第5話 病魔の召喚

~語り手:リル~


 チチチ………窓の外で鳥の声がする。

 私は重くて柔らかいものを抱いたまま目を開けた。まず思ったのは「暑い」

 だがミラの顔が目に飛び込んで来て思い出した。

 どうも私はミラの胸の豊満なに顔をうずめて寝ていたみたいだわ。

 昨日は一緒に寝たのだもの。

 それ以外の事もした………恋人なんだし構わないでしょう?


 だけど暑いのは問題だ。今は真夏なのよ。

「ミラ、起きて!水浴びに行きましょう(リル)」

「う~、もう朝?朝から暑い~(ミラ)」

「だから水浴びに行くのよ………(リル)」


 寝起きの悪いミラを苦労して起こしたころには30分は過ぎていただろう。

 時間切れ。寝室をノックする音が聞こえるわ。

「リル様、ミラ様。起きましたかぁ?朝食の準備ができましたぁ(ベル)」

「悪いけど先に水浴びに行くわ」

「あっ、それならベルたちもご一緒させてください!皆を呼んできますね(ベル)」


 あー、2人で行きたかったんだけどなぁ。

 まあ、こうなったら仕方ないわね。みんなで行きましょうか。


 ベルに、エナとリタも加えた5人で、水浴びをして遊ぶ。

「今日はサバトの日だから、この後はみんなドレスを選んでね」

「「「「はーい」」」」

 ミラまで一緒になって返事をしてくる。

 私はぷくっと頬を膨らませてミラに水をかけた。


「あはは、ごめんごめん、共同経営なんだから私もしっかりしないとね」

 分かればよろしい、分かれば。


 サバトは魔女が開催する魔女の集会だが、招待された悪魔の集会でもある。

 なので、自分の所属を考えて参加するかどうか決めなければならないのだが―――

 魔女に普通派閥は無い。誰に贔屓にされてのし上がったかが違うだけ。

 だから魔女の思う所を探るのは難しいのよ。

 魔女は皆、魔帝陛下のものなのだ。


 自分たちはご主人様―――魔界の大公、シュトルム公爵に贔屓にされてここまで来た魔女だ。中でも自分とミラは上級魔女まで達する事ができた。

 でも、師匠のフラン先生の派閥は魔帝の子息、第四王子派。ご主人様もそう。

 だから私達もそうだと思われている。

 まだまだ新人だけどね―――と私は内心で苦笑する。

 それで中級魔女3人娘の面倒も見ているから目立つだろう。


 ともあれ、今回のサバトはベールゼブブ系の正統派魔女が催すもの。

 自分たちが招待に応じるには無難な線だった。


♦♦♦


 自分が青のロングドレスに金の杖、ミラが赤のショートドレスに銀の杖。

 3人娘がそれぞれドレスを選び、魔女の箒を身に着けて、移動魔法陣の間に入る。

 今回の参加地の地名と呪文を唱えれば、浮遊感と共に転移をもたらしてくれる。


 出入口は北。南に魔帝に捧げる祭壇、西に簡素な闘技場。

 その他は社交場と「お楽しみ」のための茂み。

 

