第4話 チェリー味のリップ

~語り手:リル~


 7月半ば、森の中はまだ涼しい方なのかしら。でも店はもう暑いわ。


 ………と現実逃避してみたのはいいけれど、今は暑さは関係ない。

 ここは深い森の奥で、フラン先生に引率されてきた「危険地帯」なんだもの。


 事の始まりは、フラン先生の授業で、魔女には必須というか定番の「子宝を授かる秘薬」の作り方の授業を受けてた時よ。

「材料の採取場所と採取方法も教えましょうか?」

 というセリフに喜んで「お願いします!」と言ったのが間違いだったかな。


 材料は「ゆりかごの花」「マンドラゴラ」「器創りの実」

 今目の前にしているのは「ゆりかごの花」が群生している所で………。

 淡く光るベル状の花は、とても美しい………

 根元から大量の蛇が威嚇してこなければ、だけどね―――。


「フラン先生!これどうやって花を取るんですか?魔女はみんなこれやってるんですかぁ!?絶対違いますよね!?(リル)」

「ここのゆりかごの花は、効力が強いかわりに蛇を呼び寄せるのよ。全員腰が引けてるわね………蛇が噛むより早く採取すればいいだけじゃない?」

「「「「「無理です!!(全員)」」」」」


 しょうがないわね、とフラン先生は、先が小さなY字になっている、長い棒を取り出して言った。

「この先端に花を引っ掛けて、プチっと摘むのよ。地道だけどね」

「フラン先生!先にそれ出して下さいよ。今日が命日になるかと思いました。毒蛇にやられて死ぬのかと………(ミラ)」

「大げさね、毒蛇はそんなに混じってないわ」

「混じってるんじゃないですか!(リル)」


 ああもう「蛇が噛むより早く採取してね」と言われなくて、まだマシだったと思うことにするわ、うん。

 採取を終えると、フラン先生が一言。

「じゃ、次はマンドラゴラね」

 ………普通のマンドラゴラでありますように。


 『テレポート』で連れて行かれた先は、緑に覆われた、天然の段々畑と言った感じのところだった。畑の端には岩山がそびえたっており、蔓植物が豊富に茂っている。


「これはレッドマンドラゴラと言って、薬効がとても強いの」

「普通に『沈黙ミュート』をかけて抜いたらいいんですかぁ?(ベル)」

「そうね、思い切りかけないと破呪してくるけど」

「ふえっ!?(ベル)」


「10倍がけもすれば大丈夫だと思うわよう?あなたたち、並の魔女より魔力は大きいんだから大丈夫よ。マンドラゴラは色んな薬で使うんだから、ここでレッドマンドラゴラの採取を覚えておくと後が楽よ」


 納得しかけた私は次のフラン先生の台詞で凍りつく。

「あ、でもこの辺に生い茂ってる蔓植物は食人植物だから気を付けて」

「「「「「え………?」」」」」


 即座に周囲を警戒する私達。でも遅いとろいのが1人いたわね………

 蔓にクルクルっと巻かれ、崖の中腹に開いた口に持って行かれるベル。

「キャー!ベルゥー!(エナ)」

 リタは比較的冷静に魔法を使う

「『下級:水属性魔法:フリーズアロー!』(リタ)」


「氷属性じゃ動きが鈍る程度だからダメよ。風属性で蔓を切らないと」

 冷静なフラン先生の台詞で、私は慌てて『ウィンドカッター』を展開。蔓を切る。


 ぼとっ、と落ちてきたベルは本気泣きしてたわ。

 ちなみに本体の食人植物は、ミラがみじん切りにしていた。

 うーん。油断しなければ対処は難しくないけど、リタ・ベル・エナの3人娘には固まって対処してもらいましょうか。

 フラン先生の台詞じゃないけど、薬効の強いマンドラゴラって貴重だから多少危険があっても採取したいもの。


 マンドラゴラの採取が無事に―――『沈黙ミュート』してたにもかかわらずダメージを受け者もいたけど―――終わって、次は最後。

 

