第3話 従者人形との恋・続

~語り手:リル~


 6月半ば。


 今日も魔女としての大先輩で、師匠でもあるフランチェスカ先生(通称フラン先生)が授業に来てくれているの。

 

 本日の授業は「呪い返し」だそうで………嫌な予感がするわ。

 でも魔女同士の喧嘩の時って、呪いを多用するから、必須の技能なのよね。

 もちろん私達も、呪いを操れるし呪い返しもできる。

 でもまだ弱い。それを強化するのが今日の授業の目的だ。

 それができないと、上級魔女とは言えないのだから。


 授業が始まる。

「はい、じゃあ各自練習用の魔法薬を「ヒトカタ」に塗り付けてー」

「「「「「はーい」」」」」

 ヒトカタは木の板を人の形に切り抜いただけのものだ。

「ここの混ぜ具合がこう………で、この時にこの魔法薬を多くすると呪いを吸い込みにくくなるからバランスに気を付けてね。じゃあ本番行ってみようか」


 フラン先生は、私達の魔法薬の扱いが及第点だと見ると、本当の呪いを発生させるマジックアイテムを起動させる。私たち1人につき一個。シャレにならない。

 あわてて教わった通りに人形に魔法薬を調合して、人形に塗る私達。

 私は何とか気絶する前に準備ができた。すっと負担が軽くなる。


 他の子を見てみると、ベルが青い顔で人形を握りしめている。

 この子、立ったまま気絶してるわ………

 調合が間に合わなかったらしい、あわててフラン先生の方を見ると彼女はにっこりと笑った。織り込み済みだというように。

「あらあら、ノンビリちゃんねー。まあ死にはしないわ。今後急ぐ原動力になるでしょうから放置しておけばいいわよ。あ、一応座らせておいてね」

 この師匠かたは本当に厳しい………命が惜しいので言われた通りにするけど。


「呪いは受け止めたから、次はそれを帰しましょう。プリントの呪文を手順に従って唱えながら「ヒトカタ」を燃やすのよ。ベルには後日補習するわ。ああ、呪文は今日中に暗記して燃やすのよ?」

「「「「は、はいっ」」」」

 

 私たちは言われた通りにする。

 すると個人差はあるが呪いの発生源(陶器の小物)にぴしりとひびが入る。

 最初に陶器を粉々にしたのは、私、リルだった。

 ついでミラが粉砕とはいかないけれど真っ二つにしてみせる。

 後はリタ、エナの順に何とか陶器を壊した。ベルはもちろんノーカン。


「上出来ね。私があなたたちの年齢の時には、できなければ死んでたでしょうけど」

「フランチェスカ様は私たちぐらいの年齢には何をなさってたんですか?(リル)」

「私は生まれついての魔女だったんだけど、あなた達の年頃には諸事情あって星一つを治めていたわ。まあその星は爆散させて、スターマインドを紅龍ホンロン様への供物にしたけど」

