第2話 うさんくさい王子を倒したら案内役のS級美少女が出現

ゆうみを追いかけ、屋上から新入生の教室がある3階の廊下へ降りると、右を見ても左を見ても同じ制服の生徒だらけで、早くも見失った。


俺は短距離も長距離も得意なほうだけれど、どこかに隠れるだとか、そういうではゆうみのほうが上だった。


喘息持ちでありながら、自分の体の限界を無視して無理をしがちなところがある。そんなゆうみが暴走しないよう制するのが昔からの俺の役割だった。


「あいつ、ほんとメンドー」


俺はほとほと嫌になって、髪をぐしゃっとかき上げた。


厄介者のゆうみにどうしてここまで付き合うのかといえば、ほんの数分だけ俺のほうが先に生まれたものだから、同い年だけれど妹みたいな存在なのだ。


性格もあんな感じなので、できればほうっておきたいけれど、それができないのが現状だった。


ちくしょ、無駄に父性くすぐりやがって。


俺は今日何度目かのため息をついた。


軟弱な体なので、まだそう遠くへは行っていないはずだ。気を取り直して、まずは3階の教室を隅から隅まで探すことにした。


制服をいまひとつ着こなせていない新入生たちでざわついついる廊下を、ふらふら歩いてみる。


するとどこからともなく「きゃぁきゃぁ」と、はしゃぐ声が巻き起こる。


1歩進んで「きゃー!」


2歩目を踏み出して「きゃー!」


1番手前の教室を覗いて「きゃー!」


いやいや、からかってんのかい君たち。


そう思っても不思議ではないくらいには、不自然な現象が起きていた。


俺が少し動くだけで、廊下にいる女子や教室にいた女子(なかには男子もいた)や、中庭を挟んで向こうの校舎の廊下を歩いていた女子たちまでもが、恍惚とした表情で奇声(本当は歓声)を上げた。


「おい、そこの今泉!」


どこからともなく姿を表した、明るい髪色のもしゃもしゃヘアの男子生徒が、初対面にも関わらず俺を指をさしてきた。キラキラとしたオーラを嘘みたいに背中に背負っていて、絵に描いたようにうさんくさい王子キャラだった。


俺は人違いかと思って、自分の後ろを念の為に確認する。背後には生徒がきれいに左右に避けたことによってできた花道が続いていた。


つまり、「そこの今泉」とは、のことらしい。


「君さぁ、ボクとキャラ被るからあんまり目立たないでいてもらっていいかな?」


引き続きこちらを指さしたまま、王子は不敵な笑みを浮かべる。


こいつの妙に輝かしい目ん玉はただのビー玉でできてんのか。イミテーションか。どこからどう見てもキャラが被る心配は皆無だと思う。


「きゃー! 人気ナンバーワンとナンバーツーの2ショットよっ 夢みたいっ」


周りにいた生徒のなかからそんな声が上がった。


俺には、どこにでもいる高校生同士が向かい合っているだけにしか見えない。


「ボクの名は、北大路きたおおじベンジャミンかおる。必ずナンバーワンの座は奪還するからなっ」


奪還の意味分かってんのか?


そもそもナンバーワンの座ってなんだ。俺がそれだって言うのか、こいつ。


随分たいそうな苗字のくせにアホっぽいな、と思う。顔は、な○わ男子にいそうな雰囲気で、男の俺から見ても悪くはないと思う。


だけど、なぜだろう。まったく褒める気になれない。


「わり、俺急いでるから、また後にしてくれる?」


俺は首の後ろをついクセで撫でながら、北大路(名前が長すぎてこれしか覚えていない)の横を通り過ぎようとした。


その瞬間、体がふわっと浮いた感覚があり、そのまま逆上がりの要領で一回転した。あとわずかで後頭部を廊下に叩きつけるというところで、何か柔らかいものが滑り込んで来た。


