第7話 才能しかない俺は幼馴染との恋愛においては主人公(笑)
「それってどういう……」
伏し目がちなゆうみ。どう見ても意味ありげな表情。
ゆうみは口元の位置にあった日誌を頭の高さまで引き上げた。
「日直がやりたいんじゃなくて、日誌が書きたいのっ」
「あ、そうなんだ」
俺はあっさり納得する。そんなことだろうと思った。
日誌の向こうにあるゆうみの顔は見えない。だけど、「ついに最大の秘密を告白してしまった」みたいな顔をしているに違いなかった。
⁑
日直は朝のホームルームにて『今日、気になったニュース』を発表することになっていた。これが日直が嫌いな理由の1つだ。
社会に目を向けろっていう遠回しな呼びかけなのか。それなら直にそう言ってくれたほうが分かりやすい。
黒板の前にゆうみと2人で立つ。
小学生の頃からずば抜けて背の高い俺と、ずば抜けて背の低いゆうみとの身長差はなかなかエグいことになっていた。
あまりの差にクラス中から「わあ……」という声が上がる。2人でいることが多いだけに、俺たちはそんな反応にはもうすっかり慣れていた。
朝のミッションを白目で乗り切り、授業ごとの号令、黒板の整備、その他もろもろの雑用をこなし、夕暮れを迎える。
ゆうみは1日中日誌を手放さず、こまめに授業内容などを書き込んでいた。
号令をはじめ、ゆうみの背では届かない黒板の整備や教師の荷物運びなんかは、俺がほとんどこなした。佐伯が欠席しなければ、ここまで仕事量に偏りが出ることはなかっただろう。
が、高さの合っていない机に座り、嬉々として日誌と向き合っているゆうみを見ていると、俺はそれだけで「ああ、いい仕事したわ」と満足だった。
「あ、今泉まだいてくれてよかったーっ これからサッカー部の練習付き合ってくんねえ? 今日練習試合なのに1人欠席でさあ」
あとは日誌を届けて、日直の仕事は無事終了。荷物を持ってゆうみと職員室へ向かおうと教室を出ようとすると、ユニフォームを着たサッカー部の1人が廊下を走って着た。
「え、まだ体験入部中だろ? 1年の俺なんか役に立たないって」
「顧問に今泉の話したらぜひ連れて来いって!」
小学校の頃から何かと運動の各種目で目立っていた俺は、巷で少し有名な存在だった。中学に入学して間もなく、「必要なときに声かけるから、特定の部活には入らないでくれ」と学校側から頭を下げられたというエピソードもあった。
「今泉くんっ」
ゆうみが俺の学ランの裾をくいくいっと引っ張った。
見下ろすと、ゆうみは場違いなほど寂しそうな目をしていた。瞳に反射する光がうるうると揺らいでいる。
「行っておいでよ! 日誌くらいなら1人で届けられるもんっ」
そして、俺が「どうした?」と聞く前に、何かを堪えるようにして笑った。
「早く、今泉! 相手チーム来ちゃうよ!」
サッカー部のやつに急かされ、早急な決断を迫られた俺には、ゆうみの言葉の裏を読んでいる余裕はなかった。
「じゃあ、行ってくるわ。遅くなると思うから先に帰ってろよ」
「早く早くっ」
「あ゛ーもううるさいな、行くからっ」
手で煽ってくるサッカー部のやつを追いかけ、ゆうみを残して教室を飛び出した。
ゆうみは日誌をぬいぐるみみたいに胸に抱きしめ、一方の手を俺に向かって小さく振った。
⁑
練習試合は思ったよりも早く終わった。というか終わらせた。
どうしてもゆうみのあの顔が気になった俺は、急いで得点を稼いだ。おかげで試合は巻いた。サッカー部の顧問には、「学校側は俺が説得するから、サッカー部に入ってくれないか」と懇願された。
「ちょっと急いでるんで」
そう言って、やんわりかわした。
「じゃっ」
「おう、ありがとなっ」
先ほど教室に呼びに来た同級生にだけ挨拶をして帰路についた。
のんびり歩くゆうみの速度なら、あと少しで家に着く頃だろう。
俺はマラソン大会でぶっちぎりの1位しかとったことのない足でひたすら走った。
学校と家のちょうど中間に小さな公園がある。桜の木で囲まれた、隠れた花見の名所だった。
もうほとんど桜は散ってしまい、ごくたまに木の枝に残っていた花びらが散る程度だった。走りながら、花びらの行く末を目で追うと、その先には、ぶらんこのしゃがみ込むゆうみの小さな後ろ姿があった。
まさか、喘息の発作か……?
途端に、1人で帰らせてしまったことへの後悔が押し寄せる。
俺はサッカーの試合の延長かよと思うくらいに激しくスライディングし、ゆうみの元へと辿り着く。
「おいっ 大丈夫かっ」
そして、少しでも楽になればと、ゆうみの背中をさすった。
「あれ? 今泉くん、早いねっ」
顔を上げたゆうみは、喘息のぜの字も見当たらないくらい、ハツラツとしていた。
「ちょ、なにやってんの……?」
「え? これ見てただけだよ?」
ゆうみが見ていたのは、ぶらんこの下にある窪みの水たまりに浮かんだ桜の花びらだった。
「えへへ、きれいでしょ」
呑気な笑顔に俺は脱力した。
すっかり地面に座り込んだ俺は、足を放り出して後ろに手をつき、休息する。
水たまりを指先でつついているゆうみの手の甲に、10円玉くらいのスタンプが2つ押してあるのが目に入った。
「あれ、それって」
「ん? ああこれね、今泉くんの分も押してもらったよっ」
それは、日直をやり終えた生徒に担任がなぜか押してくれる「大変よくできましたスタンプ」だった。子供騙しかよ、と思う。
「お揃いのスタンプ押してもらって一緒に帰りたかったなあ、なんて」
けれど、ゆうみにはそのスタンプがとてもつもないご褒美だったようだ。
ゆうみは照れ笑いする。本音を曖昧にする語尾を付けて。
⁑
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