第3話 属性の違う女子に囲まれながらチョコを食らう午後

「はああああああ?」


俺は過去最高にうんざりした表情でそう言った。アホ丸出しのカットインで申し訳ない。


だが、これにはちゃんとした理由がある。人気ナンバーワンという立場があまりにもめんどくさいものだったからだ。


新入生代表こと、野原真白のはらましろは、昼休み中で誰も使っていない理科実験室へ俺たちを連れて行った。


すっかり野次馬だらけになったあの場を離れる際、野原は、意識を失った北大路を運べと指示してきた。


「自分を襲ってきたやつの面倒をみるなんてごめんだ」と言ったら、過去の恥ずかしい話をバラすと脅された。思い当たることが多すぎて、何で知ってんだと言い返すところまで頭が回らなかった。


そうして仕方なく、俺はヤツを肩に担いでここまでやって来た。身長が自分とあまり変わらない北大路を運ぶのはなかなか骨が折れた。


ゆうみは周辺をちょろちょろ動き回りながら、北大路を担いでいるせいで両手がふさがっている俺の警護をしていた。


「だから、新入生人気ナンバーワンはその名の通り、全生徒が選んだ人気ナンバーワンの生徒のことなの」


野原は長い髪を背中に払いながら、同じ説明を繰り返した。俺はそのまんまの意味だなと思いながら黙っていた。


「全生徒って、先輩たちも含めてってこと?」


そう聞いたのは、丸椅子に座って足をはだつかせているゆうみだった。


「そうよ。新入生はほとんどの生徒が外見のよさで決めるけど、2、3年生は外見の他にも学力や運動能力、人間としての素質なんかも加味して選んでるわ。」


学力は自分で言うのも何だが申し分ない。とくに勉強をしなくても楽にこの難関校に入れた。


次いで運動も、やろうと思えばジャンル問わずこなせるくらいの能力はあった。中学の頃は、野球・サッカー・バスケ・陸上・柔道・剣道などなど、大会が近づく時期になるとさまざまな部に駆り出されたものだ。


唯一、人間の素質については計り知れない。よって、PRできる部分かと聞かれると、YESとは言い切れなかった。


「わーっ、だからどれも100点満点の今泉くんが選ばれたんだね!」


能天気なゆうみは、真っ直ぐに俺を褒め称えてくる。


「ふん、人間の素質があるようには見えないけどな! ていうか、すべてにおいてボクに劣っている!」


いつの間にか目を覚ました北大路が会話に割り込んできた。床に転がったまま後ろ手に縛られ、首をリードでつながれている姿は見るに堪えない。ヤツがどうしてこんな有様なのかは、指示を出した野原に聞いて欲しい。


俺は北大路を一瞥しただけで、またすぐに本題に戻る。


「何となく分かってきたけど、全生徒が選んだってところは引っかかる。全生徒が集まるような大規模な集会は3日前の入学式しかなかったぞ。どうやって選んだっていうんだ」


野原も北大路を一瞥しただけで、話を戻す。


「入試の合格発表の1週間後に、新入生だけ学校に集められたでしょ? その日、全員が奇妙なアンケートに答えたはずよ」


「あー、そういえばそんなのあったな。全生徒の妙に詳細なプロフィールが載ってたから、『ここの個人情報管理システム大丈夫ですか?』って思わずそばに立ってた教師に聞いたわ」