「ほ、星を捧げたんですか!?(ミラ)」


「そうよー。おかげで直々に特殊な能力を頂いたわ。私は元から強化人間だけど、それを発展させたような能力ね」

 この人には一生敵わなさそうな気がするわ………


「さて、落伍者(ベル)は借りていくわよ。個人レッスンしてあげなきゃね」

「よ、よろしくお願いいたします(リル)」

 フランチェスカ様は片付けを私達に任せるとベルを拉致って帰って行った。

「落ち着いた授業のはずなのに、嵐のような人ですわね………(リタ)」

「同感(ミラ)」「尊敬はしてるけど怖いよね!(エナ)」

「3人共、成長するにはフランチェスカ様が頼りなんだからそう言う事言わないの」

「「「はーい」」」


♦♦♦


 ベルは三日後に帰ってきた。何だか放心している。

「ベル、ベル?ずっとボーっとしてるけど大丈夫?(リル)」

「うぅ………お肉用の倉庫にずらーっと人間がぶらさがってたよう。食事のお肉は全部それだって。師匠の「狩り」も手伝ったけどぉ、血がドバドバってぇ………」

「記録水晶(空中に映像投映できる魔道具)で延々とホラーばっか見た感じ?(ミラ)」

「ベルにはきついかもしれませんわね(リタ)」

「えーと、お茶淹れてくる!(エナ)」


♦♦♦


 ~語り手:ミラ~


 ベルが帰ってきてから数日後、ベルがまともになった頃。

 「オルタンシア」時代からの顔なじみがやってきた。

 顔なじみと言えどお客さんだ、慌てて制服に『ドレスチェンジ』する。


 相棒、リル。

 私の制服。深い青のドレスは、ややかっちりした作り。

 全体に真白いレースがふんだんにあしらわれ、丈は足首まである。

 頭上は青い薔薇のカチューシャ。片手に金の杖を持って。

 髪は輝く金髪、そして青色の美しい瞳。


 私はミラ。

 彼女の制服。真紅のミニドレスはオフショルダー。

 つけ袖の手の側と、上衣の裾からはたっぷりフリル。スカートはフレアスカート。

 頭上は赤い薔薇のカチューシャ。片手に銀の杖を持って。

 髪は細かく波打つオレンジブラウン、同色のぱっちりした瞳。


 3人娘の制服は、いいところの子女といった服装。

 レースのカチューシャ、ボートネックでハイウエスト。

 柔らかそうな膝丈のパニエ入りスカート。それぞれ、紫・黄・桃に染めてある。

 真珠のチョーカーにはそれぞれの色の薔薇が揺れている。


 おいでになったのはレイルズ=カーティーベル伯爵と、元ウシャブティである妻、リーナ=フォルナ=カーティーベルさんの二人連れ。

 リーナさんを人形ウシャブティから人間にする時の条件が、定期的な献血だったので、1月に1回はレイルズさんはやって来る。


「よくいらっしゃいました。まずはオープンテラスにどうぞ(リル)」

「お茶を淹れてまいりますわ。エナ、注射器の準備をお願い(リタ)」

 おっと、私のやる事がないね。仕方ないのでレイルズさんたちと一緒に座る。


「オープンテラスで店員と語り合えるようになったとは、ここも開放的になったものだね。今日は相談事もあって来たのだけれど」

 と、リーナさんの手に自分の手を重ねるレイルズさん。アツアツだね。

「お茶のあとでお伺いしますよ(ミラ)」

「そうだね、そうしよう」


「お待たせしました、本日のハーブティはスカルキャップでございますわ。少し苦みがありますけど「黄金のショートケーキ」が相殺してくれると思いますわ(リタ)」

「スカルキャップは心の不安や緊張を取り除いてくれる効能があるんですよ(ミラ)」

「私が緊張していると?」

「どっちかというと奥様の顔色が優れないので、持って来ましたの(リタ)」

「………そうか、分かるかね」「あ、ありがとうございます」


 リーナさんは、元はここの店で保管されていた従者人形ウシャブティなので恐縮してるみたい。いいのにね、今は人間なんだから。

 その後は和やかにティーとケーキを楽しみ、レイルズさんの採血も行った。

 あまり珍しい血ではないんだけど、定期的に確保できるのは嬉しい。


「ところで、君達に折り入って相談があるんだが………」

 レイルズさんが私とリルを交互に見ながら言う。

「なんでも、どうぞ?(リル)」

「実は私の祖母がね―――」


 レイルズさんの話はこういう内容だった。

 リーナさんの身分は子爵令嬢だ。

 いや、まあ、先任のルピスさんとラキスさんの作った身分なんだけど、実際に子爵家の養子縁組に登録されてるから本物と言っていい。

 養子縁組される前の経歴も精巧に作られている。


 レイルズさんの身分は伯爵なのだが、ここで問題が。

 侯爵家の娘がレイルズさんを見初め、リーナさんを妾にして自分を正妻に迎えろと言い出したのだ。いい話だろうと。

 断ったところ、リーナさんに対する誹謗中傷の類が、複数の街で流れた。


 相手は身分が上。

 報復するわけにもいかず、断り続けていると、なんとリーナさんに毒が盛られた。

 お抱えの商人ではなく、新顔の商人の持って来た果物に盛られていたらしい。

 

