第4話 ヒーローとの恋愛は禁止です。

新入生人気ナンバーワンの役割、その1。


構内を清潔に保つべし。


人気ナンバーワンの役割、その2。


弱き者をフォローすべし。


ナンバーワンの役割、その3。


本校全体の学力向上に努めるべし。


……んばーわんのやくわりぃ、そのよーん。


常に生徒の手本となるべし。



野原に渡された『新入生人気ナンバーワンのすゝめ』に目を通していると、嘘みたいに清く正しい生徒像が書かれていた。


さぞ名誉なことと思いきや、新入生人気ナンバーワンなんて所詮名ばかりの、見返りのないポジションだった。


「え、ただただ都合よくコキ使われてね? これ、生徒会にやらせればよくね?」


俺は口をひん曲げて隣の席で懸命にノートを取っているゆうみに愚痴った。


ゆうみは授業に真剣で気付かない。シャーペンを持っている手は袖にすっぽり覆われて相変わらず見えないままだ。暖房が暑いのか、頬は赤く染まっていた。


まつ毛、長いなぁー……。


ゆうみを見ていると、ささくれ立った気持ちが少し落ち着いてくる。


チャイムが鳴ったタイミングで解散したあと、俺たちはそれぞれの教室に戻った。


俺とゆうみは1-Aクラス、野原は1-Bクラス、北大路だけ飛んで1-Eクラスだった。


A〜Dクラスまでの教室は一列に並んでいるものの、Eクラスだけは屋上と下の階へ行くための階段を隔てて、孤立していた。


北大路は「放課後また理科室ここ集合な! いいな! 絶対だぞ!」と一方的に約束を取り付けてきた。


たぶん、友達がいないから1人で帰るのが寂しいのだと思う。


「あ」


ようやく俺の視線に気が付いたゆうみが小さく声を上げた。


「暑いのか……?」


俺は、ゆうみの赤く染まった頬に手を伸ばし、そっと包み込んだ。


ゆうみはくすぐったそうに顎を引いた。


「うん、ちょっとだけ。でも、大丈夫!」


「無理すんな」


俺はゆうみの頬から離した手で小さな頭をポンと軽く叩き、椅子から立ち上がった。


「お、今泉どうした?」


国語の教師が椅子と床が擦れる音に反応し、板書を止めてこちらを振り返った。


「ちょっと暑いんで暖房、弱くしていいすか?」


ようやくおさまった女子のきゃーきゃーという声が再び抱え始める。


「暑がる今泉くん、色っぽい……!」「ワイシャツの襟元の開き具合やばっ」


それらの小声もばっちり聞こえていた。俺はなんだか居た堪れなくなって、口を一文字に結び、視線を窓の外へ逃す。


教室内歩きづれーなと思っていると、席を立ったゆうみが目の前でジャンプをする。俺の首に腕を回し、抱きついてきた。


背丈の足りないゆうみは案の定、宙ぶらりん状態になった。


俺は突然にぶら下がってきた錘に首を持っていかれないよう、気合いで持ち上げる。ゆうみの背中に腕を回し返す。


……いや、なんだよこの状況。


誰がどう見ても、授業中にも関わらず我慢できずに抱き合う男女の図。


俺の胸元に顔を埋めていたゆうみが、ぷはっと息継ぎをした。そしてとんでも発言をかます。


「今泉くんのワイシャツの中は、わたし以外は見ちゃだめだもん!」


ゆうみ、アウトー……。


国語の教師は何も言わずに暖房器具の前まで行くと、ボタンを何度か押した。あえてこちらを見ないようにしながら教壇に戻り、何事もなかったかのように板書の続きを書き始めた。