 私たちは3頭の子山羊を魔帝陛下の祭壇に捧げた。


 後は散策。馴染みの顔―――まだ少ない―――を探してみたり、知らない魔女や悪魔と立ち話したり。

 ちなみに位階が違うものは居場所も違うので3人娘とは別行動だ。


 色々なヒトと話したけど、悪魔にも魔女にも知己ができた。喜ばしい事だ。

 ただ一人、交流しようという雰囲気でない悪魔の男性?がいた。


 瘴気の香りから―――先代(オルタンシア参照)に徹底的に教わった―――その香りは上位の病魔である事を示している。

 顔のない直立した影、手はカギ爪で、声は男性、が彼の姿。

 人に近い姿が良しとされる今代帝陛下の御世には珍しいものだ。


「お前さんたちの店に、近々患者が来るぞ。生半可な方法では直せない」

「………貴方なら治せると?」

「高いぞ。だがどうしようもなければ呼ぶんだな」

「名前をお聞きしておきます―――」

 私たちは、彼―――ズィフーム―――の名刺を手に入れた。


 名刺はサバトでは大事なものだ。

 魔女は名前と連絡先、悪魔は名前と召喚陣(連絡先も含まれている)がついてくる。

 交流を交わしていた魔女や悪魔からも貰ったけれど―――

 ズィフームの名刺は近々使う事になる様な気がしていた。


♦♦♦


~語り手:ミラ~


 リーンゴーンと鐘が鳴る―――


 やってきたお客様を、私は屋内の応接室に通した。

 季節は8月まっさかり。今日も太陽は絶好調だ。

 それでガーデンテーブルに案内するのはもてなしではない。嫌がらせだ。

 だから顔色の悪い、みなりのいい青年を屋内に通した。


 応接室にリルもやって来る。

 3人娘のうちリタとベルははお茶とお茶菓子の用意。

 残るエナは応接室に控えている。

 もちろん全員「ドレスチェンジ」で制服に着替えている。


 彼女はリル。

 彼女の制服、深い青のドレスは、ややかっちりした作り。

 全体に真白いレースがふんだんにあしらわれ、丈は足首まである。

 頭上は青い薔薇のカチューシャ。片手に金の杖を持って。

 髪は輝く金髪、そして青色の美しい瞳。


 私はミラ。

 私の制服、真紅のミニドレスはオフショルダー。

 つけ袖の手の側と、上衣の裾からはたっぷりフリル。スカートはフレアスカート。

 頭上は赤い薔薇のカチューシャ。片手に銀の杖を持って。

 髪は細かく波打つオレンジブラウン、同色のぱっちりした瞳。


 3人娘の制服は、いいところの子女といった服装。

 レースのカチューシャ、ボートネックでハイウエスト。

 柔らかそうな膝丈のパニエ入りスカート。それぞれ、紫・黄・桃に染めてある。

 真珠のチョーカーにはそれぞれの色の薔薇が揺れている。


 お茶とお菓子の用意ができた。リタが―――ベルでは転ぶと思ったのだろう―――お茶とお菓子をお客様とリルと私に出す。

「お茶はサマーセーボリー。強壮、刺激作用に優れておりますわ。お菓子は「黄金のアップルパイ」になります」


 しばし、お茶とお菓子を食べる音だけが響く。

 サマーセーボリーで、こころなしか青年の顔色がよくなった気がした。

「それではそろそろ………お客様の望みをお伺いします(リル)」

「実は………」


 青年の―――と言っても私やリルとあまり変わらない年齢であったが―――話をまとめるとこうだ。


 ここ半年、夢遊病が続いており、何度かは高い所から落ちてけがを負った。

 この先当たり所が悪ければどうなるか―――。

 それに、1年に10名しか採用されない、王国騎士の試験に受かったのだが、夢遊病だと知られてしまえば無効にされる可能性が高い。


「それだけは嫌なんだ。ここでは願いが叶うんだろう?何とかしてくれ!」


「あー、夢遊病の大本が自然発生的なものなのか、呪いなのか、悪魔の仕業なのかで対価が随分違ってくるんだよ。それを確かめるために魔道具を使うけど、その代金も払ってもらう事になる、いいかな(ミラ)」

「ちなみに対価は、ヴァンパイアが飲むための血。一回にこの注射器―――ゴブレット一杯分ぐらいです―――に3分の1ぐらいです、構わないですか?」

「そんなことでこの病気が治るなら………」


「じゃあ………エナ。「真実の鏡」を持って来て」

「はいっ!行ってきます!」

 ばたばたばた………どんがらがっしゃん。

 エナの奴………焦って何かに突っ込んだな。

 