「器創りの実」

 胎児の体を構成する成分になるこれは、普通の実でも採取が難しい。

 ちょっとでも傷を入れたらダメになるのに、吸血蝙蝠が好んで住み着く木になる木の実なのよね。蝙蝠たちの爪では何故か傷つかないようになっているみたい。


「さて、ここでは私から特殊能力を教えてあげるわ『特殊能力:マリオネット・バット』よ。普通のコウモリにも効くけど、今回はジャイアントバット相手だからね☆技能の習得には強力な相手程早く覚えられるのよ?」


 ああ………やっぱり普通じゃなかった。

 フラン先生の理屈は分かるけど、ああ、なんて言ったらいいのか!

 

 でも私たちは、途中何人かジャイアントバットに攫われかけたりしつつも、技能を習得し、丈夫な体を作る事で定評がある「高・器創りの実」をgetした。


 私とミラのレベルで、何とか一人で蝙蝠の操作マリオネット・バットと採取が同時にできるかな、という感じ。

 三人娘?三人まとまってないととても無理ね!

 辛うじてリタだけが2人でもいけるかな、というぐらい。

 私とミラも強くなったわねぇ………


 終わった頃には全員青息吐息(フラン先生のぞく)でへたり込んでいた。

「う~ん、これじゃあ調合は後日ねえ」

 ピンピンしてる先生。

 これじゃ先生に追いつきたいなんて、恥ずかしくてまだ言えないわ。


 採取した物は「亜空間収納の箱」に入れておけば劣化しないし、いくらでも入るから次の授業ではまた採取なんてことにはならないはず。

 私たちは「ローザ・ベルジーネ」に帰りつき、誰からともなく眠りについた。


~語り手:ミラ~


 あー!昨日はきつかった。

 3人娘はもっときつかったでしょうね。特にお味噌のベル。

 リタがあの中では一番優秀なのは分かった。

 エナは魔法じゃなくて体術に頼りすぎ。


 そんな事をぼんやりと考えていると―――


 リーンゴーンと鐘が鳴る


 お客様だ!

 リルと顔を見合わせて、慌てて『ドレスチェンジ』!


 彼女はリル。

 彼女の制服。深い青のドレスは、ややかっちりした作り。

 全体に真白いレースがふんだんにあしらわれ、丈は足首まである。

 頭上は青い薔薇のカチューシャ。片手に金の杖を持って。

 髪は輝く金髪、そして青色の美しい瞳。


 私はミラ。

 私の制服。真紅のミニドレスはオフショルダー。

 つけ袖の手の側と、上衣の裾からはたっぷりフリル。スカートはフレアスカート。

 頭上は赤い薔薇のカチューシャ。片手に銀の杖を持って。

 髪は細かく波打つオレンジブラウン、同色のぱっちりした瞳。


 3人娘の制服は、いいところの子女といった服装。

 レースのカチューシャ、ボートネックでハイウエスト。

 柔らかそうな膝丈のパニエ入りスカート。それぞれ、紫・黄・桃に染めてある。

 真珠のチョーカーにはそれぞれの色の薔薇が揺れている。


 私たちはみんな「ご主人様」やその部下に見出された魔女。

 私とリルは「ご主人様」の部下であり、先代の魔道具店「オルタンシア(紫陽花)」の悪魔に見出されて。

 3人娘は私たちのサポートとして「ご主人様」に見出された。


 まだまだ、1年も経ってない「ローザ・ベルジーネ(薔薇の乙女)」だけど、ご主人様と魔帝陛下に忠実に尽くしている、乙女の魔女たちだ。


♦♦♦


 さてお客様は………と入り口を見た瞬間、私はあんぐりと口を開けてしまった。

 身長は………たぶん170㎝ぐらい?

