の発作が起きたのだ。


俺はカーディガンで覆われた柔らかくて小さな背中をさする。自分のことで精一杯でゆうみの体を気にかけてやれなかった。本能に負け、欲望にかまけている場合ではなかったと反省する。


ゆうみの咳が止まらないのに反して、新聞部の投稿はそこでピタッと止まった。

体育館裏に避難してから少し距離を置いて聞こえていた生徒たちと思しき足音も、いつの間にか消えていた。辺りは不気味なほどしんとしている。嵐の前の静けさとはこのことだ。


「ゆうみ、薬は?」


いよいよ見ていられなくなり、俺はゆうみの手を引きながら一緒にしゃがみ込んだ。


「けほっ けほっ ん…っ」


咳き込んで話せないゆうみが指差したのは、体育館裏の薄汚れた壁ー俺たちの教室がある校舎の方角だった。


「まじかーー…」


……そうだよなあ、朝からこんなところまで逃げて来ることになるとは思わないもんなあ。


言って、俺が途方に暮れていると、野原も同じ方向を見た。顔には珍しく焦りの表情がうかがえる。不謹慎ながら思ったのは、美人のそういった表情はなぜかそそられる。これもジーザスな本能がーー何度もしつこいので以下自粛。


新聞部のヤツらの動きを封じつつ、職員室のほか、教室に行かなくてはならなくなった。これは難易度マックスのイベントだ。攻略するにはーまず北大路を叩き起こすところから始めよう。


「おいアホ、いつまで寝てんだよ」


「うっざ、お前のバカみたいに強力な瓦割りのせいだから!」


今の今まで白目を剥いていた北大路の寝起きはすこぶる良い。すかさずそう言い返してきた。

ほほーう。俺は世界最小の医療機器レベルくらいには感心した(肉眼では確認できない)。


「大変なことになった、強制的に強力しろ」


「いやそれ、ボクの回答まったくいらないじゃん。少しは選択の余地をくれ」


金髪頭に枯れて茶色くなった桜の花弁が付着している。ついでに一部に寝癖が付いていた。ゆうても、こいつも人気ナンバーツーだ。『王子の寝起きドッキリ!』的なネタを新聞部に売りつけて交渉できないかと真剣に考えた。


「……まあそれは冗談として」


「ねえ今、ボクを新聞部のヤツらに売ろうとか考えてたでしょ?」


俺は北大路に爽やかに笑いかけた。


「図星かよー!!!!!」


「……うるさいわね、早く作戦を決めて」


俺に代わってゆうみを介抱していた野原が暗黒のオーラを放つ。目が合ったら最後、石になって二度と目覚められなくなりそうだ。


「「……はい」」


俺たちはいっせいに野原から目を逸らす。そうして、その辺に転がっていた木の枝を拾い、無駄にでかい体を小さく縮めて、地面に作戦内容を描き始めた。


俺のカスみたいな絵とは違い、北大路の書いた作戦の図は悔しいが上手かった。そして分かりやすい。性格がもろに影響するクリエイティブなシーンにおいて、この出来とは。いつもバカだと思っていたのに、こんな能力を隠し持っていたなんて反則だ。


「え、おまっ 絵うまくね!?」


思わず素直に驚いてしまった。


「はは、ボクの親、画家だからね」


また戯事たわごとをほざいていると、野原にきつく睨まれた。俺たちはすぐに作業に戻る。


即席で立てた作戦はこうだーー。


まず、北大路がゆうみを背負い(不本意だが今回は仕方ない)、喘息の薬を急いで取りに行く。その間、野原はどこかに潜んでいる追っ手に注意しながら新聞部の居場所を探る。残った俺は職員室に向かい、呼び出しに応じるついでに力になってくれそうな担任の中川に助けを要請するーというものだった。


そして任務が完了した際に集合する場所は、例の理科室に決めた。


「ゆうみに何かあったら鼻にカメムシ詰める。耳にはダンゴムシ詰める」


屈んでいる北大路の背にゆうみを預けながら、俺はしつこく釘を刺す。


「は、罰の与え方が最近の小学生以下だな! 虫詰められるの嫌だけど」


「いいから、行くわよ」


ーーいよいよ作戦決行だ。

ゆうみを背負った北大路が立ち上がり、定位置につく。


「けほっ けほっ」


「ゆうみ、巻き込んでほんとごめんな」


咳をするせいで体温が上がり、蒸気したゆうみの頬を撫でた。

ゆうみはそんな俺の手を握ると息苦しさに耐えながら笑った。


「っ…わたし、いまい、ずみくんの、ヒ…ローだから…」


「うん、そうだな、ゆうみは俺のヒーローだよ。苦しくなったらこのバカにすぐに言うんだぞ」


「おいっ」


ゆうみと話す俺を振り返り、言い返そうとする北大路。すかさずその耳を引っ張る野原。


ゆうみがそっと離した手を、俺はもう一度握り返した。


「じゃあまた、理科室で会おう」


俺たちは課せられたミッションを遂行すべく、それぞれの方向へ散った。

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