「それで、ここで侯爵家の差し金かどうか調べて貰えないかと思っているんだが」

「レイルズさんからは、血は貰えるだけ貰ってるので、お代はリーナさんから貰いますけどいいですか?(リル)」

「そうか、どうする、リーナ?」

「大丈夫です、私が支払います」


「わかりました、魔道具を持って来ますのでお待ちください」


♦♦♦


 ~語り手:リル~


 場所を応接間に移して、私は持って来た魔道具をレイルズさんに差し出した。


「お待たせしました。真実のみを語る「真実の鏡」です(リル)」

「質問してみて下さい(ミラ)」


「………リーナに毒を盛ったのは侯爵家の差し金かな?」

『侯爵家ではなく、令嬢が密かに行った事です』

「毒はどういうものだった?毒見させたものは生きているが臥せっている」

『令嬢は殺すつもりの薬を盛りましたが、自浄作用のある果物だったため毒性が薄まった結果がそれです』

「なんと………他に何かしようとしているか?」

『暗殺者を雇いました』


「そこまでするとは………」

「どうします?やられる前にやっちゃいますか?(ミラ)」

「それとも他の男性に惚れさせるとか、穏便な方法をとりますか?(リル)」


「目には目を、だ。もう、いちど命を狙われている」

「分かりました。お代はリーナさん、お願いします(ミラ)」

「はい」


「いくつか使えそうな魔道具はもう持って来ているの。そうね、向こうが暗殺者を雇ったなら、これを使いましょう。魔道具「水からの刺客」よ(リル)」

「確か、水鏡を通って映る対象を殺す暗殺者だっけ?(ミラ)」

「ええ、そうよ。先代たちが使っていた水盆を使いましょう。レイルズさん、見届けて行かれますか?(リル)」

「ああ、もちろん。対象は本人と暗殺者で頼む」

「「わかりました(リル&ミラ)」」


 ミラが玄関の間から大きな銀盆を重そうに出してくる。

 ラキスが軽々と片手で扱っていたものだ。

 私はそれに『コールウォーター』で純水を張った。

 全員で覗き込めるほど大きな水鏡。滅多に使わないから大きさにびっくりする。


 レイルズさんに場所を聞いて、侯爵家を映し出す。

 水鏡を操作して、侯爵家の各所を映し出していくと―――いた。

「この人で間違いないですか?(リル)」

 レイルズさんは緊張気味にああ、と答える。

 この後で起こる事を知っているのだから、緊張して当然よね。


 私は「水からの刺客」を解き放つ。

 半透明のそれは、全く気付かれることなく彼女の棟に刃を埋めた―――。


 暗殺者の末路は語らなくてもいいだろう。


「リーナ、これでお前を殺しに来る者はいないよ」

「いいのですか?レイルズ様。私のためにこんな―――」

「私には君がいないとダメなんだ。確かに侯爵家は私を疑うだろうが、たとえ侯爵家に睨まれても構わない。君でないとダメなんだ」

レイルズ様アナタ―――」


 2人の世界に入っちゃったわ。

 仕方ないのでミラと協力して水盆を片付ける。

 リーナさんからお代は頂いてるから、もうこの人たちは泊めてしまいましょう。

 夜の森は危険ですものね。


「リル―――(ミラ)」

「何?ミラ(リル)」

「この人たち、まだまだ依頼をくれそうだよね(ミラ)」

「お代がもらえる限り、対応するわよ(リル)」


 とりあえず三人娘に客室の準備を言いつける私であった。

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