 体重は………怖くて数値にできない。膨らんだ巨大なフグそっくりだとだけ。


「ぶふうっ、店員さんいないのー?」

 反応したのはいち早く立ち直ったリルだった。

「お待たせしましたお客様。応接室にて願いをお聞きします」


 私も再起動してお茶を淹れに行く。3人娘がまだフリーズしているのだ。

 淹れるお茶は「ギムネマ」必要としているかは分からないけど、あの風船………いやお客様を見てたら選択してしまったのだ。

 効果は甘みに対する欲求を抑え、血糖値を下げるというもの。

 私の気分もわかるでしょ?


 お茶を淹れて(お菓子はなしにした)応接室に行くと、風船………いやお客様はリルにすがって泣いていた。どういう事態?

 『念話』でリルに聞くと、望みの魔道具があるといったら感極まったらしい。


 聞いてみれば、この風船のような丸々とした姿は本来のものではないらしい。

 つい1月前までは普通の体形だったそうだ。

「ミラ、その辺調べたいから「真実の鏡」と、あとお望みの魔道具「チェリー味のリップ」を持って来てくれない?(リル)」

「了解」


 真実の鏡は必ず真実を答える鏡。

 チェリー味のリップは塗る度に痩せていく効果のあるリップだ。

 塗っている間は何も食べてはいけないが、塗ったリップを舐める事で腹は満ちる。

 洗面室から2つを取って私は応接室へ引き返した。


「お待たせしました。リル、お代の説明は?(ミラ)」

「大丈夫、了承してもらったわ。真実の鏡でなぜここまで太ってしまったのか確かめましょう。でないと、リップの効果がうまく働かないかもしれないわ(リル)」


「了解。お客様のお名前は?(ミラ)」

「ミンさんよ(リル)」

「では鏡よ、何故ミンさんはこんなに太ってしまったの?(ミラ)」

『妹2人が縁談を妬んで呪った』


「そんな………」

「お客様、呪いを打ち消す魔道具もお求めになりますか?(リル)」

「………本当なんですか?これは?」

 だって、あの子たちがとしばらく取り乱すお客様を宥めて、言う。

「真実の鏡は真実しか語りません(ミラ)」

 彼女は泣きそうな顔になるが、絞り出すように

「………わかりました。お願いします」

 と言った。


「ベル、呪いを弾く腕輪を取って来て。

 それから今回はあなたがペンダントに宿ってね(リル)」

「はいっ!わかりましたぁ!(ベル)」


(リル、ベルで大丈夫なの?(ミラ))

(偶には責任のある立場も任せてあげないと(リル))


~語り手:ベル~


 呪いを弾く緑の腕輪と、チェリー味のリップ、それと私の意識が宿ったペンダントをつけて帰るお客様、ミンさん。


 最初はちょっと可哀想でしたぁ。家族の人にいじめられているというかぁ………

 いい縁談が破談になっちゃったんですぅ、うちにくるのが遅かったですねぇ。

 そのせいでお父さんとお母さんからは冷たい扱いを受けてしまいました。


 2人の妹はぁ、狙い通りにいって嬉しそうでしたねぇ。

 でも流れた縁談が片方に来て、途端に仲たがいしました。醜いですぅ。

 ミンさんは体重が順調に落ち、両親の態度に落ち込みながらも嬉しそうでしたぁ。

 でも破談になって結果的には良かったんじゃないでしょうかぁ?


 ミンさんの幼馴染が求婚してくれたんですぅ。

 縁談が来てたので言い出せなかったみたいでぇ。

 あと急激な肥満にも怖気づいてたみたいですねぇ。根性がないですぅ。

 でもミンさんは嬉しそうでしたからぁ、いいんじゃないでしょうかぁ。


 私がした事と言えば、幸せを妬んでまた何かやりそうだった妹(縁談の来てない方)を幻覚で脅したぐらいでしょうかぁ。役に立てていたのかな?

 でもミンさんはよく話しかけてくれましたので寂しくなかったですよぅ。

 私はミンさんが結婚して家族と離れて落ち着くまで見守りましたぁ。


 役目を終えて「ローザ・ベルジーネ」に帰った後はまた勉強と魔帝陛下とご主人様への奉仕の日々ですぅ。ミンさん幸せになってねぇ!

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