ふにっ。


なんだか知っているような感触だった。何はともあれ、そのおかげで頭を強打せずに済んだ。


「君にもボディーガードがいたのか」


北大路は腰をかがめると、廊下に仰向けに倒れている俺の顔を覗き込んできた。


この男、今、俺の手首を軽く掴んだだけで、いとも簡単に180cmあるこの体を持ち上げた。細身のわりに脅威の腕力だ。


「は? ボディーガードなんていねえよ」


俺は引き続きふにふにした感触のそれに頭を乗せたまま、口だけで北大路に反撃する。


「じゃぁ、そこに寝そべってるのはなに?」


そう言われて寝返りを打つと、俺の頭の下にゆうみがうつ伏せで伸びていた。


「ゆうみっ」


そして、ふにふにの正体は幼い頃から飽きるほどに見てきたゆうみの尻だった。


俺は慌てて起き上がり、口から魂が半分ほど出ているゆうみを抱き起こした。


「ゆうみっ」


何度か呼びかけると、ようやくゆうみは意識を取り戻す。


「あ、今泉くん、おはよ。無事みたいでよかったあ」


そう言って、ゆうみはふにゃっと笑った。俺はそれを見て脱力する。


「何やってんだよ、無理すんなって言ったじゃん」


「おいおい、君たち、ボクを無視するんじゃあないよ」


俺たちの横で北大路が何か言ったが、今はそんなことはどうでもいい。


そのほかのギャラリーはしんと静かで、空気を読んでくれているようだった。


「だって、わたし、今泉くんのヒーローになるんだもん」


たらっ。


力強いセリフの後で、ゆうみの鼻からわずかな鼻血が流れ出た。


俺をそれを見るなり、たちまち腹が立って、ゆうみをお姫様抱っこして立ち上がる。


そしてゆうみを抱いたまま、天井に頭がぶつかるすれすれのところまで飛んで、北大路に飛び蹴りをかます。


実際に北大路に一発入れたのは、ゆうみの足だ。


ヤツに触れるすんでのところで、俺は北大路の鼻を突いて弱らせたあと、ゆうみの足首を持って蹴りを入れた。


側から見れば、ゆうみが北大路を蹴飛ばしたように見えるよう演じたのだ。もちろん、俺が鼻を突いたのはゆうみにも知られていない。


北大路は背中から廊下に倒れ込んだ。

抱えていたゆうみを下ろし、近づいてヤツの顔を見下ろすと、白目を剥いていた。


「わーい、わたし、ちゃんと今泉くんのこと守れたよっ」


お気楽なもんだな、おい。


けれど、そう言って平和に喜ぶゆうみを見られることが俺には嬉しく思えた。


「ちょっと、あなたたち!」


またまた外野から騒がしい声が上がる。


「こんなに派手にやらかしたら、えらいヤツらに目ぇつけられるわよっ」


大勢の生徒の群れから、長い黒髪をなびかせて現れたのは、瓶ぞこ眼鏡の男子生徒とはまた違った意味で入学式で目立っていた女子だった。新入生代表の挨拶なんかを任せられるタイプの、我々平民の生徒とは別格の人種だ。


「そもそも、新入生人気ナンバーワンのこと、ちゃんと知ってるの?」


俺はゆうみと目を合わせる。


「知りません」


そして2人同時にそう答えた。


「てか、何それ。俺、何かのナンバーワンなの? そんでもって、ゆうみも知らないのかよっ」


「うーん……ちゃんとは知らない。人気ナンバーワンていうから、今泉くんの人気が急上昇して、みんなの今泉くんになっちゃうのかなあって……」


ゆうみは何かごにょごにょ言っていた。


新入生代表は俺たちの無知なやり取りを目の当たりにすると、目をつむって大きくため息をついた。


この一件をきっかけに、うさんくさい王子以外にもナンバーワンの座を狙うヤツらが密かに動き出していた。俺はまだ自分がどんなにめんどくさい立場にいるかをまったく知らなかった。

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