「そういう可愛くない生徒は先生たちから嫌われるわよ」


「大きなお世話だ」


北大路の喚き声はすっかり、俺と野原の会話のBGMになっていた。


「で、なんで全生徒が決めた決定事項を、北大路みたいに覆そうとしてくるヤツがいるんだよ。俺がナンバーワンなのはもう確定してるんだろ?」


「ちょっとは自分で考えなさいよ。あんた頭いいんでしょ」


「いやいや、頭脳の問題じゃないでしょ、この場合。ありえない設定いきなり押し付けられたんだよ、こっちは」


「きっとみんな、今泉くんのことが羨ましいんだよっ」


いつの間にかチョコの包み紙を開けながら、ゆうみがのほほんと言う。そして「はい、あーん」と、人差し指でつまんだチョコを俺の口元に差し出してきた。


俺は昔からの名残りで、なんとも思わずゆうみの指からチョコを食べた。


「おい、なんだてめえっ、うらやましいぞこら! 人気ナンバーワンなうえに幼馴染キャラ付きかよっ」


俺たちの様子を見ていた北大路は意味の分からないことを叫ぶと悔し涙を流した。そして、「くそっ くそっ」と言って陸に打ち上がった魚のようにバタバタと暴れ出した。


「あんた、さっきからうるさいのよ!」


案の定、キレる野原。


北大路の首につながれたリードは、実はいま野原の手の中にあった。


野原にぐんっと引っ張られ、北大路は床を引きずられていく。この光景はもはやSで始まる、かの有名なプレイスタイルだ。


俺は、親が子どもに有害なものを見せまいとするように、ゆうみの目を両手で静かに覆った。


こんな人間の汚れた一面は、一生見なくて済むのなら、そのほうが絶対にいい。


「南波さんの言うとおり、あなた自身に対してはともかく、ナンバーワンの座を羨ましく思っているヤツは多いわ」


微妙に失礼な一文があったことは、今回はスルーしておく。


肩膝立ちをしている下に北大路を敷いて、凛とした声で話す野原はジャンヌダルクのように気高かった。ただし、足元の付属品(北大路)を人差し指と中指で隠し、視界に入れなければの話だ。


「そういうヤツらは自分のほうがナンバーワンに相応しいと思って、必ずあなたを引きずり下そうとしてくる。今日の一件で、あなたの顔は多くの生徒に知れ渡ったわ。本当なら、ナンバーワンは誰にもバレないよう、ひっそりと過ごすのが鉄則なのに」


「今さらそんなこと言われても」


もっと早く登場してよ、案内役キャラさまよお。


「いや、でも、瓶ぞこ眼鏡のあいつとか、目の前のこいつとか、ていうかあの場にいた全員が、俺がナンバーワンだってすでに知ったぞ。それに、ゆうみだって」


「それも問題なのよ。誰かが情報を漏らしたとしか思えないわ。南波さんはどこからその情報を?」


野原は顎に手を当て、ゆうみに問いかけた。


そのゆうみはといえば、未だに俺に目隠しをされたままだった。


「えっとー、今泉くん、いつまでこうしてればいいの?」


ゆうみの指先が俺の手に触れた。俺はゆうみに目隠ししたままだったことにようやく気付いて、ぱっと手を離した。


「わり、邪魔だったよな」


「ううん、今泉くんの手あったかくて好きー」


殺伐とした雰囲気の野原とは反対に、ゆうみは相変わらずぽわんぽわんとした空気をまとっていた。


「あーもう、いちいち羨ましいなあっ」


野原の下敷きにされ、ほんの一瞬だけ大人しくしていた北大路がまた暴れ出した。

確かこいつも一応ナンバーツーとか言われてたな。いま清宮の全生徒に言いたいのは、評価基準どうかしてるぞ、だった。


「わたし、入学式の日に今泉くんを狙ってたカメラの人を見かけて、その人が『あいつが今年の新入生ナンバーワンか、せいぜい気をつけることだな』って、すごい怖い顔でつぶやいてたの」


ゆうみは、つい先ほど屋上で遭遇した瓶ぞこのことを入学式の日から怪しいと思っていたらしい。ちょうどその頃様子がおかしくなったのは、どうやらそれが理由のようだった。


「ナンバーワンがいれば、ツーもスリーもいるわ。あ、ツーはこいつだったわね」


野原は半ば北大路の背中の上に座り込んでいた。そのとき、野原は気付いていなかったけど、北大路は満更でもないような顔をして静かに下敷きにされていた。


いいのかよ、それで。


北大路に、ほんの少しだけ、本当に本当にほんの少しだけ同情したところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

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