 しばし待つと「真実の鏡」を持ったエナが転げるように帰ってきた。

 何故か埃や汚れがついているが、どうしたんだか。

 まあリタが世話を焼いているから良いか。


 リルに「真実の鏡」―――手鏡―――を渡すと、早速問いかけを始める。

「真実の鏡よ、彼の夢遊病は人の世で発生する病気ですか?それとも呪い?」

『否。否―――それは悪魔のもたらしたもの』

「悪魔の階級と名前は?」

『上級の病魔ズィフーム』

「「やっぱり」」


「お客様、夢遊病を治すには、魔道具でなく魔女の技が必要です(リル)」

「私たちは魔女だから問題ないけど、供物を都合してもらう必要があります(ミラ)」

「く、供物?」

「人間です―――生きた人間。悪魔には解除だけでなく、この先悪魔の手出しを封じて貰う手助けもしてもらうので、2人はいります。なんとかなりますか、お客様」

「………本当の話なんだろうな」


「「私達を信ずるも、病で破滅するもお客様次第」」

「う………奴隷で良ければ」

「構いません、お客様(リル)」

「では明後日の夜までにお願いします。サポートにこれを―――(ミラ)」

 私はペンダントにエナを封じてお客様に渡した。


~語り手:エナ~


 やった、はじめての「お客様ケア」だ!少しは成長したんだろうか?

 お客様のお帰り夕刻、エナは光を投影して道を知らせる。

 お客様が「君も魔女なのか」と聞いていらしたので「もっちろん!」と答えておきました?え?何か問題ある?お客様は深いため息をついています。


 奴隷の調達は明後日―――当日に行くという事です。

 大丈夫ですかー?と聞いたら当日でないと置いておく場所がないとの事。納得。

 でもでも、お客様が寝たら、夢遊病の症状が出ました。

 私は実体化してお客様に往復ビンタを繰り出しますっ!

「痛っ………誰―――ああ、いや、助かった、のか」


「寝るのが怖い。ペンダントから出たまま、朝まで付き合ってくれないか」

「エナで良ければ、一緒にいますよっ!」

「悪い。変な気は起こさないから―――」

「起こしてもいいんですよぉ―――それで気がまぎれるなら!」

「なっ―――!」


 エナはお客様の頭を胸に―――もうちょっと成長しないかな―――かき抱きます。

 お客様はじたばたしていましたが腕力で勝てない(エナは戦魔を得意とする魔女ですからね!)と知ると大人しくなりました。

 騎士の試験に受かった私より、とかなんとか言っていましたが知りませーん。

 お客様の耳はしばらくの間真っ赤でしたね、ふふん。


 当日、首尾よく奴隷を2人確保して、鎖を引いてローザ・ベルジーネへ。

 奴隷の種類?一応助言しました。女性や子供が定番です。扱いやすいですし?

 お客様―――名前はマインさん―――を木々に覆われた先の儀式場に導きます。


 儀式は滞りなく進み―――定番のやり取りだけでした―――ズィフームさんが

「生贄と魔力と儀式は受け取った。俺に望むものは何だ?」

 と聞いてきます。これもテンプレート。

 ズィフームさんは割合親切な悪魔さんですね


「現在の病からの解放と、今後受ける病の無効化。できない時は知らせを(リル)」

「いいだろう、生贄は十分だからな。やっぱり知らせて正解だった」

 あー。ズィフームさんが店長たちに接触してきたのは美味しい思いのためですか!

 人(悪魔)望がなかったのですね、病をかけてきた人は。


「また呼ばれたら可能性はあるが、その時は知らせてやるよ」

「「お願いします。今後ともいいお付き合いを―――(リル&ミラ)」」


(良かったですねマインさん!もう治っているはずですよ!エナが付き添ってちゃんと騎士になれるまでペンダントの中にいますから!)

「!お前は、しばらく一緒に―――?」

(アフターサービスなのです!)


 エナはマインさんとしばらく一緒に過ごしました。

 夜は実体化を望まれたので、寄り添って寝ました。

 えへへ、孤児院で他の子達と寄り添っていた頃を思い出します、暖かいですねー。

 立派に騎士様になり、エナがペンダントから抜けて帰る時には凄く惜しんでくれました。婚約者様もできたのですからそんな事を言っていてはダメですよー?


 仕方ないので、ローザ・ベルジーネに遊びに来るといいと言うと「良いのか」と凄く嬉しそうでしたね。馴染みのお客さんはいるのだからいいと思います。

 

 そうしてエナの初めてのアフターサービスは終了したのでした!

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