女子たちの声も途切れた。代わりに穴が開きそうなほど、ゆうみの背中に回されている俺の手を見つめていた。


「う、うらやましい」


唯一、そうつぶやいたヤツがいた。男子生徒だった。俺は真顔になる。


さきほどの1000倍は居た堪れなくなり、俺はコアラみたいに抱きついたままのゆうみを抱え、教室の後ろを通ると、そのまま廊下へと出た。


ドアを閉めるまで、クラス全員の視線が刺さりまくりだった。


「今泉くん、いいにおいがする」


首筋に鼻先が当たるくらい近づけて、クンクン匂いを嗅いでくるゆうみ。こそばゆい。


「だー、嗅ぐな、嗅ぐな」


俺が手の力を抜くと、ゆうみは万歳をしたままずるずると床へ落ちていった。


危うく、ゆうみ相手に変な気を起こすところだった。


「これからは大勢の前であーいうことすんなよ」


俺は必死で本心を隠した。


「え? どうして?」


「俺、いまワケわかんねーヤツらに狙われてるし、俺と仲良いと思われるとゆうみも危険な目に合うかもしれないだろ」


「え? ぜんぜんいいよ?」


ゆうみはキョトンとした顔をしながら首を傾げる。ピンク味を帯びた髪がかかった右肩から、カーディガンがずり落ちていた。


「わたし、今泉くんのヒーローになったんだよ? 危険な目に合うの大歓迎!」


「いや、そうは言っても……て、もう俺のヒーローになったんだな」


俺はそのカーディガンを直し、こめかみをぽりぽり掻いた。


ゆうみが俺を守るってことは、俺がゆうみを守るっていうことでもある。


しかも守るだけでなく、ゆうみが俺のことを守ったように演じながら、相手を倒さなければならない。北大路のときは、たまたまうまくいったようなものだ。今後また何者かに襲われたとしたら、あんな複雑な戦い方ができるかどうか保証はない。


それから、それから。


俺はふと、『新入生人気ナンバーワンのすゝめ』に書いてあった役割のうち、5の項目を思い出した。




新入生人気ナンバーワンの役割、その5。


全生徒に平等であるべし。


よって、恋愛を禁止する。


なお、新入生人気ナンバーワンの決まりを守れない者はーー。




こういう書き方はやめておいたほうがいい。


禁止されると余計にそれをしたくなるのが人間の性ってもんだ。


「ジュース買ってくるねっ」


スカートの裾をひらひらさせ、ゆうみはパタパタパターッと走っていった。蝶々を追いかける子どもみたいだった。


以前までなら、平和な日常しか見えていなかったのに、いまは不穏な日常の気配を意識してしまう。俺とゆうみしかいないはずの廊下で、どこからか監視されているような視線を感じた。


後ろを振り返るが、そこには生徒のロッカーが整然と並んでいるだけで、人影などはなかった。


俺は遅れてゆうみの後を追う。


「こんなことなら、勉強、教えなければよかったな」


俺と同じ高校に入ると言って聞かないゆうみに、勉強を教えたのは外でもない俺だった。




新入生人気ナンバーワンの役割、その5。


全生徒に平等であるべし。


よって、恋愛を禁止する。


なお、新入生人気ナンバーワンの決まりを守れない者は、即刻退学とする。



このルール考えたヤツ、絶対リア充を恨んでただろ……。


そうとしか思えないほど理不尽な項目ばかりだった。


俺は、普通に歩いていてもずっこけるようなトロいゆうみを1人残して、退学になるわけにはいかなかった。


というか、俺が退学になったらゆうみも、あれだけ努力して入った高校をいとも簡単に辞めるとか言い出すかもしれない。いや、そうに違いない。


つまり、俺の今後の行動1つがゆうみの運命まで左右するということだ。


こんなことなら、あらかじめ「新入生人気ナンバーワン」とかいう制度を徹底的に調べて、自分に災い(もはやそうとしか言えない)が降りかからないように根回ししておけばよかった。


そういや、俺は誰を選んだっけな。


頭のなかの引き出しを1つずつ開けるように、記憶をたどる。アンケートに回答したときの映像がよみがえる。質問の内容は、「この中で一番頼りになりそうな生徒を1人選びなさい」。全生徒のプロフィール一覧と、アンケート用紙を交互に見る。ピンと来たヤツの名前を書き込む。


そこで俺ははっとした。


「うそだろ…あの日に戻って選び直したいことこの上ない」


俺が選んだのは、北大路だった。プロフィール写真の髪は黒かったから、一致していなかった。


「あー、嫌な記憶がまた脳の容量を無駄に消費したー、最悪だー」


北大路には口が裂けても言わないでおこうと